第7章3話 スイルレヴォンの実情

 魔鉱石の光に照らされるスイルレヴォンの街。それでも狭い路地までは、光は届かない。路地では画一化された四角い建物に視界のほとんどを支配され、同じ景色が永遠と続く。時折建物の隙間から見える工場の煙突と光だけが、自分の居場所を教えてくれるのだ。

 魔王とヤクモは、青年に連れられ、そんな路地を歩き続ける。どうやら青年はおしゃべり好きらしい。彼は常に口を動かし、魔王とヤクモの鼓膜は震わせていた。


「この街で偉そうにしてる奴が、壁の外に出てくるなんてあり得ないッス。あんたら、この街の人間じゃないッスね。どこの誰ッスか?」


 魔王とヤクモの正体を知ろうと、2人に質問した青年。魔王はすぐに答えようとせず、むしろ青年の正体を知ろうと、冷たく言葉を返した。


「まずは自分から名乗れ」


 重厚なオーラとマント、底知れぬ闇が広がる紫の瞳で青年を睨んだ魔王。青年は背中に冷や汗が伝うのを感じながら、それでも胸を張って答える。


「ぼ、僕の名前はパンプキン・フッカー。この街を根城に、ふんぞり返ったお偉いから金を盗む義賊ッス!」


 つまりはコソ泥だ。理由はどうあれ、義賊であろうがなんであろうが、パンプキンと名乗った青年はコソ泥でしかない。魔王もまさか、この程度のコソ泥に頼ることになろうとは思いもしなかった。

 自己紹介を終えたパンプキンは、今度こそ魔王とヤクモの正体を知ろうと、2人の顔を見つめ、再び質問する。


「で、あんた方は?」

「我こそが魔王、魔王ルドラである」

「え? 魔王ルドラ? どいうことッスか?」

「そういうヤツなの。気にしたら負け。私はタナクラ・ヤクモね」

「よく分かんないッスけど、よろしくッス」


 何ひとつ偽ることなく、いつも通り、正直に名乗った魔王。当然だが、パンプキンは魔王が魔王であると信じることはできない。ただでさえ死んだとされる魔王が、スイルレヴォンの路地で串焼きを食っていたなど、信じる者はいない。

 ただ、パンプキンはヤクモの言葉に従い、よく分からないまま魔王とヤクモの自己紹介を受け入れた。あまり頭を動かしているようには見えぬパンプキンは、もしかするとヤクモと気が合うのでは、などと魔王は思う。


 自己紹介を終えると、今度は魔王からパンプキンに質問した。パンプキンはコソ泥だ。彼を信用しきれない魔王は、パンプキンの人となりを知っておきたかったのである。


「パンプキン、お主の故郷はこの街か?」

「違うッス。故郷は西方大陸北部のエルリッセネっつうド田舎ッス。あぁ、母ちゃん元気かなぁ、また母ちゃんの手料理食いたいべなぁ、頭さ撫でてもらいたいべなぁ」


 無意識に言葉が訛り、故郷を思い浮かべるパンプキンの表情は、母親に甘える赤ん坊のよう。端から見ても、彼の母親に対する愛情が深いのは一目瞭然だ。ヤクモにいたっては、少し引いてしまっている。

 少なくとも、邪気はなさそうな田舎っ子。魔王はパンプキンをそう判断し、質問を重ねる。


「何故お主は、この街に?」


 エルリッセネという町がどこにあるのかは知らぬが、スイルレヴォンに引っ越すからには理由があるはず。魔王のそんな質問に、パンプキンは明るく笑って答えた。


「13年前、僕が5歳の時に両親に連れられてここに来たんッス。真面目に働きゃ結構稼げて、自由な生活ができたらしくて、金持ちっつう夢を目指して父ちゃんも母ちゃんも張り切ってたッスね。今は昔の話ッスけど」

「昔? 今は違うの?」

「そりゃそうッスよ。スリしてるほうが稼げるんッスから」


 故郷の話、過去の話をしていた時のパンプキンの笑みは、無邪気であった。ところが最近の話になると、彼の笑みは苦味を感じさせるようになる。


「いやね、4年前、スイルレヴォン産業の先代社長、この国の最高指導者なんスけど、急に死んじゃって、息子で当時まだ15歳のルーシャスが後を継いだんッス」


 後を継いだ息子ルーシャス、というのが今の転生者だ。ただし、この頃はまだ、ルーシャス・シーラの中身は転生者ではない。


「で、そのルーシャス、3年ぐらい前に人が変わったように、『みんな平等』『競争社会はクソ』『絆を大事に』とか言って、階級制度撤廃、給料全員一律、生活に必要なものは配給にしやがったんッス」


 そう吐き捨てたパンプキン。吐き捨てるのも当然だ。パンプキンは今、スリを働くようになった要因を話をしているのだから。3年前、人が変わった――ルーシャスに転生者が乗り移った瞬間から、スイルレヴォンはつまらない街になったのである。


