第13章2話 決起

 作戦会議の3日後、身動きが取れないほどに大勢のケーレス住人によって、ダイス城の広場は喧騒に充ちていた。人間、魔族、男性、女性、子供、老人――ありとあらゆる人種が入り乱れ、落ち着きなく、いつ喧嘩がはじまってもおかしくない状態だ。

 何も暴動が起きたわけではない。ケーレスの住人が大勢で集まると、いつだって喧嘩がはじまるのである。


 今日はなぜ、広場にケーレスの住人が集まったのか。それは、彼らがシンシアの呼びかけに応じたからだ。今日は、シンシアからケーレスの住人に大事な話があるというのだ。

 アイギスと同じ戦闘服を着たシンシアは、城のバルコニーに立ち、広場を埋め尽くす民衆を前に、尻尾を垂直に立てている。騒がしい民衆にも確実に声を届けるため、あるいは広場に集まれなかった住人にも言葉を届けるため、彼女の側には水晶が置かれていた。


「みんニャ! おはようニャ! 今日はシンシアから、みんニャに伝えなきゃいけニャいことがあるニャ!」


 水晶を介し喧騒の中に放たれた、シンシアのほんわかとした挨拶。これには、血の気の多いケーレスの住人たちも心を落ち着かせ、シンシアの話に耳を傾ける。シンシアは笑顔を少しだけ曇らせ、重い知らせを住人たちに伝えはじめた。


「たった今、海の向こうから、大勢の魔界軍がここケーレスに向かってきているニャ。その数、10万ニャ。10万の魔界軍兵士が、シンシアたちのケーレスを侵略しようと進撃しているニャ。魔界軍兵士の到着まで、残り1週間ニャ」


 再び騒然とする広場。いや、広場だけではない。ケーレス島全体が、闘争心と活力、恐怖心と不安で包まれたのである。


「10万の魔界軍。たしかに、凄い数の兵士ニャ。誰だって、10万の敵を前にすれば、怖くて逃げ出したくニャってしまうニャ」


 民衆の心を代弁するかのようにそう言ったシンシア。だが彼女は、民衆1人1人の顔を見て、微笑みながら続けた。


「だけど、シンシアは知ってるニャ。みんニャが、自分たちでこの街を、ケーレスを作り上げたことを。シンシアは知ってるニャ。この島、この街、ケーレスに住むみんニャは、ケーレスが大好きニャことを」


 シンシアの言葉に聞き入る民衆。次第に、シンシアの口調にも力が入りはじめる。


「みんニャ、この街を栄えさせるために戦ってきたニャ。ある時は共和国と、ある時は嵐と、ある時は飢餓と――そのたびに、みんニャは戦いに勝利したニャ。みんニャの戦う意思、ケーレスを守ろうという意思が、今のケーレスを作り上げてきたニャ」


 独立から122年間、ケーレスでは様々な出来事があった。それらに民衆は思いを寄せ、シンシアの言葉に頷き、祖先を讃え、今の自分たちを見つめ直す。


「だったら、今度も同じことニャ! みんニャ、自分たちの手で作り上げたケーレスを、自分たちの手で守ろうニャ! もし街が壊されても、戦いに勝って、また一から街を作っていこうニャ!」


 自信と誇りを胸に、力強く言葉を繰り出すシンシア。民衆たちも、シンシアと思いは同じだ。 


「たかが10万の魔界軍に、みんニャは負けニャいニャ! みんニャは、この戦いに勝てるニャ! シンシアたちは、みんニャは、10万の魔界軍兵士にも負けず、ケーレスを守り抜いたと、将来の人間たちや魔族たちに語らせるニャ!」


 ケーレスを作るのは自分たちだ。ケーレスを守るのは自分たちだ。今、自分たちが祖先を讃えるように、自分たちも子孫たちに讃えられるんだ。民衆は静かに熱狂し、シンシアは宣言する。


「10万の魔界軍兵士に、東方大陸の魔族たちに、西方大陸の人間たちに、教えてやろうニャ! ケーレスという小さな島に住むみんニャが、どんな大国にも負けない強い意思を持ち、何度でも這い上がり立ち上がることを!」


 このシンシアの掛け声が終わると同時、広場にいた民衆、ケーレスの住人たちは皆、一斉に歓声をあげた。迫る魔界軍10万に対し、8万の民衆が、自分たちの作り上げた街を守るため、決起したのだ。


