第13章6話 魔王の魔力

 煉獄という地に迷い込み、マットと再会し、そして今、魔王は父親との対面を果たした。先代魔王ミトラは、息子を前にマントをひるがえし、口を開く。

 

『ルドラ、元気そうで何よりである』


 魔王に向けられた、ミトラの赤い瞳は和やかに笑っている。久方ぶりの父の言葉に、魔王は遠慮なく返答した。


「我が父よ、ここは死人が集まる煉獄。元気な者はおりますまい」

『昔から変わらぬな。母親似か』


 可笑しげに笑うミトラ。彼はそのまま、コートの内ポケットに手を突っ込み、ポケットから小さな鉄製の箱を取り出すと、魔王に対し言う。


『早速だがルドラ、お前が探しているのはこれであろう』

「……まさしく」


 ミトラに見せられた小さな鉄製の箱からは、強力な魔力が発せられていた。これは間違いない。世界の果てに身を投じ、煉獄に足を踏み入れてでも、魔王が探し求めていた、魔王の最後の魔力だ。

 なぜ、ミトラが魔王の最後の魔力が入った箱を持っていたのか。魔王が質問する前に、ミトラは答えを口にした。


『先程、この箱が空から落ちてきたのだ。ルドラよ、現世で何があった?』


 箱から発せられる魔力から、ミトラも箱の中身が息子の魔力であると気づいていたのだろう。だからこその質問に、魔王は俯く。


「お恥ずかしながら、ヴァダルにクーデターを起こされ、我は魔力を失い魔王の座から追い出されてしまったのです」

『そうか、ヴァダルが裏切りおったか』

「裏切り者にはそれ相応の罰を下さなければなりません。魔界の堕落と崩壊を食い止めるためにも、我はすでに、封印されし我が魔力の半分を取り戻しました。そこにある箱が、我が取り戻すべき最後の魔力なのです」


 現世で起きたことの説明は以上だ。ヴァダルが裏切ったと聞いて驚かなかったミトラは、箱を魔王に手渡す。


『事情は分かった。魔王として、魔界のため、魔力をその手に取り戻せ』


 そう言うミトラから箱を受け取った魔王は、すぐさま箱のふたを開けた。箱の中には、闇を凝縮したような真っ黒な玉が入っている。魔王は玉を手に取ると、玉を握りつぶし、玉は黒い影となって魔王の体に染み込んでいった。


「この力だ。この魔力だ。これこそ、魔王である我にふさわしい」


 今までとは明らかに違う量の魔力が、体の中を巡る。拳を握り、全ての魔力を取り戻した喜びに浸る魔王。魔王は今、ようやく完全な魔力を、再びその身体に宿したのだ。


『ヘッヘッヘ、まさか死んじまってから、魔王様が魔力を全部取り戻すところ、見ることになるとは予想外だったぜ』


 苦笑いを浮かべたマット。彼のぼやきに魔王は小さく笑って、ミトラに視線を向けながら質問した。


「我が父、いくつか聞きたいことが」

『なんだ?』

「マットとはどのような関係で?」


 まずは素朴な質問。これにはミトラも首をかしげ、マットをまじまじと眺めながら答えを口にする。


『この者、マットというのか。我もまだ会ったばかりで、よく知らん』

『俺は、親子を再会させてやったお節介野郎ってだけだよ』


 特に関係はない、ということか。魔王は次の質問を投げかけた。


「祖父もここに?」

『いる。今もどこかで、57代勇者との勝負を繰り広げているはずだ』


 8年戦争を戦い、世界の理を崩し、史上最大の魔王と勇者の戦いを繰り広げた大魔王と57代勇者は、煉獄でも戦い続けている。大魔王――祖父なら当然かと、魔王は納得してしまっていた。