「働けど働けど給料は上がんないッスから稼げないし、働かなくても生活はできるから、一生懸命働いても意味なし。でも父ちゃんは真面目に働いて、体壊して、母ちゃんと一緒に帰郷しちまったッス」


 徐々にパンプキンの表情からは笑みが消え、彼はついに怒りをあらわにした。


「両親に仕送りするため僕はここに残ったけど、やってらんなかったッス。そりゃたしかに、みんな絆の輪の中で安定した生活が送れてるッスよ。でもみんな貧乏になって、夢を語るヤツはいなくなったッス。つまらない世の中ッス」


 労働者が何をしようと、区別すらなく全員が平等に扱われ、貧しくも安定した生活を送る。ある意味では理想の生活だが、希望や夢といったものは、街から失われたのだ。パンプキンは父親の件もあって、その説明には恨みすら含まれていた。

 スイルレヴォンの人々、街並みから感じる個性の否定が事実であるのを、パンプキンの話を聞いた魔王は確信する。ヤクモは疑問を口にした。


「みんな仲良く平等。それで安定した生活が送れる人がいるんなら、別に良いじゃん。夢なら勝手に語れば良いんだし」

「分かってないッスね。いいッスか? この街に住む限り、僕たちは絆の輪に縛られるんッス。少しでも絆の輪から外れるような、平等を乱すようなことすれば、みんなから袋叩きッス。夢を語るようなヤツは、存在することも許されないんッスよ」


 生活の安定と引き換えに、夢は集合体を乱し平等を破壊するものとされ否定されてしまう。夢なき国の先に待つのは、衰退のみ。その程度のことにも転生者は気づかないのかと、魔王は呆れる。


「この街はもうすぐ終わるッス。破綻間違いなしッス。だけど引っ越そうにも、そんな金ない。だったら、真面目に働いて体壊すより、横領した金で贅沢三昧するお偉いからスリした方が稼げるッス!」


 決して悪人には見えないパンプキンが、コソ泥という小悪党の道を選んだ理由は、単に金の問題であったのだ。真面目に働いたところで、バカを見る。パンプキンが父親を見て学んでしまったことだ。


「あ、2人がさっき食べてた串焼き、あれ見つかったら大変ッスよ。あの店の店主、儲けた金を独り占めするのは不平等って理由で、指名手配されてるッスから」

「え!? 自分で稼いだ金でしょ? 独り占めも何もなくない?」

「そういう街なんッス、ここは。でもあの店、指名手配されても夢を貫いて、ウマイ串焼きで繁盛してるんッスよね~、僕も料理の腕と食材調達のツテがあればな~」


 一応、パンプキンにも良心はある。盗んだ金を父母に仕送りするのも、気がひけるのだろう。スイルレヴォン産業に対する不満や恨みも、それに彼が支配されているわけではない。パンプキンは純朴な男だと、魔王は思った。


 ごく当たり前のことが違反となってしまうこの街。平等のための理不尽さに、ヤクモは建物の隙間からのぞく工場に非難の目を向ける。魔王は街を眺め、呟いた。


「平等の前では金を稼ぐ自由すら許されぬのか。民衆の欲望が、安定した生活だけでは満たされなくなれば、自由なきこの街は、この国は、終わる」


 転生者は決して悪人ではない。転生者は心の底から、民衆の幸福を祈る善人だ。だからこそ、安定した生活と完全な平等を民衆に与えた。しかし、彼は人間が完全に平等ではなく、安定した生活だけでは満足できぬ生物であるのを知らない。

 魔王学の一節『恐怖と幸福を民衆の心に同居させよ。さすれば民衆は指導者に従い、国は存続する』という教えに従う魔王からすれば、魔族と人間の違いはあれど、民衆に、恐怖も、十分な幸福も与えぬ転生者の行いは、まさしく愚か者に他ならないのである。

 

 魔王の呟きを聞いたヤクモは、魔王が自由を与えぬ転生者を糾弾したのを、不思議に思った。


「魔界はどうなの? 自由なんかなさそうだけど」

「我と魔界への忠誠心さえ示せば、誰しもが自由だ」

「それ、自由?」


 忠誠心を強要されて得られた自由は、果たして自由なのか、とヤクモは言いたかったのだが、魔王はなぜ、ヤクモが不思議に思うのか理解ができない。自由を得るには何かを犠牲にするのが当然ではないかと、魔王は思うのである。

 魔王とヤクモが会話する間、パンプキンは足を止めた。そして彼は、地面の蓋を持ち上げ、暗く狭い地下トンネルを指差す。


「ここッス。ここから工場内部に入れるッス」


 工場内部へと続く地下トンネル。パンプキンはそそくさと地下トンネルに入り、魔王とヤクモも彼を追って、地下トンネルへと足を踏み入れた。次に地上へ出る時は、すでに工場内部である。

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