第12章4話 空中都市ミュールン

 スタリオンはエンジンを青く輝かせ、迷いなく雨雲に飛び込んだ。雨雲の中、機体を揺らされながらも、まっすぐと飛び続けるスタリオン。目的地への到着には、それほど時間はかからなかった。

 雨粒の伝う窓の向こう、雨雲の中から、草木の生える人影のない遺跡のような街と、これでもかと威厳を見せつける城が、幻影のように現れた。空中都市ミュールンだ。


「着陸できそうな場所は……あそこじゃな」


 地面ごと浮かび上がるミュールンの、公園として整備された草原。ベンはそこに、スタリオンを着陸させる。

 魔王とヤクモ、ルファール、ダート、パンプキンはスタリオンを降りた。草原は灰色の雲に覆われ、ミュールンの全景は見渡せない。この先に何が待ち受けているか分からぬ魔王は、とりあえず指示を下す。


「ラミー、ベン、お前らはスタリオンで哨戒任務だ」

「いつも通りですね。任せてください任せてください!」

「帰りを待っとるよ」


 逃げ道と偵察員は確保すべし。逃げ道をベンに、偵察員をラミーに任せた魔王。ラミーはスタリオン機内から魔王を見送り、ベンは操縦席で酒を飲みながら、スタリオンを浮かび上がらせた。

 雲の中に消えていくスタリオンを横目に、魔王は辺りを見渡す。ヤクモは寒さに震えながら、魔王に質問した。


「どっち行くの?」

「強い魔力を感じる。こっちだ」


 草原へとつながる城の階段。その先から、以前にも感じたことのある強い魔力が漂ってきているのだ。果たしてそれが、勇者の最後の魔力なのかは分からぬが、確認は必要であろう。


 早速、草原を超えて階段を上った魔王たち。城の中に踏み込んだ彼らを包み込んだのは、今にも動き出しそうな彫刻がいくつも並ぶ、神話の絵が描かれた天井、色鮮やかなステンドグラスに覆われた、絢爛豪華な無人の廊下だ。

 ところどころに垂れる草木が、廊下を夢の世界のように演出している。魔王とダートは、大理石の床に足音を響かせ先を急ぐが、ヤクモは言葉を失い、パンプキンは目を輝かせながら驚嘆した。


「わぁ……すっげえ綺麗なところッスね!」


 これにはヤクモだけでなく、あのルファールですら同意したらしい。ルファールの冷たい表情と冷たい口調は、ほんのわずかに柔らかくなる。


「ここに来るのは私もはじめてだ。言い伝えの世界と、ほとんど変わらないな」


 先を急ぐ魔王とダートを追いながらも、彫刻や絵画、草木を見てそう呟いたルファール。彼女の言葉にパンプキンは反応し、興味津々な様子でルファールに聞いた。


「言い伝え?」

「57代勇者キリノと大魔王の戦い。パンプキンも知っているだろ」

「……知らないッス」

「かなり有名な話だぞ」


 ミュールンの言い伝えは、魔王からすれば、大魔王――祖父の昔話でもある。魔界でも人間界でも広く知られる言い伝え。ところが、ヤクモは当然として、パンプキンも言い伝えの内容を知らないようだ。

 美しいミュールンの城に機嫌を良くしたのだろうか。パンプキンに言い伝えの内容を教えるため、ルファールは長々と喋りはじめた。


「約600年前、57代勇者キリノと大魔王が戦った8年戦争の時。大魔王は究極魔法『アルティメット・レイ』を発動し、当時はまだ地上にあったミュールンを破壊しようとした」


 この話、魔王は幼い頃に祖父である大魔王から聞かされている。大魔王曰く、当時のミュールンでは共和国会議が開かれており、共和国の王をまとめて排除する良い機会であったそうだ。そこで大魔王は、ミュールンの街ごと破壊しようと考えたらしい。


「アルティメット・レイが直撃すれば、何も残らない。そこで勇者キリノは、ミュールンの地下に眠る魔鉱石を全て重力魔鉱石に変換し、ミュールンを地面から根こそぎ浮かび上がらせた。結果、ミュールンの街は破壊を免れ、空中都市となった」


 街ひとつを破壊しようとした大魔王の強大な魔力に対抗するため、勇者キリノも強大な魔力を使って街を守る。大魔王と勇者キリノの戦いは、史上最大の魔王と勇者の対決、8年戦争と呼ばれ、伝説と化すだけのことはあるのだ。


「以降、勇者キリノを讃えて、ミュールンには『ポーロウニアフィールド』という愛称もついた。こうしてミュールンを見る限り、言い伝えは事実なのだと痛感する」


 ミュールンの戦いは613年前に起きたこと。人間からすれば、大昔の言い伝え。しかし、寿命の長い魔族では、両親や祖父祖母の時代の出来事。ゆえに、ミュールンを見たパンプキンやルファールの驚嘆と比べると、魔王やダートの驚きはどうしても薄い。

