第13章 世界の果てとケーレスの戦い
第13章1話 作戦会議
ダイス城の薄暗い地下室に、椅子に縛り付けられたサーペント族の男の悲鳴が響き渡り、石畳の床には青色の血が染み込む。男を苦しめているのは、ムーニャ率いるアイギスの隊員たちであった。
「超バカじゃん。早く喋っちゃえば、楽になれるのに」
「バカにするな……俺はヴァダル様に絶対の忠誠を――」
「そういうのマジキモいから」
嫌悪感に全身の毛を逆立たせたムーニャは、男の足に巻かれた、針付きの足輪を締め付ける。足に食い込む針の痛みに、男は喉を枯らして叫ぶが、しかしムーニャの質問に答えようとはしない。
サーペント族の男の正体は、魔王が魔界から拉致してきた、ヴァダルの側近だ。ケーレスに向かっているはずの魔界軍の情報を引き出すため、アイギスは彼を拷問しているのである。
容赦のないムーニャは、男の額を爪で引っ掻き回すが、やはり男は質問に答えようとしない。拷問を眺めていたキリアンも、いよいよ困り果ててしまっている。そんなダイス城の地下室に、魔王はやってきた。
「口を割らぬか」
キリアンに呼ばれ、薄暗く血なまぐさい地下室に足を踏み入れた魔王。ヴァダルの部下にも骨のある奴がいるのだなと、魔王は少し驚いている。
「魔王様、お待ちしておりました」
振り返ったキリアンは、すぐさま魔王に現状報告をした。
「相手はかなり口が固い魔族です。容赦は必要ないかと」
「この魔王自らが質問するのだ。どれほどヴァダルに忠誠を誓った者かは知らぬが、必ず答えを吐き出させてやろうぞ」
自信に満ち溢れた魔王に、キリアンやムーニャたちアイギスは引き下がり、男の拷問を一任する。魔王は男の前に立ち、マントをひるがえし、低い声で男に質問した。
「我こそは魔王、魔王ルドラである。偽りの王に忠誠を誓いし哀れな同胞よ、教えるのだ。ヴァダルがケーレスに寄越した軍勢はどれだけの規模だ? どれだけの期間でここに攻め寄せる?」
キリアンやムーニャたちから何度もされた質問。目の前に立つのが魔王であろうと、ヴァダルに忠誠を誓った男は黙り切ったままだ。
「言えぬか」
不敵に笑った魔王。魔王は右腕を突き出すと、炎魔法を発動し男に火をつけた。炎に肉体を焼かれる男は、今までで一番の悲鳴をあげている。
「やはり哀れな男だ。たかがヴァダル程度の男に忠誠を誓ったがゆえに、このような目に遭うとはな」
男を嘲笑う魔王は、今度は突き出した右腕から水魔法を発動する。男は全身に水をかぶり、男を燃やしていた炎は消え、焼け焦げた肌が空気にさらされた。
「まだ死んでもらっては困る。さあ、我の質問に答えるのだ」
マントをひるがえしたまま、魔王は影に隠れた顔で男を見下ろした。かすれた呼吸をする男は、焼けただれた声帯をなんとか震わせ答える。
「俺は……ヴァダル様の――」
「懲りない男だ」
再び右腕を突き出し、男の体を焼く魔王。男が意識を失う直前、魔王は水魔法を発動し男を焼く炎を消す。そのあまりの無慈悲さには、ムーニャですら「マジ怖いんですけど~」などと呟いてしまうほどであった。
「ヴァダルに忠誠を誓う限り、お主はこうして苦しむ。安心しろ。お主が死にかければ、勇者を呼びメディカを使ってやる。そして、同じ苦しみを繰り返させてやる」
ぐったりとした男に魔王がそう言うと、男は目を見開き絶望する。直後、魔王によって男の体は燃やされ、水をかけられた。
「死にたいか? ならば質問に答えろ」
感情などなく、冷たい魔王の質問。絶望しきった男は、辛うじて動く声帯と脳みそを使って、質問に答えた。
「……兵の数は10万……ケーレス攻撃開始は10日後……」
「ほう。それだけ分かれば十分だ。お主、よくぞ我の質問に答えた。お主は魔界の救世主の1人だ。褒美として、一瞬での死を与えてやろう」
魔王はニタリと笑って、男を讃えると、アクアカッターを使い男の首を落とした。男の首が地面に転がると、魔王は踵を返す。キリアンは男から引き出した答えに頭を抱えていた。
「10日後に、10万の大軍ですか。これは厳しい戦いになりそうです」
「キリアン、会議の準備をしろ」
「承りました」
ケーレスに迫る危機。この危機を乗り越える方法は、すでに魔王の頭の中に浮かんでいるのだ。
*
空を貫き通すアルテリングが夜を誘い込む頃。ダイス城の会議室には、魔王とキリアン、そしてキリアンに呼ばれたヤクモ、ラミー、シンシア、ルファール、ダート、パンプキン、ベンが集まった。
