第6章10話 洞窟脱出
死屍累々の廊下を進む魔王。彼の前に、4人の人影が現れた。ヤクモとルファール、そしてメイとモーティーだ。数分前まで別の場所で死闘を繰り広げていた4人は、今は武器も手にせず、共にいる。
生物の形を残した死体がほとんど存在しない廊下に、ヤクモは顔をしかめ、ルファールは無表情。対照的に、メイは目を輝かせ、モーティーも興奮した様子だ。
「見ました! 見てしまいました! 本物のルドラ様の戦い、本当に素晴らしい! ルドラ様に美しくなぎ倒された兵士たち、本当に羨ましい!」
「オホホホホ! メイちゃん楽しそうね! でもルドラ様、もっと楽しそう!」
どうやらメイとモーティーは、魔王が警備兵たちをなぎ倒していくのを見ていたらしい。そしてその光景に酔いしれ、魅了されてしまったようだ。転がる死体のことなど、メイとモーティーの目には映っていない。
ただ、魔王自身も、モーティーの言葉を聞くまで、自分が笑みを浮かべていることに気づいていなかった。久々の魔力のみによる、敵の殲滅を、彼は無意識に楽しんでいたのである。
興奮を隠せないメイは、表情もどこか艶っぽい。私もルドラ様に切り刻まれたい、と魔王におねだりをしているかのようだ。そんなメイから、ヤクモは距離を置いている。
しかし、メイはグレイプニルの長。心が何を求めようと、一部隊の行動を決めるのは脳みそである。彼女は上品さを維持しながらも、大声で宣言した。
「私たちは撤退します! 本物のルドラ様の芸術性には、歯が立ちません!」
これ以上に魔王と戦ったところで、魔王のような美しい戦いなど、とてもできそうにない。これはモーティーも同意見であったようで、彼はメイの宣言に大きく頷いていた。グレイプニルの判断には、魔王も感心してしまう。
グレイプニルの撤退決定に不満そうな表情をしたのは、ルファールである。ルファールは、明らかに軽蔑のこもった視線でメイを睨み、洞窟の冷気すらも凍らす冷たい口調で言い放った。
「組織の命令は? ここで撤退すれば、命令違反ではないのか?」
「作戦失敗、というだけですよ。命令されたことを果たせなかった。それだけ」
「都合が良いな」
「ええ、組織の人間ですから」
ルファールからすれば、組織の人間を自称するメイが命令を投げ出したことが理解できない。メイからすれば、組織の人間を組織の奴隷か何かと勘違いしているようなルファールが理解できない。
2人の会話を聞いていた魔王は、2人が分かり合える日は永久に訪れないであろうと思う。それが何やら可笑しく、つい笑みを浮かべてしまう。
「勇者ちゃん、また会いましょうよぉ! 勇者ちゃん可愛いんだも~ん!」
「私は会いたくない」
険悪な空気の流れるルファールとメイだが、モーティーは気にしていない。彼はヤクモに抱きつく勢いで、ヤクモとの別れを惜しんだ。ヤクモはモーティーの筋肉に包まれぬよう必死にもがき、彼との再会を拒む。ヤクモの会いたくない人が、また増えてしまった。
「それでは、ごきげんよう」
撤退を決定し、話も終えたグレイプニルは、上品に手を振ってこの場を去っていく。まさしく風のようなグレイプニルに、腰にぶら下げたケースから取り出した包帯を傷口に巻きつけるヤクモは、メイとモーティーの姿が見えなくなってからも、困り顔のままだ。
「あいつらなんなの? あんたが魔力の在り処にたどり着いた瞬間、戦闘も止めちゃうし。で、結局撤退しちゃうし」
そんなヤクモの愚痴を聞いて、なぜヤクモとルファールがグレイプニルと共に現れ撤退したのか、魔王は納得した。グレイプニルは、魔王が魔力を取り戻せば勝てぬと割り切り、あくまで魔王の魔力の奪還を阻止しようとしていただけなのである。
グレイプニルは必ずしも、ヤクモ、ルファールの2人と戦う必要はなかったのだ。そして、魔王が魔力の在り処の部屋にたどり着いた瞬間、戦う意味は無くなった。だからこそ、グレイプニルは矛を収めたのだ。
メイとモーティーをよく知るからこそ、そんなグレイプニルの行動を魔王は理解できた。だがヤクモからしてみれば、たしかに分かりにくい話だ。
「そういう奴らなのだ。グレイプニルは引き際を分かっている。グレイプニルは、我に勝てぬと判断し、負けを認めたのだ。ヴァダルなぞより、よっぽど出来が良い」
ヤクモとルファール相手に、負けぬが勝てもしない戦いしかできないのが今のグレイプニルだ。魔王が魔力を取り戻せば、グレイプニルに勝ち目はない。魔王直属の部隊が、勝ち目のない戦いよりも撤退を選ぶのは、当然のことだ。
グレイプニルを潰さずに済んだのを、魔王は喜んでいた。グレイプニルは、ヴァダルを殺した
