第7章2話 スイルレヴォンの街

 スイルレヴォンの約4割を占める、スイルレヴォン産業の広大な工場。その工場のすぐ側、ウォレス・ファミリーと関係の深い商人ギルドが所有する土地にスタリオンは着陸、魔王とヤクモは地上に降り立った。

 ラミー、ダート、ルファールは、マットとベンの操縦するスタリオンに残り、再び夜空へと飛び立っていく。魔王とヤクモは街に出て、工場の周辺を探った。


 夜の街に反り立つ、闇に沈んだ、工場を囲む垂直の石の壁は、見上げるだけでも一苦労だ。まさしく、工場に侵入しようとする者を阻む障壁。工場への入り口も、数多くの私兵に監視され、強い光を放つ照明が工場に入ろうとする者を照らし出す。


「入り口の警備は厳重、工場の壁は高い、か」


 予想していたよりも厳しい監視体制に、魔王の表情は強張った。工場に潜入することは容易ではない。そう感じたのはヤクモも同じようで、彼女は困り顔を魔王に向ける。


「どうやって入る?」

「さあな。偵察を続け、探るしかない」


 せめて工場の内部を知る者が見つけられれば、スタリオンに戻り、空から工場内に入り込んでしまうことも可能。今はとにかく、偵察を続けるしかない。

 しかし、偵察するにもまずは何をするべきか。とりあえず魔王たちは、街を歩き回ることにした。


 魔鉱石を使った青白い光に浮かぶスイルレヴォンの街並み。並び立つ建物は、すべて画一化された、3階建の四角い建物ばかり。まるで箱を並べただけという印象だ。装飾や看板は一切なく、道には不自然なまでに、ゴミが見当たらない。

 店が少ないためか、道を歩く人々はまばらだ。人々の服装は、上下ともに簡素なもので、皆ほとんど同じ。行儀の良さそうな者たちばかりである。


「上から見たときは、まあまあ綺麗だったけど、つまんない街だね」


 しばらく街を歩いたヤクモの感想。こちらの世界ではあまり見ることのない夜景が、空からは堪能できた。ところが、街は明るくとも、建物にも人にも個性が感じられない。

 一方で魔王は、ヤクモと同じ感想を抱きながらも、何が街を凡庸にしているのかを推察し、工場を眺めながら、呆れた口調で言った。


「街の至る所、あらゆる人々から個性は排され、何もかもが集合体の一部として扱われている。ここの指導者——転生者は個人を否定し、人の心が見えていない可能性がある」

「あんたがそれ言う?」


 個人個人の能力や性格は違う、というのが分からず、民衆を無理やり横並びにするような人物。それが、スイルレヴォンの街を見た上での、転生者に対する魔王の評価である。

 ただそれを聞いて、ヤクモはニタニタと笑いながら魔王に疑問を呈した。魔王は少し気分を害されながらも、反論する。


「我は魔王ぞ。魔界を統治すべし我が、指導者の人物像を見抜けずしてどうする」

「いや、まぁそうだけど、魔王って人の心なんか見る職業だっけ?」

「貴様は何を言っている? 魔界の王と書いて魔王だぞ。王が己の領地に住まう者どもの心を知らずして、何ができるというのだ?」

「……あんたって意外と真面目だよね」


 感心しているのか茶化しているのか分からぬヤクモ。これ以上何を言っても無駄だと悟った魔王は、口を閉ざした。ヤクモは気にせず、街を見渡し、再び感想を口にする。


「にしても、ケーレスよりも治安は良いし、生活も悪くはなさそうなのに、肥溜めみたいなケーレスの方が楽しそう。なんか不思議」


 街を歩くだけでも命の危機がある、まともな生活のしようがないケーレス。スイルレヴォンと比べれば、ケーレスは最悪の極致である。しかし、ケーレスの住民はよく笑う。スイルレヴォンの住民は、どこか笑みが引きつっている。まさに人の心の差だ。


 街への感想を述べながらも、魔王とヤクモは本来の任務、偵察を続けた。2人は大通りから路地に入り、情報屋になりそうな人間を探す。


「ねえ、お腹空いたんだけど」

「はあ?」


 路地を歩いている最中、突如として空腹を宣言したヤクモ。これには魔王も、口をあんぐりさせたまま。


「あそこの串焼き料理、美味しそうだから買ってくる」

「貴様何を――」


 魔王の制止など、ヤクモの空腹の前では意味をなさない。彼女は路地の屋台に一直線だ。


「いらっしゃいませ」

「これとこれ、それに……これ2つね」

「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」


 スイルレヴォンの人間の中では珍しく、純粋な笑みを浮かべた屋台の店員。ヤクモはそんな店員から4つの串焼きを購入し、魔王のもとまで戻ってくる。


「アツッ! でもおいしい」


 うまそうに串焼きを頬張るヤクモ。魔王は何かを言う気にもならなかったのだが、ヤクモは魔王に串焼きを差し出す。


「はい」

「その串焼きがどうしたのだ?」

「あんたの分」

「貴様、我らが今、何をしているのか、分かっているのか?」


 ため息まじりの魔王。呆れるとはまさにこのことだ。


「あっそ、いらないんだ。じゃあ食べちゃおう」

「いや……もらおう」


 呆れながらも、串焼きから漂う、熱々のタレの匂いには魔王も勝てない。なんやかんやと、魔王はヤクモから串焼きを受け取り、口にすると、その美味さに呆れた心は吹き飛んでしまった。串焼き片手に、黒いマントをはためかせる魔王は、なんとも珍妙だ。

