第6章7話 ドゥーム洞窟の戦い I

 魔王たちとグレイプニルが対面してから、随分と時間が経っている。この間、魔王たちとグレイプニルは会話に興じるだけであった。だが、魔力を取り返すという目的のためだけにここにやって来た魔王は、このまま会話を続ける気はない。


「いつまで話し込んでいるつもりだ? 我は先を急いでいるのだ」


 魔王の魔力は、メイとモーティーが塞いだ道の向こうにある。グレイプニルの邪魔がなければ、魔王はとうに魔力を取り戻していたはずだ。

 先を急ごうと踏み込み、メイのすぐ目の前に立った魔王。彼の重厚なオーラがメイを包み込み、彼女に圧力を加える。ところがメイは動じず、むしろ魔王のオーラと圧力に懐かしさすら感じていた。そして、モーティーが本音をぶちまける。


「あら! ごめんなさいねぇ、時間稼ぎしてたのよ。もうちょっと待ってくれるかしら」


 今までの会話が時間稼ぎであったと宣言したモーティー。こうなると余計に、魔王は先を急ぎたくなってしまう。


「待てぬな。そこをどけ、グレイプニル」

「申し訳ありません、ルドラ様」


 無理やりにでも先へ進もうと、メイを退け、魔力の在り処へと続く道へ足を踏み入れようとした魔王。不測の事態に備えて、ヤクモとルファールの剣を持つ手にも力が入る。

 この魔王の動きに、グレイプニルはやはり、戦う素振りを見せない。だが、何もしないわけではなかった。魔力の在り処へと続く道に魔王が踏み入れようとした直前、モーティーが岩壁を強く叩いたのだ。

 すると、モーティーの拳に呼応するように、何やら爆発音が洞窟中に響き渡り、魔力の在り処へと続く道の天井から土が降り注ぐ。ついには道の天井が崩れ、魔力の在り処へと続く道の入り口は、土に埋められてしまった。


「美しい方法とは言えませんが、ルドラ様の魔力の在り処につながる道、全て土で埋めました。土属性魔法でも、全ての土を片付けるのには相当の時間がかかります。あとは、警備兵が帰ってくるまで、ここで楽しく会話をしましょう」


 入り口だけが土で塞がれたように見えたが、メイによると、目的地までの道全てが土に埋められたらしい。こうなってしまっては、どんなに急ごうと先には行けない。グレイプニルは剣を抜かずに、魔王たちの足止めに成功したのである。


「ちょっと! どうすんの!?」

「地図を寄越せ」


 魔力の在り処へと続く道はひとつだけ。しかしこの洞窟は、いくつもの道が複雑に絡まった天然の要塞だ。必ず、どこかに抜け道があるはず。魔王はヤクモから奪い取った地図とにらめっこをはじめる。

 なるべく楽に勝利を得ようとしているのか、それともヤクモ相手に勝利を飾るのは困難と判断したのか、グレイプニルはまだ戦わない。おかげで、魔王が別の道を探す時間はたっぷりとあった。


「ついてこい」


 地図とのにらめっこの末、魔王は別の道を見つけ出し、ヤクモとルファールにそう言って歩き出した。今すぐにでもグレイプニルに斬り掛かれる体勢でいたヤクモは、どこか肩の力が抜けたように、魔王についていく。


    *


 正規のルートを潰されて数分。ヤクモとルファールを連れて、魔王は薄暗い狭い通路を歩き続けていた。彼の頭の中に構築された、目的地までの新たなルートは、この通路で間違いない。


「本当にこっちで良いの? 大丈夫なの? 行けんの? 魔力取り返せるの?」


 狭い通路を歩き続けるということで、ヤクモは再び愚痴をこぼし続けている。ただ、今度の魔王はヤクモの愚痴を無視できず、顔をしかめていた。順調に魔力が取り戻せないことに苛立つ魔王にとって、ヤクモの愚痴は不愉快極まりないのだ。


