第12章5話 ミュールンの戦い I

 第3魔導中隊は、いつでも魔法攻撃が行える状態だ。そんな第3魔導中隊に周囲を囲まれた魔王たち。だが魔王は、余裕の表情を浮かべている。


「強い魔力の正体は、こやつらであったか」


 リルとの対決はこれで3度目。魔王はこれといった反応を示さない。魔王が2つ目の魔力を取り戻していることを知ってかしらずか、リルは2階の廊下の柵から体を乗り出し、ヤクモを見て火照った様子。彼女はヤクモ以外に興味がないようだ。


「ヤクモ姉! あたしだよ、あたし! リルだよ!」


 部下である魔導師たちの冷ややかな眼差しなど、どこ吹く風。右手で杖を、左手でとんがり帽子を振り回し、三つ編みにした髪を振り乱すリル。リルはどうしても、自分の存在をヤクモにアピールしたいのである。

 対してヤクモは、リルの猛烈なアピールを前に、つい苦笑いを浮かべ、ため息をついてしまった。


「面倒なのに囲まれた……」

「わーい! ヤクモ姉が笑ってくれた! あたしの顔見て喜んでくれた!」

「あれ? 私、苦笑いしかしてないけど。それも笑ったことになるの?」


 どのような反応をヤクモが示したところで、リルはヤクモのいかなる反応も肯定的に捉えてしまう。ヤクモの心には、だんだんとリルに対する恐怖すらも湧いて出てきた。


 さて、ヤクモを見て大喜びするリルであったが、なんだかんだと彼女は第3魔導中隊隊長。任務遂行のために、リルはここにいるのだ。リルは表情を凛とさせ、とんがり帽子を被りなおすと、杖を握りしめ言う。


「だけど、あたし、ヤクモ姉と魔王を攻撃しなきゃいけないんだ」


 第3魔導中隊に任務を与えたのはヤカモトだろうか。そう推察しながらも、第3魔導中隊の攻撃に備える魔王。第3魔導中隊の魔導師たちは杖を掲げ、攻撃準備を整える。


「せっかく喜んでくれたのに、ごめんねヤクモ姉」

「喜んでないから大丈夫」


 申し訳なさそうにするリルに、剣を握り冷たく言い放ったヤクモ。リルは不敵に笑って、魔導師たちに命令を下した。


「第3魔導中隊、攻撃開始! ただし、ヤクモ姉を傷つけたらぶっ殺すからね!」


 隊長の命令に従い、魔導師たちは杖をオレンジ色に輝かせ、一斉にエクスプロを放った。中庭に降り注ぐエクスプロの火の玉は、爆発の衝撃と炎で中庭を包み込む。


 爆発の衝撃は、中庭にあった泉を破壊し、炎は飾られた花や草を燃やし尽くした。では、魔王たちはどうなったのか。それを確認しようと、3階の廊下から中庭を覗き込んだ魔導師は、ソイルニードルに喉を突き刺され絶命した。


 消えた炎、辺りを覆う黒煙の中から、青く輝く魔力障壁が姿を現わす。障壁の中にいるのは、無傷の魔王とヤクモ、ダート、ルファール、そして縮み上がったパンプキンだ。

 ソイルニードルを放ち、魔導師の1人を倒した魔王。彼は右腕を突き出しながら、魔力障壁が全くの被害を受けていないのを見て、不満を抱きながらリルに言い放つ。


「この程度の攻撃、我には効かぬぞ。リル・マーリン、本気を出せ」


 約30人、小隊規模で一斉に攻撃を加えながら、魔力障壁すら破れないとはどういうことか。リルに至っては、魔導師たちの攻撃を眺めるだけで、魔法を放つことはなかった。

 ルーアイの戦いでも、第3魔導中隊とリルは本気を出していない。アプシント教会では味方ですらあった。魔王はいい加減、本気の第3魔導中隊と戦いのだ。ところが、リルは魔王の願いを叶える気はないようである。


「魔王がなんか言ってるけど、気にしないで攻撃を続けてね!」


 そう言って、自分はとんがり帽子をいじり、攻撃は部下に任せきりのリル。魔導師たちは再びエクスプロを放ち、中庭を炎でいっぱいにするが、魔力障壁に守られた魔王たちは、爆発の中でただ突っ立っているだけだ。

 こうして突っ立っていても仕方がない。ヤクモは剣を片手に、ダートは胸を張って、魔王に提案した。


「ねえ、反撃しないの?」

「おいら、いつでも、戦える」


 意気揚々と反撃の許可を待つヤクモとダート。ルファールは剣すら持たず、腕を組むだけだが、それでもその瞳は、冷酷に敵の排除を求めている。やる気がなく震えているのはパンプキンだけだ。