 さて、次が最後の質問だ。魔王は一拍置いて、腹の底から質問を引っ張り上げる。


「母はいるのでしょうか?」


 幼い頃の記憶にしか残らぬ母は、この煉獄にいるのだろうか。この質問に、ミトラを空を見上げ答えた。


『あいつは天に昇った。我らと違い、心優しき者であったからな』


 その答えを聞いて、魔王は寂しいような嬉しいような、複雑な感情を抱く。そんな息子の姿に微笑むミトラは、魔王をじっと見て、彼に伝えた。


『ルドラよ、どうやらお前はまだ死んでいないようだ。死んでいなければ、現世でお前の帰りを待つ者が、お前を現世まで連れて行ってくれよう』


 息子を長く煉獄に留まらせるつもりは、ミトラにはない。ミトラは息子が――魔王が早く現世に帰れるよう、別れを告げる。


『今日はお前に会えて、嬉しい限り。さあ、魔王の務めを果たしてみせよ』

『せっかくの俺の死、無駄にすんじゃねえぞ』


 ミトラに続きマットも別れの挨拶を魔王に投げつけた。魔王は魔王として、父ミトラとマットの別れの挨拶に応えた。


「我が父よ、そしてマットよ、またいつか」


 そう言って踵を返す魔王。振り返れば、ミトラとマットの姿はもうない。振り返ったところで、荒れた肥沃な煉獄の景色が広がるだけ。


「現世で帰りを待つ者……」


 呟く魔王。父の言葉がいまいち理解できぬ魔王は、とにかく翼を生やし、茶色の緑色の空を飛んだ。完全なる魔力を取り戻した魔王の、空を駆ける速度は、今までと比べ物にならぬほど速い。

 魔王はどこまでも飛ぶ。どこまでも飛んでしまう。空に限界はない。煉獄の出口は見当たらない。そして、一度まばたきをすれば、魔王は再び地上に立っていた。


 煉獄は魔王を逃してはくれないようだ。困り果てた魔王は、頭を抱えてしまう。すると彼の耳に、おっとりとした、甲高い、聞き慣れた声が届けられた。


『魔王様!? どうしてどうして、私の目の前に!?』


 声に驚き顔を上げた魔王。すぐ隣には、目を丸くしたラミーの姿がある。混乱を通り越した魔王は、冷静にラミーの言葉に返した。


「それはこちらのセリフだ。ラミーよ、お前はこんなところまで我を追ってくるのか」


 苦笑いを浮かべ、魔王はまばたきをする。すると、ラミーは消えていた。


『あれ? この前は魔王様はあっちに……ここ、どこなんですか?』


 魔王の背後から、ラミーの声が聞こえてきた。魔王は振り返り、背後に立っていたラミーの疑問に答えを与える。


「ここは煉獄だ。これは夢なのか……」


 わけも分からず、目を瞑った魔王。目を開けると、ラミーの姿はない。辺りを見渡しても、ラミーはいない。


『またですまたです。数日前の魔王様はこっちに……』


 突如、魔王のすぐ側に現れたラミー。ラミーもわけが分からず混乱しているようだが、こうして2人で混乱していても仕方がない。今度は魔王が、ラミーに質問した。


「なんでも良い。ラミー、お前はどこからここに来た?」

『あっちですあっちです! あの、空に見える小さな光からです!』


 白い黒い空、そこに輝いたくすむ星のような光を指差したラミー。魔王が光を見上げ、もう一度ラミーのいた場所に目をやると、ラミーはいない。煉獄で、魔王はたった1人。だが、もはや魔王が頭を抱えることもない。


「なるほど、そういうことか」


 再び羽ばたき、空を飛ぶ魔王。目的地は、ラミーが教えてくれた光。永遠と続く空を昇ると、光は徐々に近づき、魔王の視界は光に包まれていく。


    *


 光が消えると、魔王はとある部屋の中に立っていた。木製の壁に机や椅子、クローゼット、ベットが並べられる、ごく普通の部屋。窓の外からは強い西日が差し込み、アルテリングの影が部屋の中に刻まれている。


「魔王様? 魔王様! これは夢じゃないですよね!?」

「なんじゃ……どこから……」


 部屋にいたラミーとベンは、どこからともなく現れた魔王を前に、今にも腰を抜かしてしまいそうであった。念のため、魔王はラミーに質問する。


「ここは?」

「港の宿屋です! 魔力は取り戻しましたか?」

「ああ、取り戻した。そうか、我は帰ってきたのか」


 いくらまばたきをしても、ラミーやベンは姿を消さない。窓の外に目を向ければ、港に係留されたドラゴン族の帆船も見える。魔王は煉獄から帰還したのだ。

 魔王の帰還に喜びを爆発させたのはラミーである。彼女は魔王の側に駆け寄ると、元気よく言った。


「やりましたねやりましたね! 魔王様、早くケーレスに帰りましょう! あれからもう、1ヶ月が経っちゃってますから!」


 果ての彼方と現世では時間の流れが違う。煉獄で過ごした数十分間は、現世の3週間であったのだ。つまり、ケーレスは10万の魔界軍兵士と1ヶ月も戦っていることになる。

 もちろん、ケーレスにはヤクモやダートがいる。決起したケーレス住民も、士気の低い魔界軍兵士にそう簡単に負けはしない。ここに魔王が加われば、ケーレスの戦いに負けることはない。


「うむ。ではラミー、ベン、お前らはスタリオンに乗ってケーレスに迎え。我は、この翼で行く」


 指示を下した魔王は、窓を開けバルコニーに出る。そして翼を広げると、針路を西に空を駆けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る