外伝:ヤクモ、ダイスを警備する

外伝第4話 とある街道にて

 ロダットネヴァ渓谷の戦いから3日。魔力を取り戻した魔王のオーラは、ますます重く分厚いものになり、心なしかマントをひるがえす動作さえ、周辺に圧力を振りまいている感がある。

 ラミーは魔王の指示を受け、城内で次の作戦を思案。ダートはぼうっとしながらも、巨大な岩の体が歩くだけで、十分な存在感を醸し出す。ウォレス・ファミリーの面々はダイスの街の警備に忙しく城に不在。ダイス城は完全に、魔王城と化してしまったのだ。


 朝起きて、何をするでもなく、一番最初に手に触れた服を着たヤクモ。彼女は朝から魔王のオーラと圧力に晒されるのを嫌い、城の玄関に向かった。

 寝癖も直さず、大きなあくびをしながら、ヤクモは魔王に見つからぬよう廊下を歩き、玄関に到着する。するとそこには、男物のような普段着に剣を携えるルファールと、寝間着姿のシンシアが待ち構えていた。


「おお! ヤクモさん、おはようニャ! 早速だけど、頼みごとがあるニャ!」


 ヤクモの顔を見るなりそう言って、シンシアは手を合わせる。何やら面倒そうな予感がしながらも、話を続けるシンシアにヤクモは耳を傾けた。


「この時期、収穫祭の影響でダイスの住民が浮かれて、凶暴化するニャ。だから治安維持をしようにも、アイギス全部を出動させたって、警備が追いつかニャいニャ」

「つまり、私に警備を手伝えと?」

「そうニャ! ルファールさんは元々風俗街の用心棒だったのもあって、快く引き受けてくれたニャ。勇者のヤクモさんも、快く引き受けてくれるニャ?」


 尻尾をゆらゆらと動かし、猫耳をピクリと動かしながら、何とも含みのある言い方をしたシンシア。ここでシンシアのお願いをヤクモが断れば、ヤクモは勇者として失格になってしまう。

 ただ、以前のようにマフィアの抗争に巻き込まれるようなお願いではないのだ。あまりダイス城――魔王城にいたくないヤクモからすれば、断る理由もない。


「分かった。どうせやることないし」

「ニャ! 助かるニャ~」


 ヤクモがお願いを引き受けると、シンシアはほっこりとした表情で笑い、ご機嫌な様子。彼女はそのまま、廊下を歩くスーダーエを見つけると城の玄関を去ってしまう。

 城の玄関に残されたヤクモとルファール。ダイスの街の警備をしろというわりには、それ以上の指示はなかった。ここからはヤクモとルファールの自由である。早速、ヤクモは腕を組むルファールに聞いた。


「で、ルファさん、まずはどこ警備する?」


 場所を決めないからには、警備などはじまらない。ヤクモの質問に対し、ルファールはやや考え、顎に手をやりながら、淡々と答える。


「この時間帯は、酒場で一夜を明かした酔っぱらいが多い。となると、4番街の酒場街から風俗街、時計台広場を回るのが良いだろう」


 騎士をクビになり、魔王に雇われるまでの間、ルファールはダイスの風俗街の用心棒をしていたのだ。この時間帯、ダイスのどこでどのようなことが起きうるかを、彼女はある程度まで知っている。その上でのルファールの答えは、説得力があった。

 ダイスのことなどほとんど知らぬヤクモは、ルファールの答えに納得するしかない。ヤクモはルファールの言葉に頷き、2人は適当な格好に似合わぬ立派な剣を携え、早朝のダイス4番街へと歩を進めた。


 時間は午前8時を少し過ぎた頃。天気は晴れ。ダイスの街は仕事に向かう人々や魔族たちで溢れていたが、それも3番街、4番街へと進むと、酔っ払いの数が増えていく。4番街の酒場街に至っては、むしろ店々の活気はなく、道には酔っぱらいと吐瀉物ばかり。

 夜通し酒を飲み、足取りも不確かな酔っ払いたちは、強盗にとってはカモだ。ロクでもない者たちのもとには、ロクでもない者たちが集まるのである。


 抱えられ、家に帰る人。壁にもたれ、豪快に吐き出す魔族。虎視眈々と獲物を探す、人化した強盗らしき魔族。様々な者たちが様々に行き交う中、道端に転がる3人の男がヤクモの目に留まる。


「お前さん、ホント酒が強いのぉ」

「俺様昔っからこうなんだ。酒は俺様にとっちゃ水だ! 川や海が酒になったって飲みつくしてやる!」

「酒吸引機か何かか、じいさんよ」


 上機嫌な背の低い髭もじゃ男、不遜な態度にくだけた口調の獣人化した男、義手の左腕に杖を持つ、大声がうるさい老人。そんな3人が、街道の真ん中に座り込み下品に笑っている。

