第11章2話 巡り合わせ

 デスクチェアの背もたれに深く体を沈める魔王。タバコ片手にソファにどっしりと腰掛けるマット。タバコの煙を嫌い報告書の側で大人しくするミニドレイク。会話はなく、執務室は静かだ。

 しばらくすると、執務室の扉がノックされる。これに魔王が応える前に、ラミーとベンが執務室に入ってきた。


「なんじゃ、いきなり呼び出しおって」


 不機嫌そうな表情をして、マットの対面のソファにどっしりと座るベン。彼もタバコを口にくわえ、執務室に煙を立たせる。

 マットと同じ反応を示すベンに、魔王は小さく笑った。笑いながらも、ラミーが隣に立つと、魔王はすぐさま本題に切り込む。


「マットとベン、お主らはアルイム神殿に入ったことがあるそうだな」


 この世には存在しないと思われていた、アルイム神殿の内部を知る者への魔王の質問。ベンは少し間を置いて、どことなく驚いたような表情をしながら、魔王ではなくマットの顔を眺める。


「おいマット、魔王様にあの話をしたのか?」

「詳しい話はしてねえよ。多分これから聞かれると思うぜ」


 タバコの煙を吐き出しながら、素っ気なくいい加減に返答したマット。どうやらマットとベンには、まだ明かしていないことがあるらしい。

 マットとベンが抱えた、アルイム神殿にまつわる話。当然、魔王とラミーはそれに興味を持ち、ラミーはマットとベンの顔を覗き込むように聞いた。


「あの話って何ですか? 気になります気になります!」

「ほらな、聞かれたろ」


 言った通りの展開に笑うマットとベン。ラミーの質問と魔王の興味に答えたのは、マットであった。


「アルイム神殿の話は、俺とベンが知り合った話なんだがな」


 そう言ってはじまる、マットとベンの昔話。マットは新たなタバコを口にくわえ、火をつけ、滔々と語る。


「10年以上前だったか、アルイム神殿の番犬やってた俺の前に、2人のじいさんが現れやがった。1人はベン、もう1人は神官。今日は生贄の儀式の日だから、そこを通せって言われてな。アルイム神殿に誰かが入っていくの見たのは、あれが最初で最後だ」


 これといって特別な感もなく語るマットだが、ラミーは今にも腰を抜かしてしまいそうであった。


「ちょっと待ってください。ベンさんってまさか……」

「そうじゃよ。わしはアルイム神殿の生贄に選ばれたんじゃ」

「あの事件! マットさんとベンさんだったんですか!」


 目を丸くするラミー。魔王もラミーと同じく仰天し、ラミーの言った〝事件〟を振り返る。


「14年前のアルイム神殿生贄逃亡事件。大した事件ではなかったが、神聖な地で起きたがゆえに騒動となったのを覚えている。そうか、お主らその時の2人であったか」


 当時、玉座の間でラミーから生贄逃亡の報を受け、大急ぎで儀式のやり直しを準備させたのを魔王は思い出していた。魔王にとってはあまり記憶に残っていない事件であったが、マットとベンの話がこの事件に繋がるとは、意外である。


「おいおい、そんな騒ぎになってたのか。ヘッヘ、そりゃ悪かったな」

「だいたいはマットのせいじゃ。わしは謝らんぞ」


 驚く魔王とラミーに対し、マットとベンは可笑しそうに笑うだけであった。ラミーは事件の真相を解明するためにも、マットに質問を重ねる。


「何で、マットさんはベンさんと一緒に逃亡を?」


 そう聞かれて、マットは可笑しそうに笑ったまま答えた。


「俺の出来心だ。当時の俺は、毎日毎日、誰も来やしねえ神殿の警備に飽き飽きしてたんだよ」


 あまりにお粗末な理由に、魔王もラミーも呆れ顔。マットは気にせず話を続ける。


「そんな時に、ベンの野郎が現れやがった。ベンはドワーフだからな、見た目も口調も年齢も年寄りだが、中身は俺と大して変わらねえ。で、生贄として連れて行かれるベンを見て俺は思った。お互いつまんねえ人生だな、ってよ」


