第8章 交渉

第8章1話 共和国北部派閥国王定例会 I

 西方大陸東部、ケーレスの約900キロ北にある島国ヒノン王国。異界の技術をこの世界から排除して5日、ヒノン王都コヨトの宮殿で北部派閥の国王が集まり定例会を開くと聞いた魔王は、スタリオンに乗ってコヨトへ向かった。

 コヨトに降り立った魔王。彼はスタリオンを帰し、ベージュ色のコートを着たラミーと、上等なコートに中折れ帽を被ったキリアンだけを連れ、白が映えた漆喰の壁と、黒い瓦屋根が美しい宮殿に乗り込む。


「止まれ! なんだ君たちは!?」


 宮殿の警備員たちは、突如現れた3人を警戒し、会議場まで続く道に立ちふさがった。北部派閥7カ国、7人の王が集まる会議室に、怪しい人物を通すわけにはいかない。だが魔王は、警備兵など気にせず右手を突き出し、言い放った。


「北部派閥の王たちに話があってな。通してもらうぞ」


 直後、魔王が突き出す右手から氷柱が飛び出し、警備員たちの腹を次々に突き刺していく。警備員たちは慌てて武器を手に取るが、誰一人として、剣を構えることもできず、命を落としていった。


 これといった苦労もなく、廊下を血に染めながら、魔王は歩を進める。気づけば3人は、会議場の立派な扉の前に到着していた。

 あまりに造作もなく破られた宮殿の警備。魔王は退屈しながらも、胸を張り、ニタリと笑う。そして会議場の扉に手をかけ、勢いよく扉を開けた。


「な、何事だ?」

「来賓があるとは聞いていないが……」

「どこの誰だ、彼らは?」


 まさか騒ぎもなく警備員が全滅したとは思わぬ7人の王たちは、開かれた扉に注目し、知らぬ客の登場に呆然とするだけ。どこか惚けた印象の老人たちを前に、魔王はマントをひるがえし口を開いた。


「我こそが魔王、魔王ルドラである! 今日はお主らと話がしたくてな。ここに来た」


 北部派閥7人の定例会に現れた――殴り込んだ8人目の王。しかし魔王が名乗ったところで、王たちは顔をしかめて叫ぶだけだ。


「魔王だと? おい! 狂人が会議に紛れ込んだぞ!」

「警備は何をしている! こんな若造2人と小娘1人を通すとは……」


 ほとんどの王は、魔王が魔王であることを信じていない。彼らは狂人の出現に、警備員たちが息をしていないとも知らず警備員を呼びつけ、あるいは狂人を会議室に入れたことに関し警備員を非難する。

 魔王は7人の王に相手されていない。これは最初から想定していたことだ。魔王は表情ひとつ変えず、氷魔法を発動させ、会議場の出入り口や窓を氷の壁で覆い尽くした。


「邪魔が入れば、冷静な話ができぬ。すまぬが、この会議場は封鎖させてもらうぞ」


 攻撃魔法など使えず、戦う術も体力もない老人たちから、逃げ道を奪った魔王。相手に話をする気がないのならば、相手が話をしなければならぬ環境を作れば良いのだ。


「では早速、話し合いといこう」


 逃げ道をなくした途端に慌てふためく王たちに、魔王は笑みを浮かべたままそう言った。話の主導権は魔王にある。

 ところが、7人の王が皆一様に慌てふためき、冷静さを失っているわけではない。王の1人は魔王の顔をじっと見て、質問した。


「待て。お前が魔王である証拠はどこにあるんだ?」


 いくら逃げ道を失ったところで、魔王が魔王であるという証拠はどこにもない。1人の王の冷静な言葉に、他の王たちも一斉に頷いた。彼らは仮にも一国の指導者たちだ。民間人や兵士のように容易く操れるわけではないのである。

 自分が魔王であるという証拠を提示できない魔王は、わずかに唇を噛んだ。同時に、魔王の姿を見ても、北部派閥の王たちが魔王を魔王だと認識しないことに呆れてしまう。


「魔界と戦争をする人間界の王たちに、我の顔を知る者がおらぬとはな」

「証拠も提示できない男を、どうして魔王と――」


 王たちの疑いは晴れそうにない。こうなってしまえば、王たちを脅し、無理矢理にでも魔王が魔王であると認識させるしかないであろう。魔王は左手を突き出す。

 その時であった。魔王が現れてからも一貫して落ち着き払い、会議場の席にどっしりと座る男。老人ばかりの王たちの中では比較的若い男。ヒノン王国国王ヤカモトがついに口を開いた。


