第6章11話 ロダットネヴァ渓谷上空の戦い I

 スタリオンの開けられた後部ハッチ。ラミーが笑顔のまま手招きをする後ろで、操縦席に座るマットとベンは、焦りと怒りをそのまま表情に出し、大声で叫んだ。


「さっさと乗りやがれい! 丸焦げにはなりたくねえ!」

「そうじゃ! わしもマットと心中だけは御免じゃ!」

「なんだとジジイ!」


 ヤクモの炎属性魔法は、ドレイクトルーパを撃退していない。一時的に洞窟の出入り口から退けさせただけだ。ドレイクトルーパはすでに立ち直り、ブレス攻撃を放とうと大口をスタリオンに向けている。このままではマットの言う通り、魔王たちは丸焦げだ。

 のろのろとしている余裕はない。魔王はラミーに引っ張り上げられ、続いてルファールがスタリオンに乗り込む。この時にはスタリオンも高度を上げはじめ、最後に残されたヤクモは、スタリオンに飛び乗る形となった。


 3人の回収を確認すると、マットはハッチも閉めずにエンジンの出力を全開にし、洞窟内はスタリオンから放たれる青い光に照らされた。スタリオンの進行方向には、洞窟の出入り口と、ブレスを今にも放とうとする3匹のドレイクの顔が。

 エンジン全開と同時に、1匹のドレイクがブレスを放った。鉄製の鎧をも溶かすほどの炎が、スタリオンに襲いかかる。それでもスタリオンは、ドレイクの放った炎を抜け、ドレイクの頭にぶつかりながらも、無事に洞窟を脱出、大空へと飛び出す。


「お~ギリギリ。危なかった~」


 スタリオン機内で背伸びをしながら、ヤクモはそう言った。だが、マットとベンの表情は厳しいまま。当然である。


「まだ安心するのは早いぜ! 後ろ見ろ!」


 マットに言われて振り返ったヤクモ。開けられたままの後部ハッチの先には、獲物を逃がすまいと目を光らせる3匹のドレイクが、スタリオンを追って羽ばたいている。ドレイクは空を飛ぶ生き物だ。空を飛んだだけでは逃げられない。

 

 魔界軍のドレイクトルーパといえば、しつこさで有名だ。魔界軍に選ばれたドレイクは徹底的に訓練され、死ぬまで獲物を逃さぬように調教されている。ダートを回収しなければならない現状、ドレイクトルーパを放っておくわけにはいかない。

 魔王の指示は早かった。彼はヤクモと違って、ドレイクトルーパが現れた時点で、ドレイクトルーパとの空中戦の可能性を考えていたのだ。


「我とヤクモでドレイクトルーパを牽制する! マット、ベン、操縦は任せた!」

「ああん? ああ、任しとけってんだ!」

「落ちるんじゃないぞ! 落ちても助けには行けんからな!」


 力強いマットとベンの返答。スタリオンのことは全て2人に任せ、今度はヤクモに対し言った。


「ヤクモ、貴様は炎魔法でドレイクを妨害しろ! その間、我が水魔法で攻撃を加える!」

「分かった!」


 現在の魔王が使える魔法は、水属性魔法と風属性魔法。ヤクモが使える魔法は、土属性魔法と炎属性魔法。この中で最もドレイクに効果的なのは水属性魔法だ。水属性魔法さえ当たれば、ドレイクを落とすことはできる。

 

 ドレイクトルーパは容赦なくブレス攻撃を放ち、その度にスタリオンは回避行動をとる。後部ハッチから眺める景色は目まぐるしく移り変わり、スタリオン機内も何かに掴まっていなければ立てないほど。

 魔王とヤクモは、機内に存在するありとあらゆる出っ張りを利用し、開けられた後部ハッチから外をのぞいた。そして、正面をこちらに向けたドレイクトルーパたちに片手を掲げ、魔法攻撃を放つ。


 スタリオンからの最初の反撃は、ヤクモの包帯が巻かれた左手から放たれた炎属性魔法『ファイア』だ。ファイアがドレイクトルーパに命中することはなかったが、ドレイクトルーパの進行方向を邪魔することには成功した。

 ファイアに邪魔され、進行方向を変えるドレイクトルーパ。その先に、魔王は左手からアクアカッターを放ち、ドレイクトルーパの首や翼を切り落とそうとする。ドレイクトルーパはアクアカッターの出現に驚きながら、首を曲げ、宙返りをして事なきを得た。


