第12章3話 合流
ケーレスから南へ約3000キロ。人魔戦争の激戦地である南部地峡の付け根付近に、ティエラミュールンは存在する。そしてその上空に浮遊するのが、空中都市ミュールンだ。
スタリオンに乗って魔王たちがティエラミュールンに到着してから、すでに10日が経っている。魔王とラミーは、今日もヤクモたちを探すため、ティエラミュールンの街を散策していた。
「57代勇者が作りし『ポーロウニアフィールド』、空中都市ミュールン。そこを勇者の魔力の封印場所に選ぶとは、人間界も存外分かりやすい」
小雨が降る中、道行くまばらな人々に紛れ、街を歩く魔王の言葉。ラミーはあくびをしながら、考えを巡らせ呟く。
「過去の勇者の加護を期待したんでしょうか……」
「そんなところだろう。仮に戦闘となっても、被害は少ないであろうしな」
強大な力を前にすると、生物はさらに強大な力に頼ろうとする。こればかりは、魔族も人間も変わらないようだ。加えて、ミュールンはほぼ無人の都市である。ラミネイの惨劇が繰り返されることはない。
「それにしてもそれにしても、晴れていれば、上空にミュールンの街がドカーン! と見えて、いつもは絶景なのに……今日はあいにくの雨ですね」
灰色の雨雲を見上げて、残念そうな表情をしたラミー。彼女の言う通り、晴れた日のティエラミュールンから空を見上げれば、地面を木の根のようにぶら下げる、空中都市ミュールンを見ることができたのだ。
ティエラミュールンへの到着から昨日までの9日間、晴天が続き、魔王たちは常にミュールンの下にいた。ところが今日に限って、魔王たちは雨雲の下にいる。そして、そんな日に限って魔王は、探していた3人を見つけ出すのである。
「絶景は見ることができなかったが、代わりに奴らが現れた」
馬を連れ、ローブに身を包み、街道を堂々と歩く3人。立派な剣を携えた、長身の2人の女性と、2人の女性にこき使われる1人の男性。
3人のうちの1人から感じる強大な魔力は、間違いない。魔王はようやく、ヤクモたちを見つけ出したのだ。ラミーもヤクモたちに気がつき、満面の笑みを浮かべてヤクモたちのもとへ駆けた。
「ヤクモさんヤクモさん! 15日ぶりですね!」
「我は待ちくたびれたぞ」
いつもと変わらず、魔王はマントをひるがえし、ラミーは無邪気に笑った口から小さな牙をのぞかせ、ヤクモたちに話しかける。一方で、ヤクモはため息をつき、ルファールは表情を全く変えず、パンプキンは分かりやすく驚いていた。
「ど、どういうことッスか!? なんで魔王さんたちがここに!?」
大声で驚くパンプキンに、道行く人たちは訝しげな表情。ヤクモは気にせず、魔王を睨みつけ言い放つ。
「今度は誰を脅して、ここに来たの?」
さすがに長く魔王と共にいたヤクモは、どうして魔王がここに来られたのか、ある程度は想像ができるらしい。魔王はニタリと笑い、答えた。
「共和国議会だ。人間界の王たちは、我の質問に
「あっそ」
自分から質問しておきながら、興味のなさそうな反応を示すヤクモ。彼女はそれ以上は何も言わず、馬を連れ、魔王の横を素通りする。
突然魔王が出現し、だが魔王を無視して先を急ぐヤクモに、パンプキンは混乱した様子だ。
「あれ? もう行っちゃうんスか?」
「私たちには急ぎの用があるだろ」
「ルファさんの言う通り。魔王に構ってる暇なんかない」
ただ前だけを見て、歩を進めるヤクモとルファール。パンプキンは右往左往しながら、ヤクモに付いていくことしかできない。魔王に背中を向けるヤクモたちに、ラミーは慌てて呼びかけた。
「待ってくださいヤクモさん! 私たちは、ヤクモさんを助けに来たんですよ!」
このラミーの言葉を聞いて、ヤクモたちは振り返り、足を止める。ラミーは再びヤクモの側に駆け寄って、話を続けた。
「ミュールンに行くには、共和国軍の許可を得て、飛行魔機に乗らなきゃいけません。今のヤクモさんにそれは難しいです。でもでも、私たちなら力になれます!」
