第7章 転生者たち

第7章1話 工業都市

 西方大陸のさらに西、パリミル王国西海岸の先にあるエイジエ島。魔王とヤクモ、ラミー、ダート、ルファールを乗せた、マットとベンの操縦するスタリオンは、エイジエ島の夜の空を飛んでいた。


「見えてきました見えてきました! あれがスイルレヴォンです!」


 窓の外、薄い雲の切れ目に浮かび上がる無数の眩い光を見て、ラミーが声を張り上げ報告する。彼女の報告にヤクモも外を眺め、魔王はおもむろに口を開いた。


「共和国から独立した、工業国家スイルレヴォン。人間界の文明の最先端。かような地に、まさか転生者がいたとはな」


 スイルレヴォン。共和国に参加することなく独立した5つの国家、そのうちのひとつ。エイジエ島全体がスイルレヴォン産業に支配され、西方大陸の製造拠点として発展し、様々な製品、武器、兵器を作り出す、まさに文明の利器の母なる大地。

 そのスイルレヴォン産業の社長、スイルレヴォンの最高指導者ルーシャス・シーラが転生者であるという情報を魔王たちが掴んだのは、ロダットネヴァ渓谷の戦いから8日後、2日前のこと。


「おそらくスイルレヴォンでは、ヤクモさんがいた世界の技術を使った武器兵器が作られていると思います。完成する前に、なんとか破壊しないとですね」


 いくつもの煙突が天高くそびえる巨大な工場と、工場を囲む街並みを眺めるラミーの、深刻そうな口調による言葉。彼女の言葉こそが、魔王たちが今ここにいる理由なのである。


 転生者についての情報源は、ウォレス・ファミリーと関係がある商人ギルドだ。商人ギルドはスイルレヴォンの工場で作られる正体不明の・・・・・武器や兵器の噂を掴み、ウォレス・ファミリーに報告、魔王たちは転生者の居場所を知ったのである。

 さらに前日、1年ほど前に別の転生者が魔界に拉致され、魔界北西部にあるオガレイラムの研究施設に軟禁されているという情報が魔王の耳に入り込んだ。魔界と人間界の双方で、転生者が世界を変貌させようとしている。

 これを止めるため、魔王たちは今、ここにいるのだ。スイルレヴォンの工場、オガレイラムの研究施設を破壊し、ヤクモの元いた世界――異界の先端技術による侵略を食い止めるために。


「ねえ、気になることが2つあるんだけど、聞いて良い?」


 外を眺めるのに飽きたヤクモは、ぼうっとするダート、壁に寄り掛かるルファールを横目に、魔王の前に仁王立ちして、そう言った。魔王はヤクモに目を合わせることもなく、窓の外に視線を向けたまま。


「勝手にしろ」

「じゃあ勝手に聞く。まずさ、転生者って結構いるんでしょ? ならとっくに、私のいた世界の技術が伝えられててもおかしくないと思うんだけど」


 この世界で1年半以上を過ごしながら、元の世界の技術を目にすることのなかったヤクモの、素朴な疑問。魔王は腕を組み、席にどっしりと座ったまま、子供に授業でもするかのように答える。


「父の時代の勇者や転生者は『ショウワ』の人間、祖父の時代は『エド』の人間、曽祖父の時代は『センゴク』の人間であったそうだ。65代勇者以降からは『ヘイセイ』の人間が勇者、転生者に選ばれている」

「え? 昔の勇者とか転生者って、時代違う人なの!?」

「そうだ」


 元の世界特有の単語が魔王の口から飛び出したことに、ヤクモは驚きを隠せない。ただし、多くの勇者の記憶を盗み見た魔王が、ショウワやヘイセイという言葉の意味を知るのは当然。魔王はヤクモの驚いた表情など意に介さず、説明を続ける。


「エド以前の人間が転生者であった頃は、貴様の世界の技術が我らの世界にもたらされることも少なくはなかった。だが火薬を作るのもままならぬ我らの世界に、メイジやショウワの技術は再現できぬ」


 火薬の研究は、魔界でも人間界でも過去に行われた記録がある。だが、完成したものは粗悪なものばかり。この世界とヤクモの世界の技術差は、天と地に等しいものがあるのだ。


「そもそも、勇者や転生者に選ばれる人間が豊富な知識を持っているとも限らん。仮に知識があろうと、世に出てこない者も多い。異界の技術を我らの世界で再現するのは、そう簡単な話ではなかったのだ」


