第7章8話 オガレイラム

 平面説世界における西方大陸西部から東方大陸北西部への移動は、西方大陸を超え、大洋を超えなければならない。スイルレヴォンの破壊された工場を出発したスタリオンがオガレイラムに到着したのは、日付を超え、日の出を間近に控えた頃であった。


 オガレイラム火山の山頂、火口から血脈のように這い出る多数の岩は、火口を囲む牙のように天を突き刺す。ベンの操縦するスタリオンは、そんな牙のうちのひとつ、岩陰に直陸した。魔王、ヤクモ、ラミー、ダート、ルファールは魔界の土を踏みしめる。

 着陸場所からは、火口へと続く岸壁にへばりつく、マグマによってオレンジ色に浮かび上がったオガレイラムの研究施設が眺めることができた。


「到着です到着です。オガレイラム、久しぶりに来ました」


 魔力障壁に包まれた、赤黒い煉瓦造りの巨大な建物を見て、マグマの発する光と熱に当てられながらも、ラミーは昔を懐かしんだ。ヤクモは汗を拭いながら、ラミーの過去について質問する。


「ラミー、こんなヤバそうなところに思い出があるの?」

「当然です。一時期あそこで、魔王様のための新兵器開発を指揮しましたから」

「何作ってたの?」


 相変わらずのヤクモの質問攻め。だがラミーは、嫌な顔ひとつせず、むしろ楽しそうに、鼻を高くして答えた。


「カタパルト、つまり投石機です! なるべく重い石を、なるべく高威力で、なるべく遠くまで、というのを目標に頑張ってました! 結果は、まあまあですかね」


 従来よりも1・3倍の重さの石を、従来の1・07倍の距離まで飛ばした新型投石機。革新的というような代物ではなく、ラミーは満足していなかったが、完成時に魔王に褒められたため、投石機開発はラミーの良い思い出となっている。

 そんな話を笑顔でするラミーを見て、ヤクモは研究施設を一見し、ぽつりと言った。


「ふ~ん、そんな研究施設をぶっ壊しちゃうんだ」


 破壊の前に湧き出た疑念。ヤクモの言葉を聞いていた魔王は、ヤクモの背中に向かって口を開く。


「なんだ? 魔王である我が、魔界軍の武器兵器を研究開発するオガレイラムを破壊しても大丈夫なのか、とでも聞きたいのか?」

「うん。なんか頭ん中覗かれたみたいで嫌だけど、そう」


 またか、と魔王は思った。魔王が魔界に攻撃を仕掛ける際、ヤクモは毎回こうした疑念を浮かべる。仕方なく、魔王は口を酸っぱくして説明した。


「オガレイラムにあるのは、ただの研究開発のための施設だ。今はヴァダルの進める企画のみを研究開発し、製造工場ではないオガレイラムを、破壊する以外の選択肢はなかろう。何より、転生者の技術は潰すべきだ。そもそも人間の貴様がスイルレヴォンの破壊――」

「はいはい分かった分かった」


 そして、ヤクモのこの反応。自分で質問しておきながら、面倒になると聞く耳を持たなくなる。魔王は思わず、目の下をピクリとさせてしまう。

 いくらヤクモに説明しても時間の無駄と感じた魔王。彼はヤクモの相手をするのを止め、指示を下すことに専念した。魔王たちはオガレイラムの研究施設に軟禁される転生者を奪取し、研究施設と異界の技術を破壊するため、ここに来たのである。


「ベン、お前は上空で待機。我の合図を待て」

「いつも通りじゃな」


 魔王の指示を聞いて、ベンは酒瓶を口に押し込み、操縦席に戻っていく。


「ヤクモ、ダート、ルファールは我についてこい。そしてラミー、今回はお前が、我の案内をするのだ」

「私が案内ですか!? やったやった! これで魔王様のお役に立てます!」


 研究施設で新兵器開発の指揮をしていたラミーは、施設内部をよく知っている。だからこその魔王の指示。戦場でも魔王の側にいられることに、ラミーは跳ね上がりながら喜んだ。彼女にとって、魔王の役に立つということは、生きる意味にも等しいのだ。

 体全体を使って喜びを表現するラミーを横目に、魔王は言葉を魔力に乗せ、夜空を飛ぶマットにも指示を下した。


「マット、我らが転生者を確保し、スタリオンで脱出後は、任せた」

《よっしゃ! 任せとけって! 大暴れしてやるぜ!》


 ご機嫌な様子のマット。彼は現在、スイルレヴォンから奪った、大量の爆弾を抱えるオーカサーバーを操縦し、夜空に待機している最中なのだ。彼とオーカサーバーこそ、研究施設破壊の要である。


 新型の飛行魔機と異界の技術に心奪われ、男のロマンに支配されたマットは、オーカサーバーの破壊を嫌がった。彼は、どうしてもオーカサーバーを操縦したい、爆弾で研究施設を破壊したい、と言いだしたのだ。