つまり、魔王と共に行動した方が魔力を取り戻しやすいという説得だ。しかしヤクモは、小さく笑って空を見上げた。
「ラミー、ごめん。私たち、魔王の力は借りたくないから。人の死が当たり前になるの、嫌だから」
小雨に溶けて交じってしまいそうな小さな声。かすかに聞こえたヤクモの言葉に、魔王は大きなため息をついた。そして魔王は、ヤクモの顔をじっと見て、冷酷に言う。
「人の死が当たり前になるのが嫌、か。今更であろう。貴様は何人の魔族を、何人の人間を殺してきた。貴様にとって、人の死はすでに当たり前の出来事だ」
「……分かってる」
「分かっているのならば、我の助けを拒絶する必要もあるまい。それとも、他に理由があるのか? まさか、勇者として我を殺すために魔力を取り戻そうとしているのか?」
「違う!」
強く否定するヤクモ。彼女は拳を握り、整理されていない心から、魔王の疑問への答えを引っ張り出した。
「別に、あんたを殺そうとは思ってない。あんたを殺したら、私に居場所はなくなるから、それはできない。私はただ、もっと強くなって、守れるものを増やしたいだけ」
「勇者の力で、何を守るつもりだ」
「ええと……例えば……ケーレスとか」
随分と曖昧な理由、決意だ。思ったことをそのまま口にするだけのヤクモに、魔王は呆れ果てる。
「ならばなおさら助けを拒絶する意味が分からない。ケーレスを守りたいのであれば、我と共に戦うことこそ、最良の道ぞ。まさか貴様、マットの死に怖気づいたのではないか? この世界に召喚されはじめて仲間を失い、気が動転しているのではないか?」
魔王にはとても、ヤクモが冷静だとは思えないのである。彼女は、心の動きに惑わされすぎのように感じるのである。その原因が、マットの死であるのは確実であろう。
おそらく、ヤクモ自身もそれに気づいている。だからこそ、彼女は魔王の説得を受け入れた。
「たぶん、そうかもしれない。結局、あんたと一緒にいる方がうまくいくのかもね」
「ヤクモさん……」
俯き、癖っ毛気味の髪から雨粒を垂らすヤクモは、必死で
「協力って、何してくれるの?」
先ほどまでの反発は何処へやら。協力の中身を確認するヤクモに、魔王は路地に向かって歩き出した。
「こっちだ」
路地を歩き、しばらく進んだ先。建物に囲まれた小規模な広場に到着した魔王たち一行。広場にはスタリオンが置かれ、ベンがスタリオンのエンジンを点検し、暇を持て余したダートはクローゼットを作っている。
「おお! ベンさんにダートさんじゃないッスか!」
「パンプキン、元気そう。ヤクモさんも、ルファールさんも、元気そう」
再会を喜ぶダートとパンプキン。だが、ヤクモはベンの姿を見て、複雑な表情をしていた。
「ベンさん、来ちゃったんだ……」
「勇者さんよ、変に気を遣うことはない。らしくないことはせんで良い。だいたい、わしは気を遣われるような男じゃない」
明るく気丈に振る舞い、ヤクモを安心させようとしたベン。ヤクモもベンに言われ、苦笑いを浮かべながら、冗談めいた口調で気持ちを切り替える。
「どうせスタリオン使うなら、最初からベンさんに頼めば良かった。その方が疲れないし」
「でも、15日間の旅、結構楽しかったッスよ」
「たまには旅も悪くないものだ」
ヤクモの言葉に続く、旅についてのパンプキンとルファールの感想。パンプキンはまだしも、ルファールまでもが感想を口にしたのは、魔王からしてみれば意外であった。もちろん、ルファールの表情も口調も、雨粒より冷たいのだが。
「スタリオン、準備、できてる。いつでも、行ける」
「揃いましたね揃いましたね。それじゃあ気を取り直して、出発です!」
未だ魔王とヤクモの関係改善は十分ではなく、2人とも会話を交わすことはない。それでも、魔王とヤクモ、ラミー、ルファール、ダート、パンプキン、ベンは揃ったのだ。彼らはいつものようにスタリオンに乗り込み、ミュールンへと向かう。
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