外伝:ヤクモ、ストレングの昔話を聞く
外伝第10話 とあるバルコニーにて
シンシアのスピーチが終わり、人々の熱狂がようやく落ちついてきた頃。あらゆる業界のお偉いたちがパーティーを楽しみ、魔王はマントとオーラをひるがえしていた。相も変わらず多くの人から注目されるヤクモは、テーブルにもたれかかる。
「疲れた」
いわゆるセレブたちのパーティーに、ヤクモはどうしても馴染めない。気を遣い、おとなしくし、ヒールの高い靴で歩くだけでも、彼女は疲労困憊だ。
テーブルにもたれかかり、黙ってフルーツを食べ続けるヤクモ。そんなヤクモの側を通りかかったルファールは、表情は冷たいながらも、ヤクモの思いを汲み取り言った。
「バルコニーなら、人が少ないぞ」
「ホントだ。ありがとルファさん。ちょっと一休みしてくる」
ルファールが指差した先にあるバルコニー。寒い季節の夜に、バルコニーに出るような人はいない。人の少ない場所を探していたヤクモにとっては絶好の避難場所である。
ヤクモはそそくさとバルコニーへ出た。バルコニーに人がいないのを確認すると、ヤクモは靴を脱ぎ、背伸びをして、大きく深呼吸をする。肩を隠さぬドレス姿で冷気にさらされるのは少し辛いが、居心地は悪くない。
バルコニーの手すりにもたれ、外の景色を眺めたヤクモ。花火に照らされるダイスの街は、まさしくシンシアのスピーチ通りだ。
「個性豊かで、自由な街か……」
何気なく呟いたヤクモ。乱雑で汚い街だと思っていたダイスも、そう思うと、賑やかで面白い街に見えてくるのだから不思議だ。
「よう!」
街を眺めていたヤクモの背後から聞こえた、短くもやかましい呼びかけ。振り返るとそこには、ストレングが立っていた。ヤクモは口を尖らせる。
「ストレングのじいさん。今休憩中だから邪魔しないで」
「おいおい、俺様がいつお嬢ちゃんの邪魔をした?」
「存在自体が邪魔」
キツい言葉を投げかけ、なんとかストレングを帰らせようとするヤクモ。しかしストレングは構わず、杖をつき右足を引きずりながら、ヤクモの隣に立った。
「ちょっとは年寄りを労われ」
「ちょっとは年寄りらしくしたら」
なおもヤクモは、ストレングにキツい言葉を浴びせる。これにストレングは苦笑いを浮かべ、ヤクモから視線を外し、ぽつりと言う。
「じゃあ、年寄りらしく昔話といこうか」
ストレングの意外な言葉に、ヤクモはどう反応していいのか分からず黙り込む。ストレングは花火を見つめながら、過去に想いを寄せた。
「もう50年も前だ。戦士の肩書きで傭兵やってた俺様は、魔界軍との戦いでとんでもないものを見た。魔導師の女と2人だけで、100の魔界軍と渡り合う男だよ」
当時を思い出すストレングの目は、今でも輝いている。
「俺様はその男に衝撃を受けてな。俺様よりも強い奴がこの世にいるなんて、あり得ねえと思ったんだよ。何より面白い。だから戦いの後、その男に喧嘩ふっかけた」
若かった分、昔のストレングは〝ならず者〟といっても過言ではないほど、暴れん坊であった。ならず者でなければ、共に魔界軍と戦った男に喧嘩をふっかけはしない。
ストレングは自嘲するように笑っている。ヤクモはそれを見て、彼女も笑みを浮かべストレングに言い放った。
「で、喧嘩に負けたんだ」
「ああ、けちょんけちょんにやられた。喧嘩で負けたのははじめてでな、どうすれば強くなれるのか男に聞いたらよ、男も分かんねえって言いやがるんだ」
人間最強を自称していたストレングが勝てなかった相手。当然、ストレングは男に興味を持った。
「分かんねえってどういうことだって聞くと、今度は、俺は異界から召喚された勇者なんだ、召喚された時に強くなったらしい、って答えやがる。こっちもわけが分からない」
50年が経過した現在でも、ストレングはわけが分からないとお手上げ状態である。
「ともかく、なんで自分が強いのかも分からない男に、喧嘩最強の俺様は負けたのさ。納得いかねえよ。ということで、俺様はその男の強さを知るために、男と魔導師の女の後を追った」
そこまで話して、ストレングは再び自嘲し、しかし憧れと敬意を抱きながら、空を見上げ力強く言う。
「まあ、俺様は男の強さには追いつけなかった。当たり前だ。男の力は――シュウタの力は65代勇者の力、選ばれた者しか持てない特別な力だからな」
ストレングと65代勇者シュウタの出会い。ひとつの物語のはじまりに、ヤクモの好奇心は刺激された。
