第11章 アルイム神殿の戦い
第11章1話 2つ目の魔力
独立記念日を終えて3日が経ったケーレス。未だに記念日の飾りは街に残り、もはやゴミとなってしまっているが、ケーレスに住む者たちは日常生活に戻っていた。犯罪の絶えない街で、必死に生きる日常生活である。
ダイス城の執務室。魔王はここで、大量の資料に目を通す。独立記念日当日に発生した事件の報告書だ。部屋に新たな柱が増えたかのように高く積み上げられた報告書は、魔王をげんなりさせるには十分すぎる量であった。
暴力、喧嘩、強盗、恐喝、空き巣、殺人、放火。どれも同じような内容ばかりの報告書に飽き飽きした魔王は、報告書を放り出し、席を立って、窓の外を眺める。
今にも雨が降り出しそうな、曇り空が広がる景色。外を眺めたところで、魔王は結局、退屈してしまった。再び報告書に目を通すため、振り返ろうとする魔王。その時であった。
「あれは……」
窓の外には、枯れ葉のように空を飛ぶ小さな影があった。黒く固い鱗に覆われた体に、まるで炎のようなスカーフを巻きつけ、薄い翼を辛うじて羽ばたかせる、コウモリのような生物。魔王には、この生物に見覚えがある。
生物を招き入れるため、魔王は窓を開けた。すると、その生物は執務室に飛び込み、ソファの上にぐったりと倒れ込む。
「やはり、ブレンネの使っていたミニドレイクではないか」
魔族四天王の1人、今は亡きブレンネ・ラゴンが生前に飼っていたミニドレイク。魔界から遠く離れたケーレスの地、魔王の目の前に、それが現れたのだ。
ブレンネはこのミニドレイクを、情報伝達の手段として使っていた。となると、なぜ、どうしてブレンネのミニドレイクが現れたのか、自ずと魔王も理解する。
「魔王様魔王様! ミニドレイク、手紙を持っていますよ」
執務室のソファの下から、突如として顔を出したラミーは、そう言ってミニドレイクを抱きかかえた。彼女の言う通り、ミニドレイクの足には筒がくくりつけられており、筒の中には手紙が収められている。
手紙を手に取り、丸められていた手紙を開く魔王。上等な紙に書かれた、決して綺麗とは言えぬ字を、魔王は読みはじめた。
『ドラゴン族族長のヴュール・ラゴンでございます。敬愛する魔王様がケーレスにてご存命と知りながら、ご挨拶が遅れたこと、大変申し訳ございませんでした。今回は、敬愛する魔王様に、封印された魔力の在り処をお伝えしようと、この手紙を書きました。
魔力の在り処は、アルイム神殿の奥、アルイム祭壇でございます。
現在のアルイム神殿近辺は、常時多くの魔界軍が警戒しておりますが、南部地峡での魔界軍の優勢にヴァダルは有頂天となり、アルイム神殿近辺の部隊も戦地に送ったようであります。
ここ数日間、アルイム神殿近辺の魔界軍による警戒は大変疎かになっております。これは、敬愛する魔王様が魔力を取り戻す良い機会ではないかと思われます。
兄ブレンネがヴァダルに殺害されて以降、私たちドラゴン族はヴァダルらに弾圧され、現在の魔界は堕落の一途を辿っております。敬愛する魔王様に統治されてこそ、魔界は幸福なのだと、再確認する毎日が続いているのです。
私の情報が敬愛する魔王様の助けとなり、敬愛する魔王様が魔界の地に帰還、私たちドラゴン族が敬愛する魔王様に隷属致す日を心待ちにしております。』
以上が、手紙の内容である。ドラゴン族族長を継いだブレンネの妹、ヴュールからもたらされた重要な情報。求め続けていた魔力の在り処を知った魔王は、つい笑みをこぼしてしまう。
「我の2つ目の魔力の在り処は、アルイム神殿であったか」
アルイム神殿といえば、初代魔王の魂が今でも眠ると伝えられる魔界の聖地。魔族ですら寄り付かぬ場所である。どうにも魔力の在り処が見つからぬはずだと、魔王は納得していた。
魔王から手紙を手渡され、内容に目を通していたラミーは、何かを思いついた様子。しかし彼女は、魔王の意見を優先するため質問した。