 魔王の水属性魔法と、ヤクモの炎属性魔法による連携。ドレイクトルーパたちは優れた身体能力の操縦技術を駆使して、2人の攻撃を避け続ける。一方でドレイクトルーパのブレス攻撃もまた、スタリオンに当たる事はない。

 

 ロダットネヴァ渓谷上空を飛び回るスタリオンは、ドレイク以上に激しい動きをしていた。スタリオンはドレイクトルーパの攻撃を避けるため、あるいは魔王たちの攻撃を当てるため、高度を上げたかと思えば急降下、地面にぶつかる直前に機体を持ち上げる。

 地上に生えた木々は、開けられたハッチから手を伸ばせば触れるのではないかというほどの距離。一瞬のうちにはるか後方へと流れていく真っ黒な木々を横目に、魔王は、同じく高度を下げたドレイクトルーパの操縦士を睨みつけた。


 敵操縦士は、魔王を相手にしていることが分かっているのか。否、敵操縦士を見る限り、分かっていない。彼らは自分たちが誰に攻撃を仕掛けているのかなど、分かっていない。彼らはヴァダルに利用され、騙された哀れな者どもでしかない。

 

 スタリオンとドレイクトルーパたちは高度を下げ、さらに降下するという選択肢を失った。これはドレイクトルーパにとっても、魔王とヤクモにとってもチャンスだ。ヤクモはすぐさまファイアでドレイクトルーパの直上を塞ぎ、魔王がアクアカッターを放つ。

 上昇も降下もできず、左右は味方に塞がれた状態で、ドレイクトルーパの逃げ道はない。魔王の攻撃が当たらぬはずはなかった。ところがドレイクトルーパは、眼下に広がる雑木林をブレス攻撃で焼き、さらなる降下で魔王の攻撃を避けた。


 攻撃を避けたドレイクトルーパは、森を焼きながら上昇し、空を炎で焦がし、スタリオンを溶かし尽くそうと行動する。それを見てマットは舌打ちをしながら、操縦桿を引っ張り上げ、スタリオンは急上昇する。

 地面とは直角に上昇するスタリオン機内。幾つかの貨物は後部ハッチから地面に落ちていき、そんな貨物と同じにはなるまいと、魔王たちは必死で掴まる。


「うう……酔ってきました……」


 激しい動きを繰り返すスタリオンに、ラミーは限界だ。彼女は顔を青白くして、口を押さえ、いつ吐き出してもおかしくはない。だが、ラミーのためにスタリオンが行儀よく飛ぶわけにもいかない。

 ある程度まで上昇したところで、スタリオンが水平飛行に戻る――といっても一瞬で、また激しい旋回を繰り返すのだが――と、いよいよヤクモの愚痴が飛び出した。


「炎魔法効かないし、水魔法当たってないし……どうすんの!」


 ドレイクトルーパの想像以上の強さに、ヤクモはお手上げ状態だ。実のところ、魔王もどうしたものかと考えてしまっている。果たしてどうすれば、攻撃をドレイクに当てることができるのか。

 攻撃要員2人が頭を抱える中、ルファールが操縦席に顔をのぞきこませた。そしてマットの隣で、ある地点に指を差す。


「マット殿、あの狭い渓谷を飛んでくれ」

「はあ? あんなとこ飛んだら、袋の鼠だぜ!?」


 ルファールが指差したのは、高さはあれどドラゴン2匹が並んで飛ぶことは不可能な狭い渓谷。まさに大地と大地の隙間。


「狭い渓谷なら、敵の攻撃を受けやすくなる代わりに、こちらも攻撃を当てやすくなる」

「ほお、悪くない。マット、ルファールの言った通り、あの渓谷を飛べ!」


 ルファールの提案に、魔王は賛同した。もはやドレイクトルーパを撃退するには、こちらも危険を冒さなければならぬのだ。そしてこの程度の危険を冒さなければ、魔王の座を取り戻すことは不可能だ。


「ったく! どいつもこいつも無茶ばっかり言いやがって! 面白えじゃねえか! 掴まってろ!」


 不満なのか面白がっているのか、よく分からぬマット。ただ少なくとも、スタリオンを狭い渓谷に向かわせたマットの表情は、酒に酔い真っ赤なままであった。

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