「喧嘩の後は、ずっと65代勇者と一緒に旅したの?」
寒さを忘れてそう質問するヤクモ。ストレングは自慢げな表情をしながら、いつもの大声で過去を懐かしむ。
「なんやかんやな。当時の俺様たちは最強パーティー。65代勇者シュウタ、戦士ストレング、魔導師ミアと聞きゃ、魔界軍は震えて逃げて行きやがった」
思い出せば思い出すほどに、鼻を高くするストレング。
「6年、暴れに暴れた。片腕吹っ飛ばされても、気にせず暴れた。面白い毎日だった。だが、明日にでも先代魔王を倒す、ってところで、人間界と魔界が南部地峡条約を結び、戦争は終わっちまってな」
戦争は終わったと口にしたストレングは、一転して無念さに覆われ、口ごもってしまう。らしくないストレングの姿に、ヤクモは疑問と合わせて質問した。
「なんでそんな残念そうなの? 戦争は終わったんでしょ?」
「俺様たちの目的は魔王を倒すことだった。魔王学にどっぷり浸かった魔王がいる限り、人間界に平和は訪れない。だから終戦後、俺様たちは独自に、魔王を倒すため動いた」
人間界と魔界の戦争は終わっても、ストレングたちの戦争は終わらなかったのだ。なんとしてでも、魔王を打ち倒さなければならなかったのだ。
ストレングの話に納得いかないヤクモ。なぜそこまでして魔王を倒そうとしたのか、ヤクモにはどうしても理解できなかったのである。そんなヤクモの表情を見て、ストレングは語調を強めた。
「いいか、魔王ってのは災害みたいなもんだ。そして勇者ってのは、いつでも召喚されるわけじゃない。その魔王を倒さなきゃならない時に、召喚されるんだ。勇者が召喚された以上、勇者に選ばれた者は、魔王を倒し、人々を救わなきゃならないんだ」
魔王を倒すことが勇者の使命。ストレングは暗に、勇者であるヤクモにそれを伝えている。だがやはり、ヤクモは納得できない。
「考えすぎだと思うけど」
「まだ分かんないよな。ま、その辺はゆっくり自覚すれば良い」
自分も最初は納得できなかった、と言わんばかりのストレング。彼は話を続けた。
「41年前、俺様たちは先代魔王の暗殺に乗り出した。そして、シュウタは先代魔王と刺し違えた。俺様たちは魔王を倒したんだ。だが、シュウタはやりすぎた」
沈痛な面持ちで俯くストレングに、彼の後悔を感じ取ったヤクモ。だからといって、ヤクモは気遣いをするような人物ではない。ストレングが何を後悔しているのか、ヤクモは即座に質問する。
「やりすぎた、ってどういうこと?」
「暗殺の時、シュウタの女房になってたミアが、先代魔王に殺されたんだ。シュウタは怒りに駆られ、先代魔王を封印するはずが、殺しちまったのさ。俺様たち最大の失敗」
歯を食いしばり、拳を握ったストレング。ヤクモは聞き返した。
「封印だろうと殺そうと、魔王は倒したんでしょ? 何が失敗なの?」
「先代魔王は倒したが、次の魔王――お嬢ちゃんと一緒にいる魔王に問題が生じた。先代魔王を殺したおかげで、あの魔王は歪んだ強迫観念を持つにようになっちまったんだ」
「強迫観念?」
「良い奴から死んでいく、とかいう強迫観念だ。次期魔王にそんな強迫観念を抱かせた。それが俺たちの失敗だ」
41年間、友の思いを背負い、魔王を研究し続けてきた男の確信。ストレングは真剣な眼差しをヤクモに向け、しかし微笑みながら言う。
「お嬢ちゃんには、勇者として立派になってもらいたい。だが、俺様たちみたいな失敗はして欲しくない」
静かながらも力強い、後悔と教訓、41年の月日が重なった重い言葉。それでいて優しくヤクモの肩を叩くストレングに、ヤクモは思わず笑ってしまった。
「なんか、じじくさいこと言うね」
ヤクモが笑ってそう言うと、ストレングは胸を張り腕を組む。
「労わる気になったか?」
「お金返してくれたら、労わるけど」
「生意気なお嬢ちゃんだ」
ストレングは花火の音にも負けぬほどの声量で大笑い。ヤクモとストレングの笑い声に、バルコニーに漂っていた物悲しい雰囲気は吹き飛んだ。
「辛気臭い話は終わりだ。マットの野郎を叩き起こして、大酒大会再開と行くか」
酔いが覚めたストレングは、再び酒を求めて大広間に戻っていく。ヤクモはダイスの街を眺め、少しだけ、勇者としての自分を見つめ直すのでった。
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