第13章8話 ケーレスの戦い II

 大洋を超え、暗闇に羽ばたく魔王。彼にはすでに、何百隻もの魔界軍の船に囲まれた、乱雑な街に埋もれるケーレス島が見えている。そして、ケーレス島に上陸したメギドの姿も。魔王は小さく笑った。


「フン、メギドを送り込んでくるとはな。ヴァダルの焦った顔が目に浮かぶ」


 共和国とは一切の関係もなく、魔界と人間界の狭間に位置した、流れ者の集まるケーレス島。このような島に10万の兵士を送るだけでは飽き足らず、ネメシスゴーレムであるメギドまで送り込む。ヴァダルの偏狭な執着心には、魔王も呆れるばかりだ。

 

 ケーレス島を包囲する魔界軍兵士たちのほとんどは、未だ船の上にいる。上陸できた兵士は2割程度といったところか。1ヶ月間、死兵と化したケーレス住民に、魔界軍は負けを重ねていたのだろう。

 メギドが到着し、状況は変わった。魔界軍兵士たちは、いとも容易くケーレス島に上陸したメギドに鼓舞され、再び上陸の準備をはじめている。とはいえ、魔王の到着により、魔界軍が不利であるのは変わりないのだが。


 ケーレス島に上陸し、魔界軍が占領した5番街を進むメギド。5番街の作りかけの建物や、戦で焼けた街並みは、メギドの足に踏みつぶされ、残骸が飛び散っている。このままでは、4番城壁が破られるのも時間の問題だ。

 

 上空からケーレス――ダイスの街を眺める魔王は、まずヤクモを探した。勇者の力を完全に取り戻したヤクモと共に戦えば、メギドなど大した敵ではないと、魔王は考えているのである。

 しかし、ダイス城から山へと続く道にいたヤクモは、メギドと戦おうとはしない。彼女は、山へと逃げる避難民の援護に徹していた。


「なぜヤクモはメギドを攻撃しないのだ……」


 理解ができぬ魔王。おそらく、ヤクモはケーレスの住民を安全な場所に移動させてから、じっくりと戦う気なのだろう。あるいは、街中での大規模な戦闘を嫌がったのだろう。


――彼奴、ラミネイのことを忘れたのか?


 あの時、ヤクモは魔王を倒すことだけを優先し、ラミネイの街への被害は必要な犠牲として気に留めなかったではないか。あの時と同じように戦えば、戦はすぐに終わるだろうと、魔王はヤクモを見下ろし思うのである。


「まあ良い。今の我であれば、メギドを倒すこともできよう」


 いくら魔王が何を思ったところで、仕方がない。おそらく、あのヤクモのことだ。説得に向かったところで聞きはしない。ならば、魔王はできることをやるだけだ。


 歩を進めるだけのメギドは、その大地のように巨大な岩の体をゆっくりと動かし、4番城壁の堅牢な石壁を破壊した。10万の魔界軍が1ヶ月かけても突破できなかった壁は、一瞬のうちに崩されてしまったのである。

 4番街の民家を押しつぶし、メギドはダイス城へと向かう。そんなメギドに向けて、魔王は空に静止したまま、両腕を突き出した。これは、約2年ぶりの魔王の力を試す、良い機会でもあるのだ。


 魔王は魔力を腕に集中させ、ダークネスレイを放つ。紫の稲妻を纏い、闇を切り裂く闇よりも深い漆黒の光線は、躊躇も容赦もなく、メギドの背中に襲いかかった。


 ダークネスレイに背中を打たれたメギドは、突然の強烈な一撃にバランスを崩し、ゆっくりと、うつ伏せに倒れる。

 毎晩、酔っ払いたちの怒号と陽気な声に包まれていた4番街の酒場街に倒れこむ巨体。繁盛し人の絶えることがなかった店も、客が入らず店主が愚痴ばかり言っていた店も、メギドの下敷きとなり、跡形もなく潰された。


 建物の破片と凄まじい土煙を巻き上げ、メギドは傷ついた背中をさらす。ところが、この程度でメギドを倒せるのならば魔王も苦労しない。

 立ち上がろうとするメギドによって、民家はメギドの掌に潰された。


 立ち上がったメギドの視線の先には、魔王ではなくダイス城。ダイス城の破壊という命令を実行するためだけに、メギドは動いているのだ。メギドは赤黒く輝く目で、邪魔者である魔王を睨みつけ、おもむろに右腕を突き出し、炎魔法を放つ。