魔力は取り戻し、警備兵は片付け、グレイプニルは去った。あとは、洞窟から逃げるだけである。魔王は早速、言葉を魔力に乗せ、ラミーに届けた。
「ラミー、聞こえるか?」
《聞こえます聞こえます! 魔王様が魔力で話しかけているということは、魔力を取り返したんですね!?》
「うむ、水属性と風属性、この手に取り戻した。本来の力には遠く及ばぬがな」
《あの強い魔王様が帰ってくるんですね……すぐに向かいに行きます! マットさん、早く早く!》
外の様子がどうなっているかは分からぬが、スタリオンは必ず迎えに来る。ならば、洞窟の入り口まで警備兵に邪魔はされたくない。そう考え、魔王は地面に座り込む警備兵のリーダーに、念を押した。
「我を邪魔する者、裏切る者、生きては帰れぬぞ。家に帰りたければ、おとなしく震えているのだな」
警備兵のリーダーの肩に手を乗せ、笑みを浮かべたまま忠告した魔王。警備兵のリーダーは魔王に言われた通り、震えて膝を抱え、おとなしく魔王の出発を見送る。
「なんか、あんたが魔族従えて魔王してるとこ、はじめて見た気がする」
「この程度で魔王と思われるのは心外だ」
「何その返答? もしかして照れてんの? 褒められてんだから、素直に喜んだら?」
「素直さなど持ちえぬ貴様が、それを言うか」
「う……うるさい!」
「貴様、困ればすぐに『うるさい』で話を終わらせようとするな」
「う・る・さ・い・!」
洞窟の入り口までの道すがら、魔王とヤクモは中身のない会話に興じ、ヤクモがふくれっ面をした。彼らは、薄暗く狭い通路に愚痴を言うほど、追い詰められてはいない。目的を達した彼らは、警備兵から隠れる必要もなく、今は余裕に溢れているのだ。
ただ、余裕でいられるのも狭い通路まで。洞窟の広場に到着し、出口まではあと少しというところで、魔王とヤクモより先行していたルファールが足を止めた。
「魔王、勇者、問題が起きた」
相も変わらず表情が変わらぬため、ルファールの言う問題がどの程度のものなのか分からない。ただ少なくとも、彼女が足を止めたため、魔王とヤクモも足を止め、何が起きたのかを質問する。
「どうしたのだ?」
「入口が、ドレイクトルーパに塞がれている」
ドレイクトルーパ。ドラゴン族のなりそこないとも呼ばれる魔物のドレイクを航空兵器とし、魔界軍の兵士がドレイクを操る空中部隊。それが3匹ほどドゥーム洞窟の前に陣取り、出入り口の大穴から差し込む外の光を、羽ばたく翼で遮っていた。
「じゃ、あいつらは私が――」
「馬鹿者。今の我らでは、空を飛ぶドレイクトルーパには太刀打ちできん」
「そんなの、やってみなきゃ分かんないでしょ!」
「やってみて死んでは困る」
いくら魔力の一部を取り戻した今の魔王でも、ドレイクの硬い鱗と縦横無尽に飛び回る身体能力、何もかもを溶かし尽くすブレス攻撃を相手に戦うのは危険だ。まともに戦って勝てる相手ではない。だからこそ、まともに戦おうとするヤクモを魔王は制止する。
「どうしたものか……」
まともに戦えぬのならば、まともでない方法で戦えば良い。問題は、まともでない戦い方とは何かだ。魔王は考える。
《ヤクモさんヤクモさん! 洞窟前のドレイクトルーパに、今すぐ炎属性魔法を使ってください! なるべく強烈なやつでお願いします!》
どう戦おうかと考えていた魔王たちの頭の中に、甲高い声が響いた。ラミーの声だ。強烈な炎属性魔法を使え、というラミーの言葉に、ヤクモは聞き返す?
「え!? なんで――」
《時間がないんです! 良いから!》
「わ、分かった!」
ラミーの言葉と同時に、洞窟の外、空からサイレンのような音が鳴り響いた。魔王はその音を聞いて、ラミーの言葉を理解する。ヤクモは意味が分からぬまま、言われた通り、炎属性魔法を放った。
ヤクモの強烈な炎属性魔法は、洞窟の広場を炎で埋め尽くし、破竹の勢いでドレイクたちに襲いかかる。驚いたドレイクたちは大きく羽ばたき、洞窟の出入り口から逃げ出していった。
逃げ出したドレイクの合間を縫い、1機の飛行魔機が猛スピードで洞窟内部に突っ込んでいく。洞窟内に入った飛行魔機は速度を急激に落とし、ヤクモの放った炎属性魔法を掻い潜って、魔王たちの前に滑り込むように着陸した。
「魔王様ー! ご無事で何よりです! 迎えに来ました!」
飛行魔機のハッチが開けられ、中から満面の笑みを浮かべたラミーが、赤い髪をたなびかせそう叫ぶ。スタリオンが、魔王たちを迎えにやって来たのだ。
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