第14章3話 ゼジオ軍団 II

 魔王の予測通り、騎士団は一度、共和国軍の本陣へと退いていった。これを機会に、ゼジオ軍団は本陣の防備を固め、勝利のための作戦に備えている。

 

 太陽は沈み、夜が訪れた。雨はまだ止まない。平野は、魔界軍共和国軍両軍の、雨に濡れた篝火の弱々しい灯に照らされている。2人のグリフォン族と共に空を飛ぶ魔王は、天から地を見下ろし、作戦の経過を見守っていた。


「魔王様! 騎士団が突撃を開始しました!」

「ああ、見えている」


 報告を聞かずとも、下を見れば分かることだ。ゼジオ軍団の威力偵察部隊が騎士団を誘い出し、騎士団は彼らに釣られ、再び魔界軍に突撃を敢行していた。昼間のゼジオ軍団の有様を思い浮かべ、今度も勝てると騎士団は踏んだのだろう。


 槍を掲げ、軽鎧を着込んだ馬に跨り、白いマントをたなびかせ、数の差など物ともせず、ゼジオ軍団の兵士たちを蹴散らす騎士団。昼間と同じく、前線に立つトロール部隊は反撃を試みるが、やはり鈍重な攻撃は当たらない。

 ただし、今回はトロール部隊の反撃は鈍く、後方から魔界軍兵士が救援に駆けつけることもない。騎士団は、容易にトロール部隊の防衛戦を突破――素通りした。


「騎士団、トロール部隊を突破! トロール部隊の損害は軽微と思われます!」


 トロール部隊の鈍い反応は作戦通りの行動だ。魔界軍の掌に入り込んだ騎士団は、掌から逃げぬよう拘束すればそれで良い。魔王は共和国歩兵団に目を向け、息を吸う。


「そろそろか」


 そう呟き、両腕を突き出した魔王。彼は突き出した両腕に魔力を集中させ、アルティメット・レイを放った。凄烈な闇の光線は、雨を消し去り、夜を切り裂き、共和国本陣の側に着弾、火山の噴火とも見間違えるほどの大爆発を作り出す。

 爆発の衝撃に地面は抉られ、大樹のような土煙は天に昇っていった。この光景に、歩兵団は呆気にとられ、静まり返る。呆気にとられたのは、魔王の側を飛ぶグリフォン族の2人も同じだ。


「これが……魔王様の力……」

「恐ろしい……そして頼もしい……」


 無意識な言葉。魔界の王の力を前に、自分たちはちっぽけな存在にしか思えなくなる。だからこそ、彼らは魔王に隷属する。


 魔王の攻撃で、すでに歩兵団は恐怖のどん底だ。戦う気の失せた共和国軍を見下ろし、魔王は嗤う。


「共和国軍の士気は、存外低いようだな。あとは本陣の者たち次第。我はここで、高みの見物といこう」


 仕事を終えた魔王は、余裕の表情で、雨に打たれながら、地上の戦いを眺めるだけ。共和国軍に勝てるかどうかは、エルギアらゼジオ軍団の指揮官たち次第。


 共和国軍本陣近くの大爆発に対し、騎士団たちは冷静だ。短期決戦以外に勝利の道を失った彼らは、突撃を継続、統制のとれた動きと優れた突破力で、ゼジオ軍団の本陣へと近づいていた。


「防衛戦が次々と破られています……このままでは本陣が危険です……」

「焦るな。本陣は木々に囲まれている。騎士団の機動力も活かせぬ土地ぞ」


 騎士団の優れた機動力も、木々に遮られてしまえば意味をなさない。機動力を失った騎士団は、放っておいても構わない。


「トロール部隊! 共和国歩兵団と衝突!」


 騎士団がゼジオ軍団を突破する最中、歩兵団に突撃していたトロール部隊も、歩兵団のもとに辿り着いていた。トロール部隊は、手に持った巨大な棍棒を振り回し、歩兵団の兵士たちをなぎ払っていく。ただでさえ爆発で戦意を失っていた歩兵団は、四散するだけ。


「歩兵団、混乱している模様!」

「人間がトロールに勝てるはずもない。歩兵団はいずれ潰走するであろう」


 不敵に笑った魔王。果たして魔王の言った通り、トロール部隊の猛攻に歩兵団は耐えられず、潰走する兵士も徐々に増え、歩兵団全体が機能不全を起こしていた。こうなれば、歩兵団の指揮官たちに残された選択肢はひとつしかない。