 言い伝えを聞いて、さらに目を輝かせたパンプキン。ルファールの話はまだ終わっていない。


「ついでに、大魔王の放ったアルティメット・レイは、ミュールンのあった場所の西にあった山を直撃、山を吹き飛ばし広大な平地を作り出した。そこが今の、ティエラミュールンだ」


 613年前まで、ティエラミュールンのあった場所には山があったのだ。ルファールの言葉を聞いて、パンプキンは驚きを通り越し、想像もつかない出来事に笑ってしまう。


「あの57代勇者の仕業だったんスか。空中都市なんて、どうにも滅茶苦茶な街ができたはずッス」


 魔王とヤクモの背後で笑うパンプキン。彼は2人の背中を眺め、期待と恐怖が混じり合ったような口調で言った。


「ヤクモさんと魔王さんも、魔力を取り戻したら、街を浮かべたりできるんッスかね」

「アルテ崩壊前の祖父と我を比べるな。勇者も同じだ」


 パンプキンに対し、魔王は冷たく返す。ミュールンの戦いの後、大魔王と勇者キリノは、戦いの最中にアルテを崩壊させ、世界の魔力のバランスを崩した。もはやあの2人のような魔力を持つ者は、この世界にない。

 

 冷たく返されたパンプキンは、魔王に話しかけるのを止めた。彼は廊下に飾られた彫刻を見て、無理やり口を開く。


「この彫刻、良いッスね。高く売れそうッス」


 誰も反応しない。先ほどまで、珍しく長く喋ったルファールも、いつも通り。パンプキンは大声を出した。


「この彫刻、高く売れそうッス! これ持ち帰ったら金持ちになれるだろうな〜大金持ちだろうなぁ~」


 やはり誰も反応せず、魔王たちは黙ったまま。沈黙に耐えられないパンプキンは、ヤクモに擦り寄りわざとらしく言い放った。


「スリしちゃおうかなぁ~どうしようかなぁ~」

「死にたきゃどうぞ」

「……せっかく反応してくれたと思ったら、冷たいッスねぇ」


 魔王やヤクモ、ルファールに話しかけても無駄だと悟ったパンプキンは、今度はダートに話しかける。


「そういや、ダートさんって土属性魔法の名人じゃないッスか」

「そう。おいら、土属性魔法、得意」

「だったら、こういう彫刻って作れるんじゃないッスか? 魔王さんの人形も作ってたし」

「おいら、これ、作れない。おいら、家具しか、作れない」


 魔族四天王とは思えぬ和やかな会話だ。ようやく明るい会話の糸口を見つけ出したパンプキン。彼はダートとの会話を続けようとする。


「なぁんだ、残念ッス。せっかく金持ちの夢が叶えられると思ったんスけどね」

「おいら、魔王様、従う。金持ち、どうでも、良い」


 最終的に、ダートはそれだけ言って口を閉ざし、鎧を着た歩く岩となってしまった。明るい会話もなく、どこか凍てついた空気感の漂う魔王たちに、たまらずパンプキンは指摘した。


「……みんなどうしちゃったんスか? さっきから黙り込んじゃって。喧嘩ッスか? ヤクモさんと魔王さんの喧嘩ッスか?」


 魔王は反論できない。ヤクモも反論できない。2人は自覚しているのだ。喧嘩というと子供っぽいが、それに近い対立をしてしまっていることを。


「勇者と魔王が喧嘩するなんて、普通のことじゃないッスか。5000年間ずっとそうじゃないッスか。もう少し明るくいきましょうよ」


 妙に核心を突いたパンプキンの意見に、魔王は小さく笑ってしまう。ヤクモはパンプキンの顔を見て、放言した。


「じゃあ、歌でも歌って盛り上げてよ」

「ええ!? いきなりの無茶振りはなしッスよ!」


 大げさなまでに拒絶するパンプキンを見て、ヤクモは久しぶりの笑みを見せる。凍てついた空気感が、少しだけ払拭された瞬間であった。


 歩き続ける魔王たちは、廊下を出て中庭にやってくる。中央には泉が置かれ、周囲を2階から4階までの廊下で囲まれた中庭。ここで、魔王は足を止める。


「待て。どうやら我らは、敵に囲まれているようだ」


 魔王がそう呟いた瞬間であった。2階から4階の廊下に、白いローブを着た杖を持つ集団が姿を現した。そして、魔王たちの前方、2階の廊下から、青い水晶を戴く杖を片手に、1人の少女が手を振っている。第3魔導中隊隊長、リル・マーリンだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る