 スタリオンの側に立ち、広場の様子を眺め、シンシアの言葉を聞いていた魔王とヤクモ、ラミー、ダート、ベン。其処彼処から響き渡る歓声に、ラミーは興奮気味であった。


「凄いです凄いです! 魔王様がしばらくケーレスを離れても、これならケーレスは安泰ですね!」

「うむ。ケーレスはシンシアたちに任せよう」


 絶望的な状況において、民衆を焚きつけ勝利に邁進せんとするシンシアに、魔王は感心している。ヴァダルなどより、シンシアの方がよっぽど王の風格があるとすら思う。これならば、ケーレスはしばらく持ちこたえると、魔王は確信していた。

 後顧の憂は、民衆の歓声に溶けて消えていったのだ。魔王は魔王のすべきことをするだけ。早速、魔王はベンに聞く。


「ベンよ、出発の準備は整っているか?」

荷物ふたつ・・・・・を運ぶだけじゃ。いつでも出発できるよ」


 スタリオンのエンジンを軽く叩き、操縦席に向かっていくベン。魔王と2人で旅ができることに喜ぶラミーも、満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズをしながら言った。


「では魔王様、行きましょう行きましょう! ケーレスの住人たちでも、大国に負けない強い意思を持っているんです! 私たちが負けるわけにはいきません!」


 魔王の袖を掴み、ラミーはスタリオンに乗り込もうとする。ラミーに引っ張られながら、魔王もスタリオンに乗り込んだ。すると、魔王の背後に立つヤクモが、後部ハッチの前に立ち、にべもない様子で魔王に声をかけた。


「もう行くの?」


 いつもの軽鎧に身を包み、立派な剣を携え、陣羽織をはためかせながら、癖っ毛気味の髪をかきあげ、無愛想な表情を魔王に向けるヤクモ。魔王はゆっくりと振り返り、言葉を返す。


「魔力の奪還にどれだけの時間がかかるかは分からん。出発は早いに越したことはない」

「あっそ。私はケーレスを守る。あんたも、ケーレスを守ってよね」

「我は敵を、ヴァダルをねじ伏せるだけだ」


 10万の兵士を失えば、ヴァダルの威光はいよいよ地に落ちるのだ。ならば、ケーレスの戦い、負けるわけにはいかない。魔王はスタリオン機内でマントをひるがえした。


「全ての魔力を取り戻した暁には、すぐにでもケーレスに駆けつけよう。そして、10万の哀れな魔界軍を排除し、ヴァダルに痛手を負わせてやる。この我が、全てを終わらせてやる」


 ケーレスの戦いは、大きな転換点になるはず。魔王はそう考えている。魔界の玉座に再び座る日は、もうすぐそこなのだ。

 対してヤクモは、魔王の言葉にこれといった反応を示さない。示さなかったのだが、今にも出発しようとする魔王を呼び止めた。


「ねえ、ひとつ聞いて良い?」


 そう言ったヤクモの顔を、魔王は紫色の瞳でじっと見る。黙っていれば美しい部類に入る、整った顔つきに凛とした目つきをするヤクモは、おもむろに口を開いた。


「……魔力取り戻して、完全に魔王になっても、あんたは帰ってくるよね?」

「貴様、何を言い出すのだ」


 質問の意図が分からぬ魔王は、すぐさま聞き返した。ところがヤクモは、首を横に振って答える。


「ううん、なんでもない。忘れて」

「一体何のつもりだ。聞く気がないのであれば、最初から聞くな。一度でも聞かれれば、そう簡単に忘れることなど――」

「うるさい」


 普段通りのやり取りに落ち着く魔王とヤクモ。魔王はそれ以上は何も聞かず、ヤクモも口を閉ざす。魔王は気持ちを切り替え、ヤクモの隣にいたダートに指示を下した。


「ダートよ、我が戻るまで、死ぬことは許さん。お前はヴァダルを殺した後の魔界に、不可欠な存在だ」

「分かり、ました。おいら、魔王様の、命令、絶対、守る」


 死ねと命令すれば死に、生きろと命令すれば生きる。ダートはどこまでも忠実な僕だ。もはやケーレスに思い残すことはない。


「みなさん! 頑張ってください頑張ってください! 必ず、強い強い魔王様がみなさんを助けますから!」


 手を振るラミーの言葉の直後、後部ハッチは閉まり、スタリオンのエンジンは起動する。そして、未だ歓声の止まないケーレスを眼下に、魔王とラミーを乗せたスタリオンは、アルテリングが貫く夜空に駆けて行った。

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