「好きにしろ。やる気の見えぬ第3魔導中隊など、我らの敵ではない」


 本気を出さぬ第3魔導中隊に、魔王は戦いへの興味を失っていた。魔王の淡白な指示に、ヤクモは左腕を突き出す。


「ぼ、僕はここで見てるッス……」


 魔法攻撃相手になす術がないパンプキンは、おとなしく縮こまったまま。彼は自分の無力を自覚しているのだ。


 魔導師団のエクスプロが一時的に収まったと同時、魔王は魔力障壁を消す。これに呼応して、ヤクモは地面に左手をつきアクアカッターを発動。ヤクモの放った数多のアクアカッターが魔導師たちを襲った。

 いくら本気を出していないリルとはいえ、部下たちを見殺しにはできない。彼女は咄嗟に氷の壁を作り、ヤクモのアクアカッターを妨害した。アクアカッターは氷の壁を破壊しきれず、ただの水に戻ってしまう。


 ヤクモの攻撃は、リルの氷魔法によって遮られた。ならば、炎魔法を使うべきと魔王は判断。魔王は右腕を突き出し、ヒートピラーを発動する。まるでビームのような、煮え滾る熱の柱が放たれる左腕を、魔王は薙ぎ払った。

 ヒートピラーはリルの作り出した氷の壁を溶かしつくし、魔導師たちがいる廊下をなぞるように破壊していく。ヒートピラーの威力はそれだけに留まらず、ヒートピラーは廊下の向こうまで突き抜け、ミュールンの城に巨大な穴を空けた。


 轟音と共に、痛みに震えるかのようなミュールンの城。跡形も無くなった3階と4階の廊下を見上げて、リルは目を丸くし、焦りを隠さず第3魔導中隊に命令する。


「みんな、攻撃中止! 攻撃中止だよ! あんなのとマトモに戦ったら、ミュールンがなくなっちゃうからね」


 約40人いた魔導師は、半数にまで減っていた。これでは第3魔導中隊そのものが人手不足になってしまう。だからといって魔王たちと本気で戦えば、ミュールンが消えてしまう。これ以上の戦いを、リルは望んでいないのだ。

 戦う気がない敵と戦うことほど、つまらないものはない。第3魔導中隊の攻撃中止を前に、魔王も攻撃の手を止める。するとリルは、2階の廊下から中庭に飛び降り、太ももをあらわにしてヤクモに駆け寄った。


「ヤクモ姉! これでやっと側に居られる! ヤクモ姉を攻撃するの、辛かったよ」


 ヤクモに抱きつき、頰をスリスリさせるリル。ヤクモはリルを振りほどいて叫ぶ。


「ちょっと……くっつかないでくれる!?」

「だって、ヤクモ姉のお肌はスベスベで気持ち良いんだもん」


 心地よさそうな笑みを浮かべたリルの、敵とは思えぬ言い草。パンプキンは唖然とし、ルファールは愚痴を言った。


「なんなんスか? さっきの攻撃。嫌がらせッスか?」

「アリバイ作りのような戦いだったな。剣の無駄になるから止めてくれ」


 冷たい口調で冷たく言い放つルファール。リルはルファールの言葉を聞いて、第3魔導中隊が本気を出さなかった理由を暴露する。


「お! さすがルファールさんだね。その通りだよ。今の戦いは『ヤクモ姉に魔力を取り返されました』って共和国会議に伝えるときに『止めたけど無理でした』っていう体を装うための戦い」


 先ほどの戦いは、共和国会議への言い訳のための戦いであったということ。随分とくだらない戦いに巻き込まれたものだと、魔王は不快に感じながら、リルに聞いた。


「つまり、お主らはヤクモに魔力を取り戻させるつもりか」

「うん! ヤクモ姉のためなら、あたし何でもするよ!」


 やはりそうかと思う魔王。第3魔導中隊に命令を下したのは、おそらくヤカモト。ヤクモに書簡を送り魔力の在り処を教えたのもヤカモト。全てはヤカモトの掌の上の出来事でしかないのだ。

 だが、魔王はヤカモトの掌の上で踊るつもりはない。ヤクモは、未だヤカモトに操られる気はない。ヤクモはリルに対し言い切った。


「良いの? 私、魔力を取り戻しても共和国を助ける気はないけど」

「魔力を取り戻すことが大事だから、大丈夫だよ」


 ヤクモの言葉をあっさりと受け入れるリル。彼女は先に続く城の廊下を指差し、和やかに笑う。


「こっちだよ! 付いてきて!」


 どうやらリルは、ヤクモを魔力の在り処まで案内するつもりのようだ。今のリルに危険はないと判断した魔王たちは、リルの後を追い、城の奥へと進んで行く。

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