第7章4話 社長の部屋には少女がいっぱい
陽の光も、魔鉱石の光も長らく届かず、カビ臭さに覆われた、今は使われていない下水道。そんな、腰を屈めてようやく通れる地下トンネルを、パンプキンに案内され数十分間も歩いた魔王たちは、ようやく地上へと続く梯子を登り、外に出た。
外の空気を大きく吸う魔王。背伸びをしたヤクモは、地下トンネルに恨めしそうな視線を向けて言い放つ。
「ああ、もう……狭いところイヤ」
「貴様は、狭いところが怖いのであったな」
「怖いじゃない! 苦手なだけだから!」
ロダットネヴァ渓谷のドゥーム洞窟を歩いていた時と同じ顔をするヤクモを、魔王はついからかってしまった。ヤクモは不満そうに抗議するが、魔王はなんのそのだ。
辺りを見渡せば、石と鉄を組み合わせて作られた、10階建はあろうかという、窓ひとつない巨大な建物がひしめき合っている。建物には大小さまざまなパイプがツタのように這い、不思議と殺風景さは感じられない。
スイルレヴォンの街とは全く違う光景。魔王たちはスイルレヴォン産業の工場内に、ついに潜入したのだ。
「ほお、立派な工場ではないか。破壊のし甲斐がある」
「そうね。あの煙突とか全部倒せば、建物も潰せそう。あのタンクみたいなのも、なんかよく燃えそうだし」
工場を見た魔王とヤクモの最初の感想が、工場をどう壊すのか、工場はどう壊れるのか。魔王たちは破壊のためにやってきたのだから、こうした感想を口にするのは当然なのだが、何も知らぬ者からすれば、物騒極まりない。
「は? 破壊? なんのことッスか?」
パンプキンは分かりやすく驚き、魔王とヤクモへの警戒心をあらわにした。魔王は右手で話を払うような動作をし、パンプキンに質問する。
「気にするな。それより、ロダットネヴァ産業の社長はどこにいるのだ?」
社長――転生者に会い、異界の技術の在り処を聞き出す。これが現在の魔王の最優先事項。だが、彼が何をしようとしているのか分からぬパンプキンは、魔王への警戒心を緩めない。
「あ、あんたたち、何しようとしてるんッスか?」
「我の質問に答えろ。さもなければ、お前を工場の警備員に差し出す。さあ、社長はどこにいる」
警戒心と疑念に溢れたパンプキン。彼に己の目的を伝えるつもりはない魔王は、パンプキンを脅し、社長の居場所を聞き出そうとする。
工場のお偉いに対し、数え切れぬほどのスリを犯したパンプキンは、工場の警備員に差し出されるわけにはいかない。彼はもう、魔王の質問に答えるしかない。
「た、たぶん、もう夜だから、工場内にある自宅にいるはずッス。こっちッス」
おそらく考えるのを止めたのだろう。パンプキンは疑念を持ちながらも、警戒心は弱め、社長のもとへの案内を開始した。ただし、彼は頭を抱え、呟く。
「参ったなぁ、マズイなぁ」
財布を盗もうとして捕まり、しかも自分を捕まえた相手は魔王を名乗り、工場への潜入を手伝わされ、いざ工場に潜入すると工場の破壊を口にし、社長のもとへ案内しろと強要される。パンプキンにとって、今日は散々な日である。
パンプキンに案内され、工場内部、居住区建物を歩き回る魔王とヤクモ。工場内部に人影はなく、パイプがむき出しになった廊下は、まばらな明かりに寂しく照らされるだけ。
「全然、人いないね」
「お偉いは今、労働者の監視に忙しいッスからね。居住地区はいつだってすっからかんッス」
「ブラックな工場……」
この工場に休みなど存在しない。誰もが同じ報酬で、永遠と働かせられ、或いは労働者を監視し、居住地に戻る暇などない。お偉いは工場の金を着服するなりして忙しさを紛らわすことができるが、それができぬ労働者は、安定した生活だけで満足するしかない。
生活感すら皆無の居住区を進み、魔王たちは居住区建物の最上階に向かう。すると、一転して騒がしい、バルコニー付きの広い部屋の前に到着した。
「いたッス。あそこッス。あいつッス」
パンプキンは小声でそう言って、開けっ放しの扉の先、広い部屋の真ん中に指を差した。そこでは、何やらシーツを切ったり、個性的な衣装を作ったり、仮装したりする美少女たちに囲まれた、優男という印象を抱かせる青年が1人。
あの青年が転生者なのかと、魔王とヤクモも部屋の中を覗き込んだ。青年は長い黒髪の少女と会話をしている。