 本来は異界の技術を使いたくなかった魔王。しかしマットの「爆弾なんて使っちまえばなくなる消耗品じゃねえか」という説得に負け、魔王は、オーカサーバーの爆撃によって研究施設を破壊することを許可したのである。


「では、行くぞ」


 すべての指示を下し終えた魔王は、研究施設へと続く道なき道を進みはじめた。ヤクモ、ラミー、ダート、ルファールも、彼の後を追う。


 魔王たちは一歩一歩を慎重に、研究施設へ向かう。足を滑らせ、マグマ煮えたぎる火口へと続く岸壁から落ちれば、死あるのみだ。なぜこのような場所に、研究施設があるのか。

 その昔、オガレイラム火山を利用して作られた鉄の武器が、勇者を殺したことがあった。これにあやかり、オガレイラムに武器兵器工場が作られる。現在でも験担ぎは続き、工場は研究施設に姿を変え、今に至るのだ。


 一歩間違えればマグマに落ち、死体も残らぬ山道。熱気と緊張に汗を流しながら、ラミーは言った。


「愚かで愚かです。ヴァダルさんは魔王様の足元にも及びません。なぜ魔王様が転生者の知りうる技術を研究開発しなかったのか、それが分からないなんて」


 魔王とヴァダルの器量を比較し、ヴァダルを酷評したラミー。対してヤクモは、ふと思ったことを口にする。


「でもさ、戦争に勝つためになりふり構わず、転生者を拉致してまでオーバーテクノロジーを手に入れようとする方が、魔王っぽい気がするけど」

「ヤクモさん! その言葉、撤回してください! ヴァダルは魔界のことなんか考えてないから、そういうことができるんです! 魔王様は魔界のことを考えているんです! だから魔王様こそが魔王様にふさわしいんです!」

「そ、そう……なんか、ごめん」


 決してヴァダルの肩を持つつもりはなかったヤクモだが、ラミーにはそう聞こえたらしい。凄まじい剣幕でヤクモに反論するラミーに、ヤクモは圧倒され、謝罪した。その間、魔王は無反応を貫く。

 

 山道を越えると、魔王たちはようやく研究施設入り口に辿り着く。だが、入り口は魔界軍の警備――大勢のオーク族やガーゴイル族に固められ、潜入の余地はない。


「今回はどうやって中に入るの?」

「正面突破だ」


 今回はスイルレヴォンと違い、潜入の必要はない。ヴァダルをこれ以上敵に回したところで、一切の問題も生じない。ヤクモとダート、ルファールが揃えば、警備も敵ではない。正面突破こそが、研究施設へ入るための最良の手段だ。


「やれ!」


 マントをひるがえし、右手を突き出し、合図した魔王。ヤクモとルファールは剣を手に取り、ダートを加えた3人が、魔界軍に向かって突撃する。

 

 最初に魔界軍に襲いかかったのはルファールである。彼女はブリーズサポートに強化された体で、警備のオークを間断なく斬りつけた。巨大なオークの鈍重な動きはルファールに追いつけず、3匹のオークは一瞬で緑の血を撒き散らす。

 続いてヤクモが、ガーゴイル族に向けて剣を振り下ろした。ガーゴイルの硬い体も、ヤクモの剣の前では藁のよう。ヤクモの振る剣によって、ガーゴイルの死体は次々と増えていく。


「敵襲だ! 敵襲!」

「反撃し――うわあ!」

「さっさと増援を寄越せ! 増援を――」


 研究施設入り口にいた魔界軍は、あっという間に全滅寸前。ヤクモとルファール相手にどうにもならない彼らは、ダートの進撃を止めることなど不可能。ダートは研究施設入り口のゲートに殴りかかり、ゲートに大きな穴を開けた。

 歪に曲がったゲートの穴を越えて、ヤクモとルファール、ダートが施設内に侵入する。魔王とラミーは、這々の体で残された魔界軍の兵士たちに引導を渡しながら、悠々と施設内に足を踏み入れた。


 施設内で待ち構える兵士たち。彼らをヤクモが斬り裂き、ルファールが首を落とし、ダートが踏み潰す。それでも、兵士たちの数は一向に減らない。


「斬っても斬っても湧いて出てくんだけど」

「でも、戦う、しか、ない」


 敵を斬りながら愚痴を言うヤクモ。施設内部からは、巣を襲われた蟻のように、続々と兵士が登場し、魔王たちの前に立ちふさがる。ダートの言う通り、今は戦うしかないのだが、さすがに戦いの方法は変えるべきだと魔王は思った。


「これでは埒が明かない。ラミー、案内を!」


 先に進まなければ、大量の兵士に囲まれ状況は悪化する一方だ。それを回避するためにも、転生者がいる場所まで駆けてしまった方が良い。


「お任せをお任せを! 転生者を軟禁するなら、ルスプ研究所ですかね。こっちです!」


 魔王の指示にラミーの反応は早い。彼女は転生者がいるであろう場所、そこまでの最適な道順を頭に思い浮かべ、研究施設のとある扉に指を差した。

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