「ハッカス殿、彼はおそらく、本物の魔王だと思うがね」


 元はパリミル派閥――中央派閥の所属であり、パリミルの混乱以降は北部派閥の長を務め、今回の定例会でも議長を務める男の、魔王を肯定する言葉は、他の王たちを驚かせた。


「言い切りましたな。ヤカモト殿には、何か心当たりがあるのですか?」

「紫の瞳を持つ、黒いマントに身を包んだ長身の若い男が、長い赤髪の少女を連れている。魔王の特徴は全て合致しているのだよ」


 いくら魔王の顔は知らずとも、魔王の特徴ぐらいは1国の王として把握している。その上でヤカモトは、魔王が魔王であると判断したのだ。これに魔王は、一度突き出した左手を下ろし、ニタリと笑う。

 一方で他の王たちは、北部派閥の長でありながら、最も年若い――といってもヤカモトの年齢は50歳代後半――王の判断に、疑問を呈す。


「しかし……それだけで魔王と判断するのは……」


 煮え切らない王たちの態度。これが続くようであれば、魔王は北部派閥との話し合いすらもできそうにない。魔王は苛立ちを抑えながらも、わざとらしく大きなため息をついて言った。


「まだ話は続くのか? 我は飽きてきた」


 腕を組み、ヤカモトを睨みつけ、そう言い放った魔王。ラミーも魔王に合わせ、口に手をやりあくびをしてみせる。おそらく、ヤカモトは話し合いに乗り気だ。北部派閥の長を手懐けることができれば、魔王にとって都合が良い。

 果たして魔王の狙い通り、ヤカモトは魔王の苛立ちを感じ取ったようである。ヤカモトは魔王の意向に沿うよう、王たちの慎重意見を飛び越し、魔王との話し合いをはじめた。


「待たせてしまってすまなかったな。ひとつ質問させてくれ」

「なんだ?」

「あなたが魔王ルドラ殿で、あなたが側近の少女。では、あなたは?」


 謝罪からはじまり、魔王に質問したヤカモトの視線は、魔王、ラミー、そしてキリアンに向けられる。先ほどから一度も口を開くことがなかったキリアンは、一国の王の質問に、堂々と答えた。


「私はキリアン。ケーレス自治領領主シンシア・ウォレスの相談役コンシリエーレです」


 淀みないキリアンの自己紹介。彼がケーレスという単語を強調したあたり、魔王は感心する。


「ウォレス・ファミリだと……」

「ケーレスか。まさか本当に……魔王……」


 魔王は死んでおらず、ケーレスに追放され、同じくケーレスに向かった勇者、ケーレスを支配するウォレス・ファミリーと手を組んだ、という噂は、政府レベルではよく知れたことだ。ウォレス・ファミリーのキリアンの登場は、魔王が魔王である証拠になり得る。

 ようやく北部派閥の王たちが、魔王が魔王であると信じると、ヤカモトは間髪入れずに魔王へ質問した。


「魔王ルドラ殿、今日はどうしてここに来たのかね?」

「ヤカモト殿! 相手は魔王だ! ルーアイの襲撃やスイルレヴォンの件、魔王が絡んでいるかもしれんという噂は知っているだろう。話などしても良いのか!?」 


 先ほどまで、魔王が魔王であるのをまるっきり否定していた1人の王が、今度は相手が魔王であるのを理由にヤカモトに噛み付く。これには魔王も眉を寄せ、その王を鼻で笑うが、ヤカモトは冷静に答えた。


「宮殿の警備を全て破られ、定例会に魔族の侵入を許した、というのが世間に広まり、責任問題に発展するよりも、魔王と話をした方が良いと思ったのだよ」


 責任問題を口にするヤカモト。すると王たちは黙り切ってしまう。保身のためには、魔王と話し合うしかないのだ。


「失礼したね。それで? 魔王ルドラ殿はなぜここに?」


 ようやくはじまる話し合い。敵対的でも友好的でもなく、ヤカモトのあくまで中立な視線に、魔王は不敵な笑みを返すと、マントをひるがえし、低い声を会場に響かせた。


「お主ら、せっかくの平和を乱されたくはなかろう」


 忠告とも警告とも受け取れる、7人の王たちの漠然とした不安を煽るような魔王の言葉。王たちは一様に顔を見合わせた。彼らはついに、目を背け続けた事実と向き合わなければならない時が来たのである。

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