「まだ? 目的地まだ? 早く~早く~、ここもうイヤなんだけど――」

「少し黙っておれ」


 なんとかヤクモの愚痴を止めようと、ドスの利いた声でそう言った魔王。それでもヤクモは黙らない。理由は簡単だ。


「さっきからずっと、グレイプニルが付いてきてんだよ? 大丈夫なの? あいつらいきなり襲ってきたら、どうすんの?」

「それはお前次第だ」


 薄暗く狭い、湿った赤黒い洞窟。魔王の重厚なオーラ。背後からのグレイプニルの圧力。特に背後のグレイプニルは、異様なまでの余裕を見せ付けており、ルファールですらも神経を尖らせている。愚痴のひとつでも口にしないと、ヤクモは正気でいられないのだ。

 これから魔力を取り戻す魔王は、グレイプニルをどうすることもできない。仮にグレイプニルが襲ってきたとして、戦う――戦えるのはヤクモとルファールだけ。魔王は自分の魔力を取り戻すのが最優先であるから、ヤクモの愚痴に共感はしない。


 正規のルートを塞がれてからここまで、魔王たちはそれなりの距離を歩いている。この間、グレイプニルはずっと魔王たちの背後を歩いているのだが、彼女らは何をすることもない。ただ、魔王たちの後を追っているだけである。


「ルドラ様、何をお考えで?」


 微笑みを絶やさないメイの、単刀直入な質問。彼女らが魔王たちに手を出さないのは、魔王が何をしたいか分からぬからである。グレイプニルが何もしてこないのは、魔王にとっては好都合であるため、魔王はメイの質問を無視した。


 先を急ぐ魔王、愚痴まみれのヤクモ、緊張感に包まれたルファール、魔王の行動の真意を考えるメイ、現在地がどこであるかを思い浮かべるモーティー。それぞれが同じ方向に進みながら、それぞれが別々の行動をしているため、統一感はない


 しばらくして、魔王は足を止めた。場所は通路の真ん中。分岐点でもなんでもない、いたって普通の通路の真ん中。

 なぜ魔王が足を止めたのか分からぬヤクモは、不安と不満で爆発寸前。それでもここが、魔力の在り処に最も近い場所なのだ。魔王が目指していたのは、ここなのだ。


「メイちゃん、ここ、まずいわよ」

「……ああ、なるほど」


 常に自分の居場所を、頭の中にある洞窟の地図と歩数で確認していたモーティーは、魔王が止まった意味を理解し、メイに忠告する。メイもやや考えて、モーティーの忠告を理解すると、魔王にうっとりとした目を向けた。


「さすがはルドラ様です。再会できて本当に嬉しい」


 本心から、メイは魔王との再会を喜んでいる。だが彼女の行動は、とても再会を喜ぶ者のそれではなかった。メイはついにナイフを手に取り、目にも留まらぬ速さで魔王に飛びかかったのだ。

 メイは風属性魔法の使い手。彼女の攻撃の速さは『ブリーズサポート』の賜物。今の魔王がメイの攻撃を避けることはできない。だが、ルファールは別だ。ルファールも風属性魔法の使い手であり、神経を尖らせていた彼女は咄嗟に、自らの剣でメイの攻撃を止めた。


「へえ、ルファールさんの動き、本当に芸術性がありますね。ルファールさんは、本物の戦屋だったんですね」


 まさか自分の攻撃がルファールに止められるとは思いもしなかったメイ。ルファールを一介の騎士崩れ程度にしか見ていなかった彼女は、目を輝かせ、さらに剣を振った。


 あくまで魔王を守るルファールは、メイがナイフによるきめ細かい攻撃を仕掛けてくるのもあって、常に守勢に回っている。メイはそんなルファールを退けようと、あるいは彼女の技を見ようと、あらゆる方向から攻撃を加えた。

 メイが正面から何度もナイフで突けば、ルファールは器用にその全てを止める。メイが背後に回ってナイフを振り下ろせば、ルファールは鞘まで使って己と魔王の身を守る。地面を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、狭い通路を飛び跳ねるメイに、ルファールは引けを取らない。


 ブリーズサポートを使った者同士が、狭い通路で戦う光景を、魔王は黙って眺めているだけだ。洞窟には甲高い金属音が鳴り響いているが、魔王はそれを聞いているだけだ。彼は、守られているだけなのだ。魔力を取り戻さなければ、魔王は何もできない。

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