第6章12話 ロダットネヴァ渓谷上空の戦い II
3匹のドレイクトルーパを引き連れたまま、スタリオンはロダットネヴァ渓谷内でも特に狭い渓谷、大地と大地の隙間へ速度を緩めず突入する。少しでも操縦ミスを犯せば、スタリオンは岸壁にぶつかり粉々になってしまうだろう。
ドレイクトルーパもスタリオンを追って、狭い渓谷内に飛び込んだ。ドレイクの大きな体と翼では、渓谷内で並行して飛ぶことはできない。そこで2匹は縦に並んで飛び、もう1匹はその2匹の後ろに控える。
そり立つ岸壁に空は狭まり、視界のほとんどが支配される中、魔王とヤクモは後部ハッチに立ち、ドレイクトルーパたちに不敵な笑みを投げつけた。2人は勝利を確信しているのである。
今更になって、ドレイクトルーパたちも危機を察知したのだろう。ドレイクトルーパたちは急上昇し、狭い渓谷からの脱出を図った。しかし、脱出するにはもはや遅すぎる。
ヤクモは左手を突き出し、ファイアによってドレイクたちの直上に火炎放射を行った。縦に並ぶ2匹のドレイクトルーパたちは逃げ道をなくし、魔王が掲げる右手と笑みを前に、操縦士ははじめて絶望した表情を浮かべる。
逃げ道をなくしたドレイクトルーパに向けて、魔王は容赦なくアクアカッターを放った。高速で回転する5つの水の輪を、ドレイクトルーパ2匹は避けられない。
2匹のドレイクは反撃する間もなく、首を斬られ、翼をもがれ、血液を撒き散らす。もはや肉の塊と化したドレイクは、操縦士とともに渓谷の奥底まで落ちていった。
ようやくのドレイクの撃墜に喜び、ヤクモはガッツポーズを決める。だが、喜ぶのはまだ早い。2匹のドレイクの血を浴びながらも、残りのドレイクが姿を現し、スタリオンに向けてブレス攻撃を放ったのだ。
辛うじてブレス攻撃はスタリオンに当たらなかったが、スタリオンの進行方向にある岸壁には命中し、崩れた岩が降り注ぐ。
降り注いだ岩を見て、ヤクモは咄嗟に土属性魔法を念じた。彼女は宙を舞う土埃を利用し、ソイルニードルを作り出したのである。ソイルニードルは残りの1匹のドレイクの喉を突き刺し、ドレイクトルーパを行動不能にする。
「貴様、やるではないか」
「ドラゴン狩りができなきゃ勇者じゃないからね。当然」
3匹のドレイクトルーパ全てを撃破し、魔王は素直にヤクモを褒める。ヤクモも胸を張って、自らの功績を誇った。2人の連携が、見事にドレイクトルーパを退けたのである。
崩れた岩を避け、狭い渓谷を飛び出たスタリオン。マットとベンは興奮した様子で、雄叫びをあげた。
「ヘッヘ! さすがは俺の操縦!」
「わしの整備したエンジンのおかげじゃな」
「ああ? 俺の操縦のおかげだろ!」
「いや! わしの整備したエンジンじゃ!」
喜びを爆発させていたはずが、いつの間にか喧嘩に発展するマットとベン。どうにも今日の2人は、酔いが回り喧嘩っ早くなっているようだ。
「う……うう……吐きそうです……」
「耐えろ」
ラミーの危機的状況は終わっていなかった。彼女は機内でうずくまり、腹と口を必死で抑えている。そんな彼女の背中をさすり看病するのがルファールだが、冷たい表情と冷たい口調の『耐えろ』という言葉を、ラミーは少し手厳しく感じてしまう。
ドレイクトルーパの撃退には成功した。だが、まだ全てが終わったわけではない。マットは振り返り、魔王に聞く。
「岩野郎の回収はどうする?」
「ダートのすぐ真上を飛べ」
「はいよ!」
魔王の言葉を聞いて、マットとベンはスタリオンをアヴェンの街に向かわせた。魔王は魔力に言葉を乗せ、ダートに指示を下す。
「ダートよ、聞こえるか?」
《聞こえます。魔王様、今、どこ?》
「そちらに向かっている。よく聞け。スタリオンがお前のすぐ真上を飛ぶ。その時、お前は重力魔法を使って浮かび上がり、スタリオンに掴まるのだ」
《分かり、ました》
忠実な僕の従順な返事。魔王とダートが話している間、スタリオンは早くもアヴェンの町上空に到着していた。半分は瓦礫と化し、炎と黒煙に覆われ、死体に埋め尽くされた、巨像が暴れるアヴェンの町である。
ダートは瓦礫と町の境界線に立っており、マットはスタリオンをダートのすぐ側まで寄せる。だが、見境なく破壊を繰り返すドゥームは、スタリオンに向けて大きく腕を振った。スタリオンはドゥームの腕を避けることに成功したが、ダートからは離れてしまう。
「ドゥームが邪魔だ……あの暴れ石像……!」
唇を噛んでのマットのセリフ。これに続き、ベンが空に指差し、叫んだ。
