第8章2話 共和国北部派閥国王定例会 II

 焦る者、頭を抱える者、何が問題か理解しきっていない者――王たちの感想は様々だ。それを見た魔王は不敵な笑みを浮かべたまま、何も語らない。彼の代わりに語るのはラミーだ。ラミーは一歩前に出て、挨拶をする。


「はじめましてはじめまして! 魔王様側近首席のラミー・ストラーテです。詳しいお話は私の方から」


 長身に黒く立派なマント、重厚なオーラを醸し出す魔王とは打って変わって、王たちからすれば孫娘のようなラミーの挨拶に、会議場の緊張感は薄れる。だが、ラミーが説明をはじめると、王たちの表情は徐々に厳しくなっていくのだ。


「最近最近、共和国軍は魔界との戦争で苦戦しているようですね。兵士のほとんどは南部地峡に派遣され、南部派閥は国力を総動員して戦っているとか」


 共和国軍の戦力の7割が南部地峡に派遣され、南部派閥出身者の兵士はこぞって戦地に立っている。それでも戦力が足りないのが、共和国軍の現状だ。


「南部派閥の国々は大変です。兵士は不足、食糧も不足、怪我人だけが増える一方。対して対して、北部派閥はこの通り安定しています。当然です当然です。積極的に戦争に参加せず、戦地からも離れているんですから、安定しない方がおかしいですよ」


 共和国軍内で北部派閥出身者が占める割合は約3割。つまり、戦地に立つ共和国軍兵士は南部派閥出身者と中央派閥出身者のみで構成されているに等しい。これは北部派閥国民の意向に沿った決定であり、北部派閥は国民からして戦争に関与する気がないのである。


「ただ、そんな北部派閥にも悩みがあるはずです」


 魔界軍の侵攻を許せば、ただちに自国を蹂躙される南部派閥と違い、北部派閥に危機感がないのは仕方のないことだ。しかし、北部派閥にも危機はある。


「悩み? さて、何のことかな?」


 ラミーの言いたいことを分かっておきながら、ヤカモトはそう質問した。7人の王の中には、ラミーの言いたいことを分かっていない者もいるのだ。対してラミーは、可憐に笑って答えた。


「ケーレスに現れた魔王と勇者の噂、ですよ」


 北部派閥にも存在する危機を指摘してみせるラミー。王たちは痛いところを突かれ苦虫を噛んだような表情をし、あるいはキョトンとした表情をする。

 魔王は右手を掲げ、王たちに言った。


「想像してみるのだ。もし、我と勇者が北部派閥に攻撃を加えたら?」


 そう言いながら、掲げた右手でアクアカッターを発動し、会議場に飾られたツボを破壊する魔王。破壊され地面に落ちた、ツボの断面を見て、王たちは息を飲んだ。


「定例会の会議場に我を通してしまうお主らだ。我と勇者を止められるとは思えん。となると、我と勇者の攻撃を受けた国民は、お主らをどう思うか……」

「魔族と人間の存亡をかけた戦争に、兵を出すことも反対する、平和を愛する国民たちですからね。きっときっと、王様は私たちを見捨てた! 全ての責任は王様にある! ってところでしょう」


 ヤカモトに倣い、責任という単語を使ったラミー。王たちは静まり返るが、ヤカモトは怖気付くことなく首を傾げた。


「君たち、何が言いたいのかね?」


 あえてのヤカモトの質問に、魔王は小さく笑い、迫力のある声で答える。


「忠告をしているだけだ。お主らはいつまでも能天気にしてはいられぬ、とな」


 人の恐怖心をえぐり出す魔王の物言い。それに対し青ざめる王たちであったが、ラミーは笑顔を浮かべて魔王の言葉に続いた。


「でもでも、これだけは伝えておきますね。魔王様と、現在の魔界の統治者ヴァダルの仲は、険悪です。魔王様とヴァダルはすでに敵対し、魔王様はオガレイラムにあった研究施設を完全破壊しました」