 メギドから放たれた灼熱の炎。魔王は咄嗟に翼をはためかせ、4番街の地面に手が届くほどの低空飛行を行った。4番街の建物を盾に、炎を避けようと考えたのである。


 4番街の迷路のような街道や小道を飛ぶ魔王。メギドも彼を追うように、突き出した右腕を動かし、炎も同じく4番街の街道や小道を駆け巡った。

 這い広がる炎は道を辿り、建物に引火する。欲望にまみれた4番街の風俗街は、全て炎に焼かれ、崩れ落ちていく。


 燃え広がる炎は、このまま逃げても埒が明かないと魔王に判断させた。時計台広場には魔王が降り立ち、魔王が発動した風魔法が迫り来る炎を払う。

 メギドが放ち続ける炎は4番街全体に拡散。木製の建物は焼け焦げ、いつしか潰れ、石造りの建物は煤に覆われ黒く汚れていった。炎に巻かれ赤く彩られた4番街は、闇夜に黒煙を紛れさせながら、夜空をも焦がす。


 魔王は反撃に出た。時計台広場一帯の建物は、魔王の重力魔法に根こそぎ浮かせられ、メギドにぶつけられる。炎に焼かれたままの商店や、大理石の破片を纏った時計台は、苛烈な勢いでメギドを突き、粉々に砕け散った。


 しかし3番城壁の一部は、動きを止めぬメギドに崩され、3番街へのメギドの侵入を許す。それだけではない。3番城壁は、空を駆けやってきた魔王に掌を当てられると、土魔法を込められた。

 魔王の土魔法によって空に持ち上げられた3番城壁は、鞭のごとくメギドを叩きつける。そして鞭の役目を終えた3番城壁は崩壊、多数の大小様々な石が3番街全体に降り注いだ。


 子供たちが笑顔を振りまいた公園、ありとあらゆる人種に埋め尽くされていた街道、人々が生活をしていた民家、レストランへの改築が進む武器屋――3番城壁であった石の破片に、何もかもが一瞬で潰され、無残に破壊されていく。


 さすがのメギドも肩を崩され、背中や胸にも大きな傷を負っている。それでも歩を進めるメギドを2番城壁は止められず、メギドの2番街への侵入を許してしまった。魔界軍兵士も上陸を開始し、ケーレスになだれ込んでいる。

 

 瓦礫を眼下に炎に照らされた魔王は、不敵に笑った。不敵に笑って、両腕を突き出し、あらゆる魔法を放った。


 2番街は、メギドの岩の体を泥に変えるための水魔法『デスウォーター』の波に吞み込まれる。地上の建物は、氷魔法『ヴァイオレントアイシクル』に突き刺され、崩れたメギドの破片に潰される。宿屋街は、メギドを襲う土魔法『ソイルニードル』に貫かれる。

 

 ついに1番街にまで、メギドがやってきた。同時に1番街は、手を緩めぬ魔王の攻撃魔法にさらされた。


 1番街の立派な建物は、重力魔法『グラビティコントロール』により飛道具に変貌させられ、メギドを叩きつける。シンシアの通っていたレストランを含める1番街一帯は、メギドの背中を溶かす炎魔法『ドレッドフルフレイム』に燃やし尽くされる。


 連続した魔王の強烈な攻撃魔法に、気づけば魔界軍も巻き込まれ、魔界軍は壊滅状態。メギドもいよいよ疲弊し、ついに左腕を落とした。老人たちの憩いの場であった小さな教会は、落ちてきたメギドの左腕に押しつぶされ、灰塵と化す。


 ダイス城は救われたのか。いや、まだだ。ダイス城の目の前に、足取りもおぼつかぬメギドがたどり着いた。そして魔王も、ダイス城にまでやってきたのだ。


 メギドの背中にある大きな傷からは、メギドの動力源である魔鉱石の光が漏れ出している。そこに向けて、魔王は闇魔法『ダークネス・レイ』を発動した。

 闇を吸収し闇を深めんとする漆黒の光線は、メギドの背中の傷をえぐり、内部の魔鉱石を包み込み、メギドの体を貫く。その瞬間、メギドの赤黒い目の輝きは消えた。


 動力源を失い、動きを止めたメギドは、ゆっくりと地面に倒れる。ダイス城は大地のごとく巨大な岩の体を前になす術なく、見張り塔を崩され、石壁を解体され、執務室や会議室、客間を潰され、悲鳴のような轟音を鳴らし、煙の中に沈んだ。


 メギドの下敷きになったダイス城、瓦礫の山と化した1番街及び2番街、城壁に潰された3番街、炎に焼かれる4番街。炎上し崩壊するダイスの街並みに、大洋に浮かぶケーレス島は、闇に浮かぶ。戦いは終わったのだ。全ては終わったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る