第7章9話 転生者ツクハ
研究施設建物内に突入し、赤黒いレンガに囲まれた、陰鬱とした廊下を走る魔王たち。ヤクモとダートの土魔法により、後方の通路は土壁に閉ざされ追ってくる魔界軍兵士は少ないが、前方からの兵士の登場が途切れることはない。
曲がり角から飛び出す兵士はヤクモが斬り倒し、長い廊下の先から駆け寄る兵士はルファールが斬り裂き、階段の下から現れた兵士はダートが潰し、それでも生き残った兵士は魔王が排除、ラミーは案内を続ける。これがずっと続いているのだ。
「多い、多い、敵多い」
常に剣を振り続け、ガーゴイルやサラマンダーの血を撒き散らすヤクモ。さすがの魔王も、あまりの敵の多さに驚愕した。どうやらヴァダルは、本気で異界の技術の再現を狙い、拉致した転生者を是が非でも守るつもりのようである。
しばらく廊下を進むと、壁はレンガから石壁に変わり、窓ひとつない区画に到着した。ここがラミーの目指す、転生者がいるであろうルスプ研究所。
高威力攻撃魔法にも耐えられるよう設計されたルスプ研究所は、そこへつながる通路が1本のみ。おかげで兵士の数は激減した。しかし、研究所の入り口には、魔王の背丈の倍はあるであろう、筋肉に埋もれた巨大なオークが立ちはだかる。
「ここを通りたければ、この俺を――」
大きさや筋肉の量など関係ない。オークが棍棒を振り上げる前にルファールは跳躍、天井を蹴ってオークの背後に回り、オークの後頭部から背中までを斬り裂いてしまった。オークは何をすることもなく、うつぶせに倒れ息絶える。
「さすがルファさん」
一瞬での勝利を賞賛するラミー。彼女はオークの血に染められた扉を指差し、言った。
「ここがルスプ研究所ですね。ええと、扉を開けるには、どうすればいいんでしたっけ?」
「おいらに、任せて」
古代の魔物を封印するかのような研究所の扉も、ダートの前では薄い鉄の板に過ぎない。ダートは扉を殴りつけへこませると、そのへこんだ部分を掴み、扉そのものを持ち上げてしまった。
開けられ――外された扉の先には、少ない明かりに照らされた、様々な機械に埋め尽くされるルスプ研究所が広がる。研究所の端では、メガネをかける、白衣を着た幼い少女がうずくまっていた。彼女は魔王の姿を目にすると、小さな声で魔王に話しかける。
「な、何? 誰?」
「お前が転生者か?」
「う、うん」
「我こそが魔王、魔王ルドラである」
「魔王? いやぁぁぁあ! ゴーレム? いやぁぁぁあ!」
魔王という単語を聞くなり、金切り声をあげた転生者の少女。さらに彼女は、ダートの姿を見て、脳の血管が切れてしまうのではないかと心配になるほどの悲鳴をあげた。魔王は思わず耳を塞いでしまう。
「落ち着いてください落ち着いてください! 私はラミー・ストラーテ。あなたを助けに来たんです!」
「た、助けに来た?」
ラミーは転生者の少女のもとに駆け寄り、助けに来たことを優しく伝える。すると少女は、途端におとなしくなった。ラミーに続いてヤクモも自己紹介をする。
「私はタナクラ・ヤクモ。一応、勇者」
「タナクラさん? 勇者? もしかして、日本人!?」
「そう。同じ元の世界の住人だから、安心して」
日本人、しかも勇者の登場に、少女は胸をなでおろし冷静になった。先ほどまでの悲鳴が嘘のようだ。
冷静さを取り戻した少女は、少女とは思えぬ疲れ切った表情をする。そして彼女は、勢い良く立ち上がると、魔王たちに向かって頭を下げた。
「私は、イバラ・ツクハです。助けてくれるなら……お願いします! 私を、引きこもりに戻してください!」
逃げたい、ではなく、引きこもりに戻りたい。まさかの少女――ツクハのお願いに、ヤクモはつい聞き返してしまった。
「引きこもりって、あの引きこもり?」
「はい、あの引きこもりです。ご飯は扉の前に置いてくれれば十分です」
ツクハは本気のようだ。物に埋もれた研究室、引きこもりという言葉、疲れた表情。見た目は齢10歳程度のツクハだが、その中身は10歳などという少女ではないと感じ取った魔王は、ツクハが転生者であることを確信し、口を開く。
「ツクハよ、我がお主に望むのは、お主がお主の世界の技術、知識を広めぬことだ」
「むしろ喜んで。とにかく、早くここから逃げたいです」
魔王の言葉に食い気味のツクハ。転生者が幼い少女であったのは意外であったが、これで魔王たちは無事に転生者を救出、魔界から異界の技術の源を奪い取ることに成功した。
「転生者は回収しましたね」
「うむ。では帰るぞ」
「それじゃ、こっちでこっちです! 研究施設を守る魔力障壁を消して、屋上から逃げますよ!」
早速、魔王たちはツクハを連れて研究施設内を駆けた。相も変わらず敵兵士は湧いて出てくるのだが、皆廊下に放置される屍と化すだけ。魔王たちを止められる者はいない。