「歩兵団が後退をはじめました!」

「騎士団はどうしている?」

「確信は持てませんが、歩兵団の潰走に気づいたようです。突撃を中断しています」


 優秀な騎士団だ。歩兵団が後退してしまえば、自分たちがどうなるのかぐらい、理解している。


「騎士団、撤退! リザードマン族が追撃を開始!」


 何もかもが作戦通り。だが、作戦とは関係のない動きの報告に、魔王は呆れてしまう。


「追撃だと? 無駄なことを……」


 歩兵団及び騎士団が撤退したところで、魔界軍が強くなったわけではないのだ。追撃をする余裕などないはず。


「まあ良い。戦いには勝った。本陣に戻るぞ」


 追撃部隊がどうなるかは知らぬ。しかしそれは、ゼジオ軍団が決めたこと。魔王は気にせず、翼をはためかせ、本陣へと戻っていった。


    *


 朝になり、豪雨は小雨に移り変わる。ゼジオ軍団の本陣は、勝利への喜びに満ち溢れていた。


「近辺の共和国軍は撤退。これで魔界軍本隊の側面は確保できました」

「まったく素晴らしい戦果でありますな」


 爽快な気分に浸り、魔王の前でも頬を緩ませたエルギアたちの会話。ただし、喜ばしいことばかりでないのも事実だ。


「これで、騎士団を追撃したリザードマンの部隊が壊滅していなければ……」


 夜、逃げる騎士団を追っていたリザードマンの部隊は、騎士団の待ち伏せに遭い壊滅した。追撃を指示した指揮官の1人は、魔王に頭を下げ、謝罪する。


「言葉もありません……魔王様、私はいかなる処罰でも受けましょう」


 死を覚悟した指揮官。一方で魔王は、追撃の失敗をそれほど気にしてはいなかった。


「処罰は与えぬ。ただし、次も同じようなことを繰り返せば、どうなるか分かっているな」

「承知しております! 寛大な裁定、感謝いたします!」


 寛大さをみせつけ、恩を作り、味方を増やす。今の魔王には、その方が都合が良いのだ。魔王は振り返り、ドラゴン族が空輸してきた箱を眺め、口を開く。


「ドラゴン族の支援も届いたようだ」

「魔王様からの手厚いご支援、有難き幸せ」


 エルギアをはじめ、指揮官たちが頭を下げ、感謝の言葉を述べた。すると、箱のひとつがひとりでに開き、中から飛び出した赤髪の少女が、嬉しそうに言った。


「当たり前です当たり前です! 魔王様は、魔王様ですから! 魔界の王様ですから!」


 魔王が魔王の座に近づいたことを、自分のことのように喜ぶラミー。そんなラミーに、魔王は質問する。


「ラミーよ、魔族への交渉はどうした?」

「それはですねそれはですね、『魔王様の優れた指揮によって、苦戦続きだった南部地峡で勝利を飾った』っていう情報が魔界に広まってから、確実に交渉を進めた方が良いと思ったんです。だからだから、魔王様の勝利を待っていたんです!」

「なるほど、そういうことか」


 単にラミーが魔王に会いたかっただけ、というわけではなさそうだ。一応は考えあっての行動らしく、魔王も納得した。

 魔王とラミーが会話をする間、エルギアたち指揮官の面々は、魔王に顔を向け、背筋を伸ばす。そして、エルギアは声を張り上げ言った。


「我らが魔王様! ゼジオ軍団司令官として、この場にいる者を代表し、宣言するであります!」


 改まった指揮官たち。魔王はエルギアの言葉に耳を傾ける。


「我らゼジオ軍団は、魔界軍の栄光なる歴史と誇り、燃え盛る闘争心を胸に、魔界軍としてあるべき姿に戻ることをお約束します。我らゼジオ軍団は、これより魔王様に隷属するであります!」


 その宣言には、魔王に対する恐怖心がにじみ出ている。とはいえ、まさしく望み通りの回答に、魔王は口角を上げた。魔王はマントをひるがえし、手を掲げ、頭を下げているエルギアたちを受け入れる。


「よくぞ言ってくれた。我のため、魔界のため、精進せよ」

「やりましたねやりましたね! ゼジオ軍団の皆さん、これからもよろしくお願いします!」


 数多くの魔族と1軍団を味方につけた魔王。この情報が広まれば、さらに多くの者たちが魔王のもとへ駆けつけるだろう。ヴァダルから魔界軍を取り上げるのも、時間の問題だ。

 エルギアの宣言を聞いて、ラミーは満面の笑みを浮かべている。だが、彼女は呑気に笑っているだけではない。これから各魔族との交渉を行うためにも、エルギアに疑問をぶつけた。


「ところでところで、エルギアさん、各魔族の族長へは、どのように説明を?」

「各種族の者が説得に向かいます。我らの魔王様がご帰還なされたと聞いて、魔王様に従わぬ魔族はいません。従わぬ者は、魔族ではありません」


 少しでも魔王の機嫌を損ねまいと、必死に答えたエルギア。彼らのおかげで少しは仕事が楽になると、ラミーは一安心していた。魔王は遠くを見つめ、魔都の光景を思い浮かべる。


「次はディスティールだ」


 魔界の玉座は目前。魔王でありながら、魔王の座を目指す戦いも、ようやく終わりが見えてきた。

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