第6章8話 ドゥーム洞窟の戦い II

 一打一打は軽いが、それも数秒間に6~8打も叩き込まれれば、重い1打と大して変わりはしない。メイのブリーズサポートを使った執拗な攻撃方法が、彼女のナイフに剣と差して変わらぬ威力を生み出しているのである。

 対してルファールは、執拗かつ多方向からの攻撃に、鞘をも使って完全に対応していた。集中を切らす様子もなく、表情も変えないルファールは、まだまだメイの攻撃に耐えられる。戦いは膠着の様相を呈していた。


 ルファールとメイの戦いは、第3者からは何をしているのかを認識することが難しい。それだけ、2人の動きは速いのだ。ただ少なくとも、護衛対象がいて、なおかつナイフの連続攻撃に剣で対応しなければならないルファールに分が悪いと、ヤクモは認識していた。

 戦いに勝つため、ルファールに加勢しようとヤクモは剣を構えて踏み込む。ところが、グレイプニルはメイ1人ではない。モーティーが、ヤクモの前に立ちはだかったのだ。彼はヤクモを手招きしながら、誘惑するように言う。


「勇者ちゃんのお相手は、このあ・ち・き」


 興奮と余裕、恍惚さを織り交ぜるモーティーに、ヤクモは心底面倒そうな表情を向けた。そしてヤクモは、お得意の勘だけを頼りに、雄叫びをあげながら、剣を振り上げモーティーに突撃する。


 猪のような突撃と、山頂から転がり落ちてきた岩のような勢いで、モーティーに振り下ろされるヤクモの剣。これを受け止められる者はそうそういないのであるが、モーティーは例外であった。


「剣の腕は良い感じだわ。でも、ちょっと野蛮ね」


 モーティーはヤクモの剣を鎖鎌で巻き付け、その動きを止めると、どことなく失望した様子。直後、彼は体を捻り、同時に鎖鎌の鎖は蛇のごとくヤクモの剣から解け、ヤクモの左足に巻き付いた。

 体を捻らせたモーティーは、踊るようにヤクモの背後に回り、鎖を引っ張り上げる。勢いに任せ次の行動を考えていなかったヤクモは、モーティーの動きに対応できず、左足に巻き付いた鎖を引っ張り上げられたことで、地面に倒されてしまった。


 地面に倒れたヤクモは無防備だ。モーティーはペロリと舌を出して、ヤクモの眉間に鎌を振り下ろす。

 命の危機を前にして、ヤクモは地面についた両の掌に力を込めた。地面は彼女の魔力に操作され、岩壁からモーティーに向かって、土の棘――ソイルニードルが飛び出す。ソイルニードルを回避するため、モーティーは後方に跳躍。これでヤクモの命の危機は去った。


 立ち上がったヤクモは、浅く頰を切られ血が垂れるのを感じ、ようやく頭を動かす。盲目であるとは信じられぬほど、モーティーは鎖鎌を自由自在に操り、こちらの攻撃を利用してくるのだ。ならば、剣ではなく魔法で戦うのが良策。

 ヤクモは両手を突き出し、モーティーに対して炎属性魔法を放った。炎を避けようとモーティーが踏み込みと、その先にヤクモはソイルニードルを出現させる。それでもモーティーは、軽やかにステップを踏み、ヤクモの攻撃魔法全てを回避した。


「あら! 魔法の使い方がうまいわ! 可愛いわねぇ」


 ヤクモの行動を褒め称え、満面の笑みを浮かべるモーティー。ヤクモは何度も攻撃魔法を使い、モーティーを串刺しにし、炎で焼こうと努力するが、敵わない。モーティーはヤクモの攻撃魔法を派手な曲に見立て、踊るだけであった。

 いくら魔法で攻撃したところで、ヤクモはモーティーの笑顔を崩すことはできない。一方で、モーティーの鎖鎌がヤクモを刺す機会もない。こちらの戦いもまた、膠着の兆しが見えてきていた。


「どうすんの!? こいつら、結構強いんだけど!」


 モーティーと戦うヤクモの叫び。メイとルファールの戦いも続いており、まさしく、負けはしないが勝てもしない戦いが繰り広げられている。このままでは泥沼に陥ると判断した魔王は、ヤクモの叫びに答えるように、指示を下した。


