第12章6話 勇者の魔力

 リルの案内に従って歩く城の廊下は、先ほどの廊下よりも装飾が少ない。それでも、赤い絨毯と大理石の壁、城内部にまで入り込んだ草木によって、廊下が幻想的であることは変わりない。

 魔王たち一行の先頭を歩くリルは、ヤクモの顔を見続けていた。後ろ歩きをしながらでもヤクモを見るリルの目は、どこか夢心地である。


「あたし、ヤクモ姉を魔力の在り処に案内するの、これで2度目だよ! ルーアイの時も、ヤクモ姉が魔力を取り戻したとこ見てたしね!」


 嬉しさの海を泳ぐリルの、誇らしげな言葉。だが、ヤクモにとっては興味のない話だったらしい。彼女はいつもの無愛想な顔つきで、にべもなくリルに聞き返した。


「……それがどうしたの?」

「ヤクモ姉が魔力を取り戻すときは、いつもあたしがいるってことだよ。あたし、ヤクモ姉の役に立てて嬉しい!」


 ルーアイでもアプシント山でも、ここミュールンでも、ヤクモが魔力を取り戻そうという時に限って、リルは魔王たちの近くにいるのだ。すなわち、ヤクモの魔力奪還には必ずヤカモトが関係しているということ。魔王はリルのように笑っていられない。

 ヤクモは、なおもリルの話に興味がなかった。ヤクモは今、魔力を取り戻そうとすると必ず現れるリルに対し、魔王と違った理由で、警戒心をあらわにしている。


「ねえ、ストーカー対策ってどうすれば良いの?」

「なぜそれを我に聞く」

「だってあんた、いつもラミーにストーカーされてるのに平気だから」


 こんなことを聞かれたところで、魔王はどう答えれば良いのか分からない。困った魔王は、ラミーとリルの違いを強調することで話を終わらせようとした。


「ラミーは我の部下だ。敵に纏わり付かれるのとはわけが違う」

「じゃあ、いっそリルも私の部下にしちゃえってこと?」

「どうしてそうなるのだ」

「だよね。私、何言ってるんだろう」


 ヤクモはリルから離れようとしているのだ。部下にしてしまうというトンチンカンな選択肢が、なぜヤクモの頭に浮かんだのか、魔王もヤクモも理解ができない。

 一方でリルは、ストーカー呼ばわりされている話は聞こえずとも、部下にするという選択肢だけは聞こえる、都合の良い耳を持っていた。彼女は小動物のように飛び跳ね、ヤクモに懇願する。


「え! あたしがヤクモ姉の部下!? なりたいなりたい! ヤカモト陛下みたいなおっさんより、ヤクモ姉の部下になりたい!」


 厄介なことになってしまった。1度でも火がつけば、リルのヤクモへの愛は止まることはないのだ。


「変なこと言うんじゃなかった……」


 そう呟くヤクモの絶望したような表情を、魔王は笑う。笑って、これはヤクモとリルの問題だと、我関せずを貫き通した。

 

 当然、リルを部下にする気がないヤクモ。彼女はリルに何を言っても無駄であると悟り、リルが疲れるまで無視を決め込む。

 おかげで、その後の数分間は、リルの求愛行動をヤクモが無視し続けるという、奇怪な光景が城の廊下で繰り広げられた。リルが落ち着いたのは、とある広間の扉にリルが手をかけた時だ。


「到着したよ。ほら、あの箱がヤクモ姉の最後の封印された魔力。これでヤクモ姉、勇者の力が完全復活するよ!」


 広間の巨大な観音開きの扉を開き、魔王たちを広間に案内したリルの言葉。魔王たちは広間に足を踏み入れた。

 歴代の著名な勇者の彫刻が飾られ、天井には過去の勇者と魔王の戦いが描かれた、3方を窓に囲われる広間。その中心に置かれる簡素な台の上には、鉄製の小さな箱が置かれている。この箱こそが、勇者の最後の魔力を封印した箱だ。


 全ての勇者の力を取り戻そうとするヤクモ。箱に近づく彼女は、臆することも、焦ることも、喜ぶこともせず、普段通りの無愛想な様子だ。


「この箱が、最後の魔力……なんか地味」


 共和国のシンボルが刻印された、四角いだけの鉄製の箱を前にして、ヤクモの感想はやはり素っ気ない。だが、今まさに勇者の力を取り戻そうとするヤクモの背後では、ダートが魔王の壁となっていた。