「チガサさん、いきなり呼んじゃってごめんなさい」
「なんで謝る? 明日のハロウィンパーティー、準備大変なんだろ」
「ありがとうございます。じゃあ、まずはこれを――あっ……」
「はいはい」
黒髪少女が裁縫道具を渡した時、青年と黒髪少女の手が触れ合った。黒髪少女は途端に顔を赤らめ、口数少なくなる。青年はそんな黒髪少女の変化に、気づいていない様子。
渡された裁縫道具を使って、シーツを切り新たな衣装を作ろうとする青年。ところが、なかなか思うようにはいかないようで、シーツの形は崩れるばかり。困った青年に、ポニーテール姿の少女が近づく。
「あれ? これをこうして……あれ?」
「ちょっとリョウタ、もっとうまく作りなさいよ。それじゃオバケじゃなくて、ただ破れたシーツ被った人にしか見えないわよ!」
「いや、破れたシーツを被った人がそこらにいたら怖いだろう」
「そういう話じゃない!」
腕を組み、頬を膨らませたポニーテール少女。青年は言い返す。
「じゃあ、お前こそきちんと作れてるのか?」
「はい、これ! これが私の作ったオバケよ!」
「お! すげえ! うまいじゃん!」
「な、何よいきなり……べ、別に、褒められても嬉しくなんかないんだからね!」
顔を赤らめ、そっぽを向き、口を尖らせたポニーテール少女だが、青年に褒められ、まんざらでもない様子。彼女の喜びに、青年が気付いている様子はない。
青年はシーツを切るのを諦め、金髪の短髪少女と長髪少女の姉妹のもとに歩み寄り、口を開いた。
「お前ら、手伝ってやろうか?」
「私たちなら大丈夫です」
はっきりと断った長髪少女。しかし短髪少女は驚き、ため息をつきながら、小動物のような動きで長髪少女の耳元に近づき、囁く。
「え? お姉ちゃん、社長が手伝ってくれるチャンスだよ?」
「それがどうしたの?」
「社長と一緒にお手伝いをすれば、もっといっぱい社長と会話ができるよ」
「あ! そっか! で、でも……」
「ほら、手伝ってもらおう?」
短髪少女に言われ、ハッとした長髪少女。彼女は自分の言葉を激しく後悔しているようだ。なお、魔王たちですら聞こえた姉妹の囁きが、なぜか青年には聞こえなかったようである。
「あの、やっぱり……作業を手伝ってくれませんか?」
「お願いします! 手伝ってください!」
「結局手伝うのかい! ああ、分かった分かった」
両手をもじもじとさせながら、遠慮がちな長髪少女。元気な声で積極的な短髪少女。青年はツッコミをしながらも、彼女らの言葉に従い、姉妹を手伝う。
「ねえ、なんなの? あれ」
「社長のハーレムみたいなもんッスね。よくある光景ッスよ」
もはや慣れてしまっているのだろうか、パンプキンは当たり前のようにヤクモの質問に答えた。ヤクモは遠い目をして、今すぐにでも帰りたい気持ちを抑えている。魔王は転生者のハーレムに興味はない。
転生者が多くの美少女に囲まれ過ごす。魔王が殺した30人の勇者たちも望んだハーレム生活。魔王にとってはどうでもいいことだ。今やるべきは、転生者から異界の技術の在り処を聞き出し、破壊することのみ。
「ラミー、聞け。マットとベン、ダート、ルファールに伝えろ」
《待ってました待ってました! 何を伝えれば良いですか?》
忠実かつ信頼できる部下への魔王の言葉。それに対するラミーの嬉しそうな反応は、ある意味では転生者の周りを囲む少女たちと同じものなのだろうと、魔王は思う。だが、彼女はあくまで部下だ。魔王はラミーに指示を与えた。
「遥か上空から、我のいる場所にダートとルファールを飛び降りさせるのだ。ダートの重力魔法を使えば、可能であるはず」
《魔王様は今どこに?》
「居場所は我の魔力を追えば分かる」
《分かりました分かりました! すぐに向かいます!》
言葉に魔力を乗せるのと同時に、魔王は自分の居場所を魔力で教えている。ラミーは魔王に言われた通り、魔王の居場所を探り当て、魔王の指示に従った。
スタリオンはすぐにでも、この場所の遥か上空にやってくる。そしてダートとルファールは、すぐにでもこの場にやってくる。
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