ミュールンの戦いから5日。城に戻ったヤクモたちによって、城は活気を取り戻している。魔王とヤクモの間を覆っていた緊張感も、だいぶ和らいだ。おかげで、10万の魔界軍が迫っているというのに、会議室には和やかな空気すら漂っている。
「驚いたニャ~。魔王さんに対するヴァダルの恨み、凄まじいニャ。できればケーレスを巻き込んでほしくニャかったニャ」
「スラスラ~八つ当たりは迷惑~イムイム~」
愚痴を言うように口を尖らせるシンシアと、彼女の言葉に同意したスーダーエ。続いて、朝起きてから日が暮れる今に至るまで、ずっと寝巻きで過ごしていたヤクモが、当たり前のように言い放った。
「大丈夫。ケーレスは私が守る」
「お、さすがはヤクモさんッス! 自信満々ッスね!」
使用人が口にした、中身の全くない宣言に対し、従者のパンプキンも、中身のない相槌をしている。どうにもこの2人、息は合っているようだ。
ただし、ヤクモのように脳みそを動かさないのはパンプキンだけ。ラミーとルファールは、ヤクモの宣言を諌める。
「相手は10万の兵だ。対してケーレスに軍隊と呼べる組織はない。ヤクモが単独でケーレスを守るのは、無理がある」
「ルファールさんの仰る通りです。いくら勇者のヤクモさんでも、ケーレスを守りきるのはすごくすごく難しいです」
「無茶ッスね……」
冷静な意見を聞くなり、諦めに沈んだパンプキン。ヤクモもルファールとラミーの意見を聞き、机に突っ伏してしまう。
「じゃあ、どうすんの?」
なおも自分で考えるということをしない、ヤクモの他人任せな一言。これに対し、小さな牙をのぞかせニンマリと笑ったラミーは答えた。
「解決法はあります。先日、ドラゴン族の方々が、魔王様の最後の魔力の在り処を教えてくれたんです。でもでも、ちょっと問題があって……」
どこか遠くを見つめるラミー。ヤクモはラミーの顔をじっと見つめ、話の続きを待つが、話の続きを口にしたのは魔王である。
「我の魔力の最後の在り処は、世界の果ての先だ」
椅子に深くもたれかかり、腕を組んだ魔王の答え。これはドラゴン族からもたらされた情報だ。今度ばかりはヴァダルの罠ではないと、確認もできている。ヤクモは首をかしげ、質問を重ねた。
「世界の果て?」
「この世界は、貴様の世界で言うところの惑星平面説の世界だ。つまり、世界の果てには崖があり、海は巨大な滝となっている。我の魔力は、その崖に投げ込まれたようだ」
なんとも厄介な話である。魔王は表情を変えず、だが困ったような声色で、説明を続けた。
「世界の果てでは時間の流れも違うと聞く。魔力の在り処の具体的な位置も分からぬ。魔力の発見には、それなりの時間がかかるのだ」
魔力を取り戻すのにどれだけの時間がかかるかは、全く分からない。そしてそれがどういう意味を持つのか、ラミーはヤクモとシンシアを見つめ口にする。
「魔王様が魔力を取り戻すまで、ヤクモさんやシンシアさんたちには、なんとかなんとか耐えてもらわないといけないんです」
10万の魔界軍に攻め込まれるケーレスは守るには、完全なる力を取り戻した魔王とヤクモの2人の力が必須であろう。ところがそのためには、しばらくの間、魔王がケーレスを留守にしなければならない。魔王はしばらく、戦いに参加できない。
このような状況に、会議室は絶望に包まれてしまうのか。いや、そんなことはなかった。シンシアは立ち上がり、胸を張る。
「問題ニャしニャ! ルファールさんはさっき、ケーレスには軍隊がニャいって言ったニャ。それは半分正解で、半分間違いニャ。ケーレスはいざとニャれば、ケーレスの住人全員が兵士とニャるニャ! 自分たちで作った街を、みんニャ必死で守るニャ!」
意気揚々としたシンシア。キリアンも頷く。ヤクモは突っ伏していた上体を起こし、先ほどまでの自信を回復させた。
「私もいるんだし、ルファさんとダートさんもいるんだから、大丈夫でしょ」
今のヤクモに、心配しているような感はない。ルファールとダートも同じだ。一般人に最も近い反応を示したのは、ベンとパンプキンである。
「大変なことになったのう」
「あ~ヤクモさんと一緒にいると、本当に退屈しないッス……」
結局、最後まで会議室に緊張感が漂うことはなかった。10万の魔界軍が迫り、魔王がしばらく防衛戦に参加できないと決まっても、ヤクモたちは、ケーレスは動じないのだ。
そしてこれは、ヤクモたちと長くケーレスで過ごした魔王にとって、想定通りのことであった。
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