「どうですどうです? ヴュール・ラゴン、信用できますかね?」
「兄ブレンネは単純な男であった。妹のヴュールも、兄と大して変わらぬ器である」
力自慢ばかりが達者で、族長としての仕事は全て部下に丸投げしていたブレンネ。ヴュールは、そんなブレンネの妹だ。信用するしない以前に、ヴュールが陰謀を巡らせるとは思えない。
また、サーペント族と長らく対立するドラゴン族が、ヴァダルの支配に黙っているとも思えない。ドラゴン族からすれば、ドラゴン族の血を引く魔王に支配される道を選ぶであろう。
手紙が罠という可能性は低い。だが、罠ではないと断言することもできない。それでも魔王は気に留めなかった。
「仮に罠であったとしても、今度ばかりは我らに有利だ。なぜなら我らには――」
「アルイム神殿の元番犬、マットさんがいますからね!」
「その通り」
当然、ラミーも気がついていたようである。魔王たちには、アルイム神殿で番犬を務めていた男が味方しているのだ。
「マットを呼べ。話を聞きたい」
「分かりました分かりました。ちょっと待っててくださいね!」
情報が多いに越したことはない。魔王の指示に、ラミーは満面の笑みを浮かべて執務室を飛び出した。
*
魔界からケーレスまではるばるやってきたミニドレイクは、もはや虫の息であった。ところが魔王の執務室に用意されていた菓子を口にした途端、ミニドレイクは力を取り戻し、今では元気に執務室を飛び回っている。
小鳥のように鳴きながら飛び回るミニドレイクを鬱陶しがりながら、ラミーとマットの到着を待つ魔王。しばらくして、執務室の扉がノックされ、ラミーとマットが執務室に入ってきた。
「連れてきましたよ!」
「なんだ? 急に呼び出して」
不機嫌そうな表情をして、ソファにどっしりと座るマット。彼はタバコを口にくわえ、執務室に煙を立たせる。
ラミーが魔王の隣に立つと、魔王は執務室のデスクチェアに深く腰掛けながら、ニタリと笑って口を開いた。
「お主に聞きたいことがあるのだ」
「だから、なんだっつってんの」
タバコの煙に浮かぶマットの表情は、ますますご機嫌斜め。魔王は構わず、本題を口にした。
「マットよ、お主はアルイム神殿の番犬であったはず」
「ああ、そうだぜ」
「ではお主は、アルイム神殿をどれだけ知っているのだ?」
マットに期待していないわけではない。だが期待しすぎるわけにもいかない。マットは元番犬とはいえ、ただの元番犬。果たして重要な情報が、マットの頭の中に存在するのかどうかは未知数だ。
魔王の質問に対し、マットは小さく笑った。そしてタバコをくわえながら、いつも通りの横柄な態度で答える。
「悪いが基本的なことしか知らねえぜ。アルイム神殿は魔界の聖地、10年に1回の生贄を捧げる儀式以外に、1人の魔族も入ることが許されねえ無人の神殿。こんくらいのこと、あんたらも知ってるだろ」
やはりというべきか。マットから新たな情報を得るのは難しいと判断する魔王とラミー。想定内の答えに、ラミーは念のため、マットに聞いてみた。
「マットさんは番犬でしたから、やっぱりやっぱり、神殿に入ったことはないんですよね?」
聞くだけ無駄だと、魔王とラミーは思う。10年に1回の生贄の儀式の際、神官と生贄以外にアルイム神殿へ立ち入る者はいないのである。そして神官も生贄も、儀式で命を落とす。アルイム神殿内部を知る者はこの世に誰1人としていないのだ。
「実はな、俺とベンは1回だけあんだよ」
アルイム神殿内部を知る者が、2人もいた。しかも、魔王のすぐ近くに。マットのあまりに想定外の答えに、一瞬だけ唖然とする魔王とラミーであったが、魔王はすぐさまラミーにベンを呼ぶよう指示を下した。
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