 

 串焼き片手に路地を歩く魔王とヤクモ。とても魔王と勇者には見えぬ2人は、なかなか情報屋らしき人物を見つけ出すことができず、ヤクモは適当なことを言い出した。


「もうさ、正面突破じゃダメなの?」

「工場の破壊は、我らの仕業ではないと思われなければ困る、と説明したはずだ」


 何のために偵察をしているのか。魔界と人間界どちらにも攻撃を加えた現状、魔王は魔界と人間界双方と敵対してしまっている。これ以上、人間界との敵対は避けたい。だからこそ、工場の破壊が魔王の仕業であると知られるわけにはいかないのだ。


 ヤクモの正面突破という提案を一蹴し、偵察を続ける魔王とヤクモ。しばらく街を歩き、串焼きも食べ終えた頃、金髪の青年とのすれ違いざま、魔王と青年の肩がぶつかった。


「すまんな」


 簡単な謝罪をする魔王。だが、彼は見逃さなかった。肩がぶつかった瞬間、青年が魔王のポケットに手を忍ばせていたのを。

 青年をこのまま逃しはしない。魔王は右手を青年の背中に突き出し、風魔法を発動。突風によって青年を壁に押さえつけた。


「うわっと!」


 壁に押さえつけられもがく青年。魔王は青年の側に立ち、そして、路地によく響く低い声で、青年に言う。


「肩がぶつかったことは許すが、財布を盗ったことは許さぬぞ」

「え!? なななな、何言ってんスか! 僕が盗み? 勘弁してくださいよ~」

「そうか、シラを切るか」

「シラを切るって、さ、ささささ、財布なんか、ぬぬ、盗んでないッス!」


 明らかにしどろもどろな青年。震えた声は動揺を隠すこともなく、これでは盗みを働いたのを認めたも同じだ。青年を哀れに思ったヤクモは、彼に忠告する。


「さっさと謝ったほうが良いよ」

「だから僕は――」


 なおもシラを切ろうとする青年。ならばと魔王は、風魔法で小さな竜巻を作り、青年を放り込んだ。竜巻の中、青年の持ち物は風に飛ばされ、辺りに散らばる。散らばったのは大量の財布であり、そこには魔王の財布も混じっていた。


「では、これはなんだ?」

「あっ!」


 もはや言い逃れできないと、青年も観念したようだ。竜巻から解放された彼は、大声で叫ぶ。


「すいませんっしたぁ! 盗みましたぁ! ごめなさいッス!」


 必死に謝罪する青年。ただ、魔王は財布が帰ってきた時点で青年に興味はなくなったので、謝罪の言葉を聞きもしない。串をくわえたヤクモもまた、興味は散らばる財布の方にあった。


「これ何人分?」

「17人分の財布ッス!」

「これもう、スリのプロってレベルね」


 地面に散らばる17人分の財布を見て、ヤクモは苦笑い。魔王は自分の財布を拾い上げるが、その過程で、ある財布が目に留まる。


「ほお、面白いものを見つけたぞ」

「どうかしたの?」

「スイルレヴォンの工場内勤務者の財布だ」

「うわ、高そうな財布」

「名刺を見る限り、それなりの役職につく者のようだ」


 もしや、と魔王は思う。もしそうであるなら、これは絶好のチャンスだ。魔王は青年の顔をじっと見て、口を開く。


「ひとつ質問がある」

「な、なんスか?」

「この財布、どこで盗んできたのだ?」

「こ、工場の中ッスよ。この街の金持ちは、みんな工場から出てこないッスから」


 魔王の質問に素直に答えた青年。彼の答えに魔王は喜び、ヤクモは目を丸くして青年に詰め寄る。


「工場の中!? どうやって入るの!?」

「じ、実はちょっとした抜け道が……あんたら何なんスか? 同業者?」


 状況が分からず困惑した青年は、今にも泣き出しそうだ。魔王は構わず、青年を見下ろし指示を下すかのように言った。


「その抜け道とやら、案内してもらおう」

「いや……でも……」

「では、お前を工場の警備員に差し出そう」

「こっちッス! ついてきてくださいッス!」


 まさか魔王の財布を盗もうとした青年が、工場への潜入を可能にする人物であったなど、魔王とヤクモは予想だにしていなかった。意外な場所でチャンスを手にした2人は、青年に連れられ、さらに路地を進んでいく。

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