 マットはタバコを勢いよく吸い、床にタバコの灰を落としながら、語気を強めた。


「つまんねえ人生なんてクソ食らえだ。気づけば俺は、祭壇で生贄として死にそうになってたベンを助けてた。そんでそのまま、魔界を逃げた」


 ここまで説明したマットに対し、ベンは白い歯をのぞかせて、口を開いた。


「わしは助けてくれなど、一言も言っていながな」

「じゃあ、あのまま死にたかったのか?」

「そんなわけなかろう」

「なら文句言うな」


 口を尖らせるマット。ベンは笑ってタバコを吸い、マットは説明を続ける。


「魔界を逃げた俺たちは、途中でどっかの貴族騙して、飛行魔機――スタリオンをちょうだいして、運び屋はじめた。で、今に至るってわけだ」


 大雑把な説明であるが、大雑把なマットの行動と考えれば、魔王は納得できる。これが、事件の真相だったのだ。マットとベンの特に理由のない出来心が、事件の真相だったのだ。


「驚きです驚きです……」


 思わず呟くラミー。だが魔王は思う。マットとベンが出来心を抱いたおかげで、今、魔王はアルイム神殿の内部を知る者を得たのだと。なんたる巡り合わせだろうか。


「ラミーよ、出発の準備をするのだ。明日にはアルイム神殿へ向かう」

「はい! お任せを!」


 行動するなら急ぐべし。魔王はラミーに出発の準備をするよう指示し、ラミーもその指示に素直に従った。


    *


 翌日、ダイス城の広場に駐機したスタリオンとオーカサーバーの前に、魔王とヤクモ、ルファール、ダート、パンプキン、マット、ベンは立っていた。


「皆、揃ったようだな」


 魔王の2つ目の魔力を取り戻す。そのために集まったいつものメンバーたち。見送りに来ていたシンシアは、いたずらな笑みを浮かべて魔王に言う。


「最近の魔王さんたち、いきなり出発が多いニャ。マットさんたちのスケジュール管理が大変って、キリアン兄さんが文句言ってたニャ」

「スラスラ~お仕事いっぱい~イムイム~」


 曇った天気も吹き飛ばしてしまいそうな、明るい表情をしたシンシア。魔王はダイス城のキリアンがいるであろう部屋に顔を向けた。


「そうであったか。キリアンには謝罪しておこう」

「いいニャいいニャ。魔王さんに使われた方が、マットさんとベンさんが過労死しニャくて済むニャ」


 いたずらな笑みで、いたずらでは済まされぬことをシンシアは言い放つ。これに、シンシアの側を通りかかったマットは文句を垂れた。


「おいおい、魔王様もなかなかに人使いが荒いんだぜ」

「そう言うわりには、マットさんは楽しそうニャ」

「あったりめぇよ。オーカサーバーでまた爆撃ができるんだからな」


 早朝のことである。マットは魔王に、オーカサーバーに積み込まれた爆弾20個のうち、10個を残していたと白状した。これに魔王は激怒したが、同時に喜びもした。

 アルイム神殿に魔界軍がいない確証はない。もし魔界軍の大軍がいるようであれば、オーカサーバーと10個の爆弾の存在は都合が良い。そこで魔王は、10個の爆弾全てを使うのを条件に、マットにオーカサーバーの出撃を許可したのである。


 再び爆撃任務ができることに小躍りしながら、オーカサーバーに乗り込むマット。対照的なのは、スタリオンの前でしょんぼりとするラミーだ。彼女は半泣きの状態で魔王に言う。


「また……お留守番ですか……」

「お前にはお前の活躍の場がある。我慢しろ」

「ラミーさん、これ、あげる。前より、完成度、高い、はず」


 ダートは、土魔法を利用し作りあげた、1分の1スケールの魔王人形をラミーに渡す。するとラミーは、人形に抱きつき笑顔を取り戻した。


「おお! 魔王様人形! これで2日ぐらいは耐えられます! ダートさんダートさん、ありがとうございます!」


 ラミーのわがままは、ダートのおかげで解決した。他方、パンプキンは不安げな様子でルファールに話しかけている。


「僕、戦力になるッスかね? 足手まといじゃないッスか?」

「安心しろ。盾としては使える」

「それ、僕は安心できないッス!」


 不安が解消されないまま、ルファールの言葉でさらなる不安に押しつぶされそうになるパンプキン。一応の従者の不安などは気にせず、ヤクモは足早にスタリオンに乗り込み無愛想に口を開いた。


「ねえ、いつ出発するの?」

「勇者さんが愚痴を言いだしおった。魔王様、早くしてくれんか?」


 操縦席に座るベンは困ったような表情をして、魔王に出発の催促をする。準備は終えているのだ。魔王はマントをひるがえし、ダートと共にスタリオンに乗り込む。


「では、行くとするか」


 魔王がそう言うと、魔王、ヤクモ、ルファール、ダート、パンプキンを乗せた、ベンの操縦するスタリオン、そしてマットの操縦するオーカサーバーは、ラミーとシンシアに見送られながら、曇天の空に向けて飛び立っていった。

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