 これが、この世界にヤクモの世界の技術が広まらぬ理由。いくら転生者といえども、彼らは一介の人間にすぎない。世界を変えることは容易ではない。

 魔王が一通りの説明は終えると、ヤクモは納得した様子。ただし、すぐに首をかしげ、質問を重ねた。


「へ~。でもさ、じゃあ別に、転生者の技術を葬り去る必要なくない? もう帰っても良くない? というか、これ2つ目の気になることなんだけど、元の世界の技術を利用しようとか思わないの?」


 やはり素朴な質問。戦いに勝つため、最先端の技術を手に入れようとするのは、誰しもが考えること。魔王はそれをしようとしない。なぜなのか。魔王は質問の連続に少しだけ疲れながらも、よどみなく答える。


「転生者は稀に、元いた世界の道具を持ち込むことがあると聞く。ヘイセイという時代は、特に21世紀以降は、情報社会とやらであるそうだな。もしコンピューターという異界の道具がこの世界に入り込んでいたとすれば、それは問題だ」


 ラミネイで殺した30人の勇者の記憶には、必ずコンピューターが登場し、その便利さに魔王は驚愕していた。コンピューターの力はあまりに大きすぎる。


「コンピューターが持ち込まれておらずとも、元の世界でコンピューターを使い、豊富な知識を持つ人間が転生者に選ばれる可能性は高い。必ずしも異界の技術を我らの世界で再現できぬ、とは言い切れんようになった」


 コンピューターの登場は、明らかにヤクモの世界の歴史を変えている。つまり、この世界の歴史も変わりかねない。


「もし、我らの世界で銃や爆弾、挙句に核兵器が作られるようになればどうなるか。技術は進歩しても、魔族や人間は進歩していないのだ。未開人が扱えぬ技術を手にすれば、その先にあるのは破滅のみ。ゆえに、我は転生者の伝える技術を根絶やしにする」


 ヤクモが元いた世界ですら、コンピューターなどの道具、そして武器や兵器を扱いきれぬ者は多い。ならば、こちらの世界の住人がそれらを扱えるとは到底思えない。異界の技術は便利すぎるのだ。魔王にとっては、それは脅威でしかない。

 多くのことを考え、異界の技術は、その普及を阻止し、根絶やしにするべきと判断した魔王。対照的なのが、魔王の説明を聞いたヤクモの反応だ。


「なんか、いろいろ面倒なんだね」


 淡白な感想である。あれだけの説明をして、面倒という言葉で片付けられるとは、さすがの魔王も力が抜けてしまった。ただ同時に、ヤクモが元いた世界の技術を広める可能性が皆無だと思えたのは、救いかもしれない。


 ヤクモの質問は終わり、魔王はさらに深く席に座る。すると今度は、目をパッチリとさせたラミーが、魔王の説明に付け足すように口を開いた。


「ついでについでに、文化面ではいろいろなものが伝わっていますよ。例えばお祭りとか、絵の書き方とか。たまに、誰も受け入れられず、廃れちゃったものもあるんですがね」

「誰も受け入れられなかった文化って、すごい気になるんだけど」


 転生者の考え出した、あるいは知っていた文化が、こちらの世界で大受けし、流行し、物議を醸したことは少なくない。多くの人々をドン引きさせたこともあるぐらいだ。

 西方大陸ではハロウィンやクリスマス、バレンタインデーといった行事も広く知られている。ただし、転生者の趣味が色濃く表れ、実際のものとはかけ離れている場合がほとんどなのだが。


「おい、もう到着するぜ。準備はできてるか?」


 ヤクモとラミーの会話が終わったのに合わせてか、操縦室からそんなマットの言葉が聞こえてくる。魔王は立ち上がり、マントをひるがえし、指示を下した。


「マットとベンは、我の合図があれば、ダートたちを連れスタリオンで我のもとへ来い」

「あいよ、魔王様」

「任せい」


 いつも通り、頼もしさに溢れたマットとベン。魔王は振り返り、さらに指示を下す。


「ラミー、ダート、ルファールはスタリオンで待機。我が指示するまで待て」

「分かりました分かりました」

「お任せ、ください」

「了解した」


 ラミーは元気よく、ダートはこくりと頷き、ルファールは冷たい表情のまま。こちらもいつも通りだ。


「ヤクモ、貴様は我と共に来い。スイルレヴォンを偵察し、工場に潜入するぞ」

「はいはい」


 面倒そうに返事をするヤクモ。やはりいつも通りの反応である。魔王たちは今日も、いつもと変わらない。魔王たちもは今日も、いつも通りに暴れるだけだ。

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