「後ろを見ろ! 新たなドレイクトルーパじゃ!」
「チッ、めんどくせえ」
ほとんどの警備兵は死に絶えたようだが、1匹のドレイクトルーパは生き残っていたようだ。マットは再び舌打ちをし、しかし何かを思いついたようで、わざとドレイクトルーパにスタリオンを寄せた。
ドレイクトルーパはスタリオンを追いはじめる。マットはドレイクトルーパを引き連れたまま、ドゥームへスタリオンを突撃させた。ドゥームはスタリオンを見つけるなり、左腕を大きく振り上げる。
「危ない!」
「危なくねえ! むしろチャンスだ!」
ドゥームの攻撃にヤクモが叫ぶが、これこそがマットの狙いだ。マットはドゥームの振り下ろす左拳をすんでのところで回避。一方でスタリオンを追っていたドレイクトルーパはドゥームを避けられず、左拳に体全体を殴られ、地面に叩き落とされた。
ドゥームを利用してのドレイクトルーパの撃退に、マットは成功したのだ。これにより、ロダットネヴァ渓谷上空を飛ぶドレイクトルーパはしばらくいなくなる。代償として、スタリオンの激しい動きにラミーの三半規管は大ダメージを受けた。
「あ、もう喉まで来ました……ダメです……吐きます……」
「耐えろ」
「ルファールさん……なんで平気なんですか?」
天地の感覚を狂わせるスタリオンの動きは、魔王とヤクモですらも辛いと感じる場面があった。ところがルファールは平然としたまま。青白い顔をするラミーが普通であり、ルファールが異常なのである。
ただし、ラミーの体調を気にしている場合ではない。ドゥームは大きく腕を振り、スタリオンからは背を向けている。ダートを回収するなら今しかない。
「よし今じゃ!」
「言われなくても分かってるぜ!」
スタリオンは地上の瓦礫にかするまで高度を下げ、瓦礫の上に立つダートへ向けて一直線に風を切る。ダートの目や口までもが確認できる距離まで近づくと、魔王は叫び、指示を下した。
「ダート、今だ!」
《はい!》
魔王の指示に従い、ダートは重力魔法を使い浮遊、頭上を飛び抜けようとしたスタリオンに掴まった。
「うわっと! 岩野郎のヤツ重えな!」
ダートが掴まった途端、スタリオンはダートの重さに引っ張られ高度を落とす。だがそれも、マットがエンジンの出力を上げることで解決。無事、ダートの回収に成功した。
「なんとか無事に、逃げられた?」
「私は無事じゃないです……」
「ラミー大丈夫?」
「ダメですダメです……」
全てが終わり、喜びよりも安心感に胸をなでおろすヤクモ。ラミーは意識が薄らぐ中、それでも魔王の側に寄り添い笑みを浮かべ、言った。
「でも……魔王様の魔力が取り返せて、良かった……」
「ラミー? ラミー!」
安堵したためか、それともスタリオンの動きにこれ以上は耐えられないのか、ラミーは柔らかい笑みを浮かべたまま、魔王の胸に倒れ込み動かなくなってしまう。それを見て、ヤクモはラミーを心配したのだが、魔王はいつもと変わらない。
「何を焦っている。ラミーはただ寝ているだけであろう」
「あんた、冷たすぎない? いきなり寝ちゃうなんて、相当疲れてる証拠じゃん」
「貴様、ラミーがヴァンパイア族であることを忘れていないか? ラミーは昼間いつでも、眠たげであるぞ」
「あ、そうだった。完全に忘れてた……」
ヴァンパイア族は昼間に寝ているのが普通。ラミーが特別、昼間に起きて夜に寝る
加えてラミーは、魔王の魔力を取り戻すため常日頃から動き回っているのだ。魔力を取り返すその時だけしか働かないようなヤクモとは違い、疲れもたまっていたのだろう。
スタリオンにぶら下がっていたダートは機内までよじ登り、ドゥームになす術もなく破壊されていくアヴェンの町を眺める後部ハッチは、ようやく閉じられた。魔力を取り戻すのに成功した魔王は、拳を握り、呟く。
「まだまだ道半ば。だが、これで確実に、魔界の玉座に近づいた」
全く魔力がない状態から、一部でも魔力を取り戻した事実は大きい。また、ヴァダルは必死に隠そうとするであろうが、ロダットネヴァ渓谷の一件が魔界中に知れ渡れば、魔王にとって好都合だ。
今回の一件が魔王の生存を魔界に知らせ、ヴァダルが偽の王であることを示すのである。これはまさしく、ヴァダルの権力基盤を揺るがす大きな一打だ。魔王は魔力を取り戻しただけでなく、ヴァダルに対し強烈な打撃を与えることにも成功したのである。
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