 街道は馬車も通るのだから、そこに座り込まれては危険だ。ヤクモは早朝から酔っ払う男たちにため息をつきながら、彼らに注意するため3人に話しかけた。


「お~い、酔っ払いさんたち、そんなところにいると轢かれて死ぬよ。下手したら私みたいに異世界に飛ばされるよ」

「うるせえ! この街は俺の街だ! テメェの庭で轢かれて死ぬ奴がいるかってんだ!」

「そうじゃそうじゃ! 庭で寝ると気持ち良いじゃろうが!」

「なんでもいいから、俺様に酒をよこせ!」


 注意しても無駄であった。男たちはアルコールに正常な思考能力を狂わされ、意味の分からぬことを言い散らかし、ヤクモとルファールにガンを飛ばしたのだ。だが、ガンを飛ばされたおかげで、ヤクモは酔っ払いの正体を知ることになる。


「マットさんとベンさん?!」

「ああ? ああ! 勇者さんに元女騎士じゃねえか!」

「本当じゃ! 気づかんかった!」

「ヘッヘ、てっきり、ダサい服着やがった女とロン毛の兄ちゃんのクソカップルかと思ったぜ」

「クソカップルって何! もう……酒臭い……どんだけ飲んだらこうなるの……」


 酔っ払い3人のうちの2人は、マットとベンであった。いついかなる時も酔っぱらっている2人だが、今日は特に酷そうだ。服装をダサいと言われたヤクモは酒臭さに鼻を押さえ、頭を抱えてしまう。

 同時に、ヤクモは疑問に思う。マットとベンの隣にいる、黒い肌に義手、トゲ付き肩パットを付けた老人は誰なのかと。この老人、どこかで会ったような気がすると。


「このおじいさんは? どっかで見たことあるような気がするけど……」

「うん? そういや俺様もお嬢ちゃんをどっかで見たことあるような……」


 どうやら老人も、ヤクモを知っているようだ。どこで会ったのだろうかと、ヤクモは珍しく脳みそを動かす。しばらくして、ヤクモの記憶の奥底から、老人の情報がすくい上げられた。


「あああ! 私が金貸したおじいさん!」

「……やっぱ覚えてねえや」

「ウソをつかない!」

「なんで覚えてんだよ……悪いが、今は返す金がない。全部酒で使ったからな!」


 バジーリ一派を壊滅させ、武器屋に寄った帰り、酒代を貸せと絡んできたあの老人。ヤクモから金を盗んだと同然のあの老人こそ、マットとベンの隣で喚く老人だったのだ。

 老人との出会いを思い出し、金を返すよう要求するヤクモだが、老人はまともに答える気がない。さすがに足の悪い老人から金を巻き上げるわけにもいかず、ヤクモは大きなため息をつきながら、話を進めた。


「はぁ……おじいさん名前は?」

「俺様か? 俺様はストレング・ビフレストだ!」

「私はタナクラ・ヤクモ」


 お互いに自己紹介を終えたヤクモとストレング。するとマットはニタニタと笑いながら、ストレングに言う。


「じいさんよ、ヤクモはなんとあの96代勇者さんなんだぜ!」

「勇者? あいつが? お前、酔ってんだろ」


 自分も酔っ払いながら、マットの言葉を酔っ払いの戯言と一蹴するストレング。だが、ヤクモが勇者であるのは事実だ。ダサい服装に無愛想な表情をしていようと、ヤクモは一応、勇者だ。

 ストレングの反応はイマイチであったが、マットは気にせず、今度はヤクモに話しかける。


「で、勇者さんと元女騎士は朝っぱらから何してんだ? 2人でデート帰りか?」

「女同士なんだけど」

「お前ら男同士みたいなもんじゃねえか」

「それでもデートはおかしいよね」


 酔っ払いとの会話に、ヤクモの表情はますます嫌悪感と疲れに支配されていく。ルファールは口を開く気配がない。ヤクモはもはや、唾吐くように答えた。


「私たちはシンシアちゃんに頼まれて、ダイスの警備してんの」


 ようやく自分たちが何をしているのかの説明にたどり着いたヤクモ。彼女の言葉を聞いたストレングは、突然大笑いし、杖を片手に立ち上がると、耳をつんざくほどの大声で言った。


「女2人で街の警備か。面白い! マット、ベン、俺様たちも手伝ってやらんか?」

「悪くねえな。よし、俺も手伝ってやるぜ」

「うむ、わしらがいれば百人力じゃ」


 ストレングの思いつきによる提案に、マットとベンが乗ってしまった。まさに酔っ払いの勢いに対し、ヤクモは頭を抱える。


「面倒くさいことになった……」

「物は考えようだ。面倒な酔っ払いから住民を守る、と考えれば良い」


 あくまでルファールは、マットたちを犯罪者予備軍扱いしているらしい。これにはヤクモも納得し、致し方なく・・・・・、彼女はマットたちを警備に加えるのを許した。


「……じゃあ、行くよ」

「ヘッヘッヘ! 任せろってんだ!」


 言い出しっぺはストレングであったが、最もテンションが高いのはマットだ。ストレングは不思議と、ヤクモに対し微笑みを浮かべていた。何が何だか分からぬヤクモは、何も考えず、街の警備を再開する。

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