途中で研究施設の管理棟に立ち寄った魔王は、アクアカッターを使って制御盤を破壊する。これにより、外敵やオガレイラム火山のマグマ、噴火から研究施設を守る魔力障壁は消え去った。
魔力障壁が消え、マグマに直に晒され高熱に焦がされる研究施設。いよいよ敵兵士たちも観念し、施設からの脱出を開始した。魔王たちはただひたすらに階段を登り、苦労なく屋上へと到着する。
「ベン、迎えを」
《すぐ行く。待っておれ》
魔王がベンを呼び出してから数分後、研究施設屋上にスタリオンが到着した。スタリオンはエンジンを青く輝かせたまま、後部ハッチを開き魔王たちを招く。
「おお! これが飛行魔機!? 早く乗りたい!」
「ではさっさと乗れ」
人生はじめての飛行魔機を前にして、ツクハは見た目の年齢に似つかわしく興奮した様子。魔王はそんな彼女を機内に押し込み、魔王、ラミー、ヤクモ、ルファール、ダートの順でスタリオンに乗り込んだ。
全員の回収を確認したベンは、後部ハッチを閉め、スタリオンを宙に浮かせる。そしてすぐさま、スタリオンはエンジンノズルは強く輝かせて一気に加速、研究施設を背後にオガレイラム火山から離れていった。
「おおお! おおおお! これファンタジーっていうよりSF!」
加速によって小さな体を椅子に押し付けられたツクハは、窓の外を眺めながら大興奮。まるで子供のようなツクハに、ベンは孫を見るような目をして微笑むが、魔王は、彼女の中身が本当に大人であるのか疑問に思ってしまう。
ただし、SFなどという言葉を使っている時点でツクハが転生者なのは間違いない。魔王は最後の仕上げとして、マットに指示を下した。
「マット! 爆撃を!」
《こちらオーカサーバー、これよりオガレイラムを攻撃する! ヘッヘ! 派手にいこうぜ!》
ようやくの出番に、マットは待ってましたと言わんばかりだ。今のマットは、彼も彼で、ツクハと同じくらい子供っぽい。
魔王の指示の直後、オガレイラム火山上空、白みはじめた空に真っ黒な飛行魔機が現れる。マットの操縦するオーカサーバーだ。オーカサーバーの腹に備え付けられたハッチは開かれ、抱えられた爆弾が研究施設を狙う。
マットは白い歯をのぞかせたまま爆弾を投下。10個の2000ポンド爆弾は迷いなく研究施設に向かって落ちていき、全てが破裂した。爆風に研究施設のレンガは飛び散り、魔王たちが駆けた廊下は炎に包まれ、建物を支える柱は根元から折られる。
加えて爆弾は、火口へと続く岸壁と研究施設を繋ぎ止める支柱を破壊。支えを失った研究施設は、建物ごと岸壁を滑り落ち、マグマの中へと沈んでいく。
《ヘッヘッヘ! すっげえ威力だぜ! 気持ち良いなぁ! 跡形もねえぜ!》
「マットさんが、マッド……」
オーカサーバーに装備された無線から聞こえる、マットのはしゃいだ声。最新型の飛行魔機を使い、この世界唯一の爆撃を成し遂げたマットだ。はしゃいでしまうのも当然だが、ヤクモは引き気味であった。
一方で、マグマに沈む研究施設を眺めたツクハは、大きく息を吐く。
「これで、魔界は私の世界の技術を失った。私、ようやく解放されたんだ」
顔を綻ばせ、足を宙ぶらりんにしながら、背もたれに深くもたれかかったツクハ。彼女の言葉に、魔王はニタリと笑う。魔界は転生者を失い、異界の技術を失った。目的は達せられたのだ。ヴァダルは異界の技術の再現に失敗したのだ。
ラミーはツクハの隣に座って、笑顔のまま言った。
「ツクハさんツクハさん! シンシアさん――信頼できる人に相談して、ツクハさんの住処は確保しておきますね」
「は、はい……ありがとう……ございます」
「うん? どうしましたどうしました? 緊張感から解放されて、脱力しちゃいましたか?」
「ちょっとだけ」
見た目からすれば、お昼寝の時間。中身からすれば、疲労回復の時間。ツクハは目を瞑り、眠ってしまった。やはり見た目だけならば、お昼寝をする幼女のようにしか見えない。
東の空に太陽が現れ、スタリオン機内に陽の光が差し込む。転生者リョウタは排除、スイルレヴォンの工場は破壊、転生者ツクハは確保、オガレイラムの研究施設は溶かし尽くされた。異界の技術がこの世界で再現される可能性は、ほぼなくなった。
完全に目的を達成した魔王。異界の技術からこの世界は守られ、玉座へも一歩近づく。魔王に有利な状況は、確実に構築されているのだ。
「さてと、次は共和国北部派閥との盟約か」
魔王はまだ飽き足らなかった。魔王はさらに自らに有利な状況を作り出そうとしている。ヴァダルを殺し、魔界の玉座に再び座るためならば、彼は手段を問わない。
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