第11章3話 アルイム

 ケーレスを飛び立って数時間。東方大陸上空を飛んでいたスタリオンとオーカサーバーは、アルイム神殿から少し離れた森の中に、隠れるように着陸した。敵の姿は全く見当たらない。

 魔王たちはスタリオンを降り、敵が少ないと判断したマットもオーカサーバを降りる。また今回は、神殿の案内役であるベンも斧を背負ってスタリオンを降りた。彼らは森を抜け、アルイム神殿に徒歩で向かう。


 アルイム神殿に初代魔王の魂が眠るとされるのには理由がある。この地は、魔界の中でも特に魔力が強い場所なのだ。

 辺り一面には魔鉱石が埋まり、土地や木々にも魔力が宿り、複雑な土地を形成するアルイム。初代魔王が神殿を構えたのもあって、魔族はアルイムを、神聖な地として定めたのである。


 強い魔力が作用した結果、貝殻のような形をした土地が重なり合い、または鏃のような鋭く尖った土地が天を突き刺す、アルイムの地。そこに生える黒く曲がりくねった木々が、アルイムの面妖な雰囲気を強めていた。

 人間界ではあり得ない地形。魔族ですら見慣れぬ光景に、ヤクモやパンプキンは目を奪われてしまう。


「すごい場所。すごい住みにくそう。魔族って、よくこんなところ住んでられるよね」

「こんだけ魔鉱石があれば、大金持ちの夢もすぐ叶うッス!」

「いくつか持ち帰れば良いじゃん。スリも止められるかも――うん?」


 ヤクモは何かに気がつき会話を止めた。彼女は、重なる貝殻のような土地の切れ目の向こうに目を凝らす。するとそこには、森を砕き地面に横たわる巨像の姿があった。


「あれ、ネメシスゴーレムじゃない!?」


 驚いた、というよりも、面倒な、という表情をしたヤクモ。魔王はこれといった反応を示さず、足を止めることなく口を開いた。


「ネメシスゴーレムで最も俊敏であり、対空戦闘に特化したエッダの残骸だ。数百年前、この地でエッダと54代勇者が戦った。エッダは54代勇者を追い詰め、仲間を全て殺したが、戦いの結果はあの通り」


 魔界ではそれなりに有名な話。魔王一族以外が勇者を追い詰めた、数少ない例だ。この魔王の説明を聞いて、ヤクモはエッダよりも54代勇者に興味を持つ。


「54代勇者、よく勝ったね」

「エッダは俊敏さを得るため、装甲は薄く作られているのだ。打撃には弱く、祖父によると、54代勇者が両腕を犠牲にしてまで放ったライトスパークには、耐えられなかったと聞いている」


 祖父である大魔王から直接聞いた話を披露する魔王。ヤクモは安心したように笑って、エッダの残骸を眺めながら言い放った。


「じゃあ、エッダって大したことないヤツなんだ」


 説明の仕方が悪かったのか、それともヤクモの単純思考のせいか、ヤクモは明らかにエッダを過小評価している。魔王はヤクモの認識を改めさせるためにも、わざわざ足を止め、腕を組み、ヤクモを見下ろしながら言った。


「馬鹿も休み休み言え。54代勇者が両腕を失くし、ようやく倒したのがエッダである。54代勇者はその後、すぐに力尽き、我が祖父の前にチリと消えた」

「ああ、そう」


 多少は認識を改めたのか、ヤクモは笑みを浮かべながらも、遠くで横たわるエッダからは視線を逸らしている。魔王は満足し、再びアルイム神殿に向かって歩き出した。


 少しして、魔王たちは木の少ない、開けた場所に出た。複雑怪奇であった地形も、ここだけは平地となっている。平地の中心には、石を組み上げ作られたピラミッド状の、巨大な建物が鎮座していた。


「ここがアルイム神殿だ」


 建物の前で立ち止まり、建物を見上げてそう言った魔王。暗く陰鬱とした、赤黒い石を組み上げただけの、しかし重厚な空気感を醸し出す神殿。ここが、魔王たちの目的地であるアルイム神殿だ。

 初代魔王の魂が眠るという神殿に、魔王とダートは一礼する。ところがヤクモは、アルイム神殿を見て正直な感想を口にした。


「なんか、思ってたより地味」

「5000年も昔に出来上がった神殿ぞ。建設当時は神殿を飾っていた装飾の類も、色鮮やかな塗料も、祖父の時代にはすでに、全て剥げ落ちていたそうだ」


 アルイム神殿の歴史と魔界の歴史、そして魔王一族の歴史。これらはほぼ同一だ。5000年の歴史を前にして、見た目が地味かどうかなど、魔王にとっては取るに足らないことである。