「魔王様、気をつけて」

「分かっている」


 全ての魔力を取り戻したヤクモは、一度失踪していることもあって、危険な存在。魔王とダートが警戒しないはずがない。


「ラミー、ベンに伝えるのだ。いつでも我を回収できるよう、スタリオンを我の近くに飛ばせ。我の居場所は、我の魔力を追えば分かる」

《了解です了解です。不測の事態・・・・・が起きれば、私が魔王様を守ります》


 ラミーも承知のようだ。魔王たちは逃げ出す準備を終えている。あとは、ヤクモが魔力を取り戻し、裏切るのかどうか、見定めるまで。


 魔王たちが不測の事態に備える間、そんなことはつゆ知らず、ヤクモは鉄製の箱の蓋を開けた。箱の中からは、眩い光が放射状に拡散し、広間を明るく照らし出す。

 あまりの明るさに目を瞑るヤクモは、箱の中にある光源――光属性魔法の玉を手探りで取り出した。そして、間髪入れず玉を握りつぶす。握りつぶされた玉の光は、煙となってヤクモの体に吸い込まれた。この瞬間、ヤクモは勇者の魔力を完全に取り戻したのである。


「体が軽い。力も今まで以上に強くなった気がする。この感じ――召喚された時と同じだ」


 明らかな体調の変化に、ヤクモは拳を握り、肩を回し、あるいは小さくジャンプをしている。魔王も、ヤクモから漂う魔力につい笑みを浮かべてしまう。


「我も勇者の魔力を感じる。あの時以来だ。ラミネイ城、はじめて貴様と出会った、あの時以来だ」


 はじめて己と対等な者を見つけた時の喜びが蘇る魔王。警戒心と愉悦に、魔王の心は踊っていた。

 ダートは魔王を守るため、いつでもヤクモと戦えるよう備えている。ルファールは腕を組み、無反応。パンプキンもそれほど驚いた風ではない。


「見た目は、いつもの粗雑なヤクモさんと、あんまり変わらないッスけどね」

「粗雑?」


 パンプキンの言葉を聞いて、鋭い視線をパンプキンに向けたヤクモ。パンプキンは背筋を凍らせ、ヤクモから視線を逸らした。

 たった今、勇者が全ての魔力を取り戻したというのに、魔王たちの反応はまばらだ。魔力奪還に最も分かりやすく喜んでいたのは、ヤクモではなくリルである。


「ヤクモ姉が勇者の力を取り戻した! あたし、もっとヤクモ姉と一緒にいたいよ! ルファールさんや魔王、パンプキンが羨ましいよ!」


 狂喜乱舞するリルは、同時に魔王たちへの嫉妬から、ローブの袖を噛んでいた。リルは、自分が第3魔導中隊隊長であり、事実上のヤカモトの部下であることを、これほど恨んだことはないであろう。


 ミュールンの城の広間で、魔王たちはそれぞれ勝手な感情を抱く。そんな中、まるで獣のように力強くうるさい老人の声が、広間に響いた。


「だが、お嬢ちゃんはまだ勇者じゃない。力を取り戻しただけじゃ勇者にはなれない。お嬢ちゃんはまだ、魔王の部下だ」


 突然の声に振り返る魔王たち。声の主は、義手の左腕、義足の右足、革ジャンにトゲ付き肩パットを付けた、深いシワの刻まれる顔で不敵に笑う老人である。


「お主は――」

「ストレングのじいさん!?」


 65代勇者の仲間の生き残り、ストレング・ビフレストの登場。これに魔王は眉を寄せ、ヤクモは目を丸くした。ストレングは気にせず、ヤクモに挨拶する。


「よう! お嬢ちゃんは今日も元気だな」


 相変わらずのうるさい声に、ヤクモは驚きのあまり言葉を返せない。親しげな様子のストレングを見て、魔王はヤクモに問いただした。


「貴様、ストレングとは知り合いか? どういう関係だ?」

「何度か会って、ちょっと話をしたこともあるけど、それだけ」


 何が起きているのか、ヤクモも分かっていないようである。ひとつだけ分かるのは、ストレングの登場を、リルが当たり前のように受け入れていることだけだ。これもヤカモトが仕掛けたことなのか。考えを巡らす魔王だが、ヤクモは直接、ストレングに質問した。


「なんでこんなところに?」


 質問されたストレングは、鞘から剣を抜き、答える。


「俺様は勇者シュウタと一緒に先代魔王と戦った男だぞ。そんな伝説の男が魔王に会いに来たんだ。もう分かるだろ」

「もしかして……魔王を倒しに?」

「それ以外に何がある。今日のために、俺様は使い物にならない右足を自分で切り落として、義足に変えてきたんだ。やる気は満々だぞ!」


 毅然とした態度で、剣先を魔王に向けるストレング。これがヤクモを共和国に引き入れるための行動であるのは明白だが、ストレングは本気で、魔王を倒す気のようだ。先代魔王――父親の仇の1人を前にして、魔王の紫色の瞳にも、殺意が芽生えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る