 魔王の矛先は魔界に向いている、魔王は決して北部派閥の敵ではない、とラミーは言っている。さらにキリアンが続いた。


「加えて、魔王と勇者は研究施設破壊の折、魔界に拉致されていた転生者イバラ・ツクハを救出しています。イバラ・ツクハは現在、我々ケーレス自治領が保護しております」


 キリアンは事前に知っていた。イバラ・ツクハは北部派閥の国から拉致され、北部派閥は彼女の返還を望んでいたことを。だからこそ、彼の言葉は王たちの表情を明るくする。


「イバラ・ツクハ? あの転生者を救出!?」

「オガレイラムといえば、魔界の一大研究施設じゃないか……」


 多くの王は安心し、恐怖心を和らげる。ところが、魔王への猜疑心は残ったままのようだ。


「お前らを信用しろと!? ルーアイやスイルレヴォンの件、あれはお前らの仕業だという噂は!?」


 人間界もまた魔王の攻撃の犠牲になっているのではないか。その思いが王たちの不安を駆り立てる。魔王ははっきりと答えた。


「ルーアイに関する噂は、真実まことだ」

「な! 何だと!?」

「やはりお前らを信用するなど――」


 嘘偽りない魔王の回答に、騒然とする会議場。ラミーは慌てて補足する。


「落ち着いてください落ち着いてください。ルーアイの件は、仕方がなかったんです。人間界が魔界に勝利するため、勇者はどうしても魔力を取り返したかったんですよ。それを共和国が邪魔した、というだけのお話です」


 ルーアイの襲撃は共和国のため、という苦しい言い訳。それでも、勇者を追放し、新たな勇者を召喚できず、魔界との戦争に苦戦する共和国相手ならば、通用する言い訳だ。戦争に興味のない北部派閥の王たちも、ラミーの説明に口をつぐむ。

 では、もうひとつの噂の真相はどうなのか。それを聞いたのは、先ほどから強い語気でしつこく魔王に質問する王である。


「スイルレヴォンについてはどうなんだ!?」

「……先ほどから気になるのですが、スイルレヴォンがどうかしたのですか?」


 困り顔をして首を傾げたラミー。


「スイルレヴォン産業の工場が破壊され、社長であった男が殺された。これもお前らの仕業なのだろう!」

「ううん……ごめんなさい、分からないです」


 嘘だ。スイルレヴォンの工場を破壊したのは魔王たちだ。しかし、魔王たちはそれを認めるほど正直者ではない。嘘偽りない話し合いなどあり得ない。


「ユースー殿、スイルレヴォン産業の工場は、事故だったとの証言も伝わってきている。魔王ルドラ殿の仕業だと決めつけるのは、早いと思うがね」

「しかし――」


 ヤカモトの言う、あれは事故だったとの証言をするのは、ウォレス・ファミリーに関係する商人ギルド。魔王の協力者に等しい者たちの証言だが、今の所はうまく共和国を騙せているらしい。


 ヤカモトはスイルレヴォンの件を事故と扱い、魔王との関係強化を図りたい様子。だが、ユースーと呼ばれた王は違った。彼はなおも、魔王に疑いの目を向けたのである。

 なんとしてでもユースーに信用されたい魔王は、微笑を浮かべながらユースーの背後に立った。そして、ユースーの肩に手の甲を置いて、掌に小さなアクアカッターを浮かばせる。


「我が信用できぬというのならば、まあ良い。我は魔王、はなから人間に信用されるとは思っていまい。だが、我もお主らに信用・・されるよう、努力はしよう」


 顔の真横にアクアカッターが浮かび上がった状態に、ユースーは青ざめる。ついに彼は魔王の努力・・に負け、口を閉ざした。

 会議場は静けさに包まれ、ヤカモトは穏やかな口調で質問する。


「他に話はあるのかね?」

「ないですないです! お話は終わりました!」


 北部派閥がこのまま何もせず、無策でいれば、いつしか魔王に怯え平和を享受できなくなる。それさえ伝えられれば、魔王たちは満足だ。ではどうするかを決めるのは、北部派閥である。


「私たちは数日、ここコヨトに泊まるつもりです。魔王がいるとなると、陛下方もご不安でしょう。宿泊地の場所は教えます」


 ラミーに続いて、キリアンはそう言いながら1枚の紙を会議場の机に置いた。魔王は会議場を出る直前、ヤカモトを睨みつけ、曲がった口のまま言う。


「最後に、ひとつだけ言っておく。我と魔界を同時に相手すれば、勇者なきお主らは勝てぬ。そしてその勇者は、我と共にいる」


 ヤカモトは話の通じる相手だと、魔王は判断している。おそらく勇者の存在が、ヤカモトの背中を押してくれるはず。伝えるべきことは全て伝えた魔王は、警備のいない宮殿を後にした。

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