 久々のアルイム神殿を前にして、過去の記憶が蘇ったのはマットとベンだ。


「誰もいやしねえ。なんかあれだな、番犬時代を思い出すな」

「わしは嫌な思い出が蘇ってきたぞ」


 帰ってくることはないと思っていた古巣に、マットの頰が緩む。一方で、生贄として死にかけたベンは、顔をしかめていた。


「ホントに静かなところッスね。こんな地形じゃなかったら、故郷を思い出してたッス」


 重厚な空気感に押しつぶされ、言葉を失っていたパンプキンの、素朴な感想。マットの『誰もいない』という言葉と、パンプキンの『静か』という単語を聞いて、ダートは警戒心をあらわにする。


「おかしい。番犬、いない。魔物も、いない。何も、いない。静か、すぎる」


 強い魔力の影響で、魔力を使い魔族や魔物の気配を感じ取ることはできない。だが、文明が手付かずのこの地であれば、魔力など使わずとも魔物を目にすることはできるはず。ダートの警戒に、魔王も辺りを見渡す。

 どうやらダートの警戒心は当たりだったようだ。魔王が辺りを見渡すと、草木は揺れ動き、闇に沈んだ森の中から、鎧を身につけ武器を手にした大勢の魔族が姿を表す。ルファールは早くも細剣を手に取った。


「魔王、私たちは罠に嵌められたらしい」

「そのようだな」


 予想していたとはいえ、早期に魔界軍を発見できなかった自分を、魔王は嗤う。ヤクモは頭を抱え、癖っ毛気味の髪をさらにかき乱しながら叫んだ。


「あ~あ、敵出てきちゃったよ」


 ヤクモの叫びは虚しく森の中に消え、魔王たちは完全に魔界軍に包囲されてしまう。森の中からは、筋肉の塊のような体を見せびらかす、女性物の下着のような鎧を着たフェアリー族の〝男女〟の姿もあった。


「勇者ちゃん! また会えたわねぇ。あちきのこと、覚えてる?」

「そのビジュアル、忘れるわけないでしょ。名前は忘れたけど」

「え~! あちきの名前忘れちゃうなんて、ひどいわぁ~。あちき、モーティーよ!」


 親しげにヤクモと話をするモーティー。彼がいるということは、当然ながらグレイプニルの長もここにいる。


「本物の魔王様にまた会えた。私は今、本当に喜ばしいです。今日の魔王様は、どんなに美しい芸術を見せてくださるのでしょう」


 恍惚とした表情を浮かべたメイが、森から出てきた。グレイプニルの登場に、どうにも早くに魔界軍を見つけられなかったはずだと納得した魔王。魔王は大勢の魔界軍を一見し、メイに話しかけた。


「メイ・エルフィン。ここにいる魔界軍、グレイプニルだけではないようだな」

「はい。残念ながら、今日は下品な方が多くて多くて」


 魔王に対する申し訳なさと、下品な者たちへの嫌悪感によって俯いたメイ。彼女がい言う下品な方が誰なのかは、魔王も容易に想像できる。


「ルドラぁ! ルドラ、ルドラ、ルドラぁ! 哀れでお労しいルドラぁ! あなたの顔、あなたの紫の瞳、虫唾が走りますなぁ! いつになったらぁ、あなたの首は落ちるのですかぁ!?」


 アルイム神殿付近に響き渡ったのは、魔王の想像通り、ヴァダルの声であった。ただし、魔王の想像とは違い、今回のヴァダルはケルベロスに引かれた車に乗り、魔王と直接の対面を果たしている。

 1年と10ヶ月ぶりのヴァダルとの再会。魔王の心は愉悦した。


「ヴァダルか。こうして顔を合わせることができて、我は嬉しい限りだ」

「黙れ!」


 すでにヴァダルの怒りは爆発し、彼は感情に突き動かされている。話にならんと呆れる魔王だったが、ヴァダルの隣に立ったアイレーは、ヴァダルに代わり、余裕の表情で嫌味な言葉を魔王にぶつけた。


「あらあら、没落者が陛下を前に随分と偉そうに。わたくしの前ですら、本来は跪くべき存在だというのに。これだから没落者は嫌ですわ」


 これまた1年と10ヶ月ぶりの再会。魔界のお偉い大集合に、魔王はアイレーの言葉など気にせず、つい大笑いをしてしまっていた。

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