「ヤクモ! 数秒で構わん! モーティとの戦闘を中断しろ!」

「はあ!? 無理言わないでよね!」 

「無理は承知の上だ!」

「あ~もう……! 分かった! どうにかする!」


 魔王が今必要とするのは、ヤクモの土属性魔法と余裕だ。メイはルファールに任せ、モーティーとの戦闘を少しでも中断できれば、魔王は魔力を取り戻すことができるのである。


 不可能、というわけではない。だが非常に難しい魔王の指示。ただでさえモーティーから命を奪われないよう必死なヤクモは、どうしてモーティーとの戦闘を中断すればいいのか分からない。

 ありったけの炎魔法と土魔法を使っても、モーティーは、小さな羽と筋肉質な見た目からは想像もできないしなやかな動きで、全ての攻撃を回避してしまう。面攻撃を行うにも、狭い通路では自分も被害を被るので難しい。ヤクモの焦りは募るばかり。


 戦闘を中断せよと魔王が指示を出しても、なかなか戦闘を中断する機会に恵まれないヤクモ。彼女は数度、モーティーの接近を許し、腕や足にも切り傷ができている。そんなヤクモに助け舟を出したのは、ルファールだ。


 メイとの戦闘を続けていたルファールは、ほんの一瞬の隙を見て、モーティーに攻撃を仕掛けたのである。突然のことにモーティーは驚き、ルファールの剣に鎖を巻き付けることはできたのだが、ルファールが突き出した鞘の存在には意識が向かなかった。

 ルファールが突き出した鞘は、見事にモーティーの腹に命中。ブリーズサポートを使った凄まじい速さの一打に、モーティーは奇声とともに遥か後方まで吹き飛ばされる。


 ようやくモーティーとの戦闘中断に漕ぎ着けたヤクモ。しかしルファールの背後には、彼女のうなじにナイフを刺そうと、嬉々として飛びかかるメイの姿が。


「ルファさん! 危ない!」


 先ほどルファールに救われたヤクモが、今度はルファールを救う番だ。ヤクモはルファールに近づくメイの脇腹に、思いっきり蹴りを入れる。脇腹に蹴りという下品な・・・攻撃に、メイは対処ができなかった。

 ヤクモの蹴りはメイの脇腹を襲い、メイは壁に叩きつけられてしまう。彼女はすぐさま態勢を立て直し、再びナイフを振ったのだが、ルファールの反撃により、メイはまたもルファールとのいたちごっこに興じる羽目になる。


 モーティーは遠くに倒れ込み、メイはルファールとの戦闘から手が離せない。ヤクモは手持ち無沙汰。これぞ望んだ通りの状況。魔王は叫んだ。


「今だヤクモ! 今しかない! 土属性魔法で、地面に大穴を開けろ!」


 地面を指差し、そう叫んだ魔王。ヤクモは魔王が何をしたいのか分からなかったが、とりあえず彼の言う通り、土属性魔法を使った。


「なんだかよく分かんないけど、こう?!」


 ヤクモの土属性魔法により、魔王が指差した地面の土が浮き上がり、地面に穴が開く。地面の穴の先には空間が広がり、そこには魔力障壁に守られた、小さな箱が安置されていた。

 地図に間違いはなかったのである。魔王たちが今いる場所は、この何の変哲もない狭い通路は、魔力が安置されている部屋の真上なのだ。あとは地面の穴に飛び込めば、魔王は魔力を取り戻せるのだ。


 内心では歓喜に包まれる魔王だが、モーティーはすでに起き上がっている。彼は魔王を穴の先の部屋には行かせまいと、というよりは魔王を抱きしめようと、こちらに向かってきている。時間はない。魔力が封印されているであろう箱を確認した魔王は、すぐさま穴に飛び込んだ。

 穴を通じて魔力の在り処にまでたどり着いた魔王。おそらくモーティーは、自分が魔力を取り戻すのを阻止するため、ヤクモではなく、こちらに向かってくるはず。


「穴を閉じろ!」


 洞窟によく響く低い声で、ヤクモに再び指示を出した魔王。穴には必死の形相をしたモーティーの姿が一瞬だけのぞいたが、ヤクモの土属性魔法が間に合ったようだ。穴は魔王以外の何者を通すこともなく、静かに閉じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る