第6章5話 出迎え

 洞窟の広場をあとにし、洞窟のさらに奥、10本ある狭い通路のひとつを歩く魔王たち。邪魔をする警備兵は1人もいない。


 多くの魔族は、獣人化や人化をしなければ歩くこともできない狭い通路。人間でさえも、すれ違うのがやっとなほどに狭い通路。加えて、通路内はまばらな松明や魔鉱石に照らされているだけで薄暗く、空気は湿っぽい。

 赤黒い土壁と岩壁に囲まれ、冷たく湿っぽい空気に包まれ、薄暗い通路を歩き続ける。背の高い魔王は時折身をかがめ、ルファールも通路の雰囲気に顔をしかめ、ヤクモに至っては愚痴が止まらない。


「歩きにくいし遠く見えないし狭いし薄気味悪いし……私、こういうところイヤなんだけど。もっと広い道ないの? っていうかさ、なんでこんな狭い道作ったの? もう少し広く作ればいいじゃん。閉所恐怖症の魔族とか絶対文句言うでしょ。せめて明るさを――」


 ヤクモはずっとこの調子で、思ったことを全て口にし、愚痴を垂れ流し続けている。魔王とルファールは彼女の愚痴を無視しているのだが、逆にそれが、ヤクモの感情を逆撫でし愚痴の数を増やしていた。


「ねえ、まだ? まだつかないの? 何回も言ってるけど、狭くて暗いところイヤなの。道、こっちで大丈夫なの? ねえ、大丈夫なの!? ねえ!?」

「貴様、まさか洞窟が怖いのか?」

「違う! 怖いんじゃない! 苦手なの!」

「そうか。そういうことにしておいてやろう」


 ようやくヤクモの愚痴に返答した魔王であったが、ヤクモは返答内容が気に入らず、口を尖らせるだけ。呆れた魔王は、やはりヤクモを無視することにした。結果、ヤクモの愚痴が止まることはなかった。


 しばらく通路を進むと、魔王たちは開けた空間に到着する。この空間は十字路であり、地図によると、十字路をまっすぐ進んだ先、今までよりも少し広い通路を進むと、魔王の魔力が安置されているらしい。


 己の魔力が近いことに喜ぶ魔王と、開けた空間に到着しホッとした様子のヤクモ。ところが魔王たちは、それ以上先に進むことができなかった。彼らが進もうとする通路の先では、2人の魔族が魔王たちを出迎え・・・、道を塞いでしまっていたのである。

 道を塞いだ2人の魔族の1人は、必要最小限の鎧をつけた上品な黒のワンピースに、灰色のマフラーを巻く、青白い長髪に尖り耳がのぞいたダークエルフ族の女性。

 もう1人は、女性物の下着のような鎧にコートを羽織っただけの、小さく薄い羽を生やしながら、隆起する筋肉を惜しげもなく披露するような、獣人化をするフェアリー族の男性だ。


 洞窟にはとても似合わぬ上品なダークエルフ族の女性と、違和感を感じずにはいられないフェアリー族の男性。ヤクモとルファールは剣を抜くが、魔王は苦笑いを浮かべ、魔族2人は少し興奮気味に口を開いた。


「本物だ。本物のルドラ様だ。ドゥームの何十年ぶりの起動、あの芸術的な破壊が見られなくて残念だとは思ったけれども、代わりに本物のルドラ様に会えた!」


 魔王の顔を見て歓喜するダークエルフ族の女性に、フェアリー族の男性も「あ~ら、メイちゃんったら嬉しそうねぇ」と言って白い歯をのぞかせる。厄介な連中が現れたものだと、魔王はため息をつきたい気分であった。


「グレイプニルのメイ・エルフィンとモーティー・ヤッチス」

「お久しぶりです、ルドラ様。やっぱり本物の魔王は美しさが違う。黒のマントがよくお似合いです」

「あちきも嬉しいわぁ。ルドラ様、あちきの好みの匂いがするから」


 メイ・エルフィンと呼ばれたダークエルフ族の女性、モーティー・ヤッチスと呼ばれたフェアリー族の男性は、再会した魔王の苦笑いに手を振って応えた。2人が所属する部隊『グレイプニル』を、魔王はよく知っている。

 魔王とメイ、モーティーの会話に置いていかれたのは、ヤクモとルファールだ。ルファールは問答無用で魔族2人に剣先を向け、ヤクモは魔王に質問する。


「聞かなくてもヤバそうなのは分かるけど、一応聞く。あのエルフお姉さまと変態オカマ妖精は何?」

「工作、粛清、諜報活動を主任務とした、魔王直属の部隊グレイプニル。メイ・エルフィンはそのグレイプニルの長、モーティー・ヤッチスは盲目の腕利き。付け加えれば、メイ・エルフィンはアイレー・エルフィンの姉だ」

「アイレーって、あんたが言ってた人格破綻者で、エルフの街を焼いたアイツ?」

「そうだ」

「分かった。聞けば聞くほどヤバイ奴らってことね」


 クーデターの一員であり、その後は権力を欲しいままにし、シュペレーらエルフ族の街を燃やし、結果的に魔王をドゥーム洞窟へ呼び寄せた、ダークエルフ族族長かつ四天王の1人、アイレー・エルフィン。メイがそのアイレーの姉と聞いて、ヤクモは頭を抱えた。


「あらぁ? もしかしてこの匂い、勇者かしらぁ? あらヤダ! 頭抱えて眉間にしわ寄せなければ、可愛い娘じゃないのぉ!」


 盲目であるはずのモーティーは、目を閉じたまま、ヤクモが頭を抱えているのを指摘した。これにヤクモは驚くが、すぐにモーティーの言葉を思い出し、少しばかり身を縮めながらモーティーに聞いてみる。


「……もしかして、目が見えない代わりに匂いで世界を見てる感じ?」

「まあ! さすがは勇者だわね! その通りよ。あちきは匂いと魔力で、世界を見てるの。目で見るのなんかより、よっぽどいろいろなものが見えて楽しいわよ!」

「いろんな意味で変態……」


 知り合いであるはずの魔王ですら、メイとルファールとは再会した瞬間に苦笑いを浮かべてしまうのだ。彼女らとまったくの他人であるヤクモは、止まらぬ愚痴の続きを叫んだ。


「もう! なんでこんな狭いところで、ヤバそうなオカマ妖精と人格破綻者のお姉さんを相手しなきゃいけないわけ?」


 もはや敵から隠れるという考えは、ヤクモにないのであろう。彼女の大声に、隣に立つ魔王は思わずヤクモを睨みつけた。メイは咳払いをして、どこか不機嫌そうに、ヤクモに言い返す。


「失礼、勇者さん。妹のような下品な排外主義者と私を、一緒にしないでくれません?」

「え? 違うの?」

「はい。エルフがどうとか、私には興味がありません。そもそも私たちダークエルフも、エルフも、モーティーさんのようなフェアリー族から派生した種族。ですから、エルフが云々と言っている妹は、時間を無駄にしているだけです。本物の愚か者です、妹は」

「へ~。姉妹仲、すごく悪そう。どっちも危ないことに変わりないけど」


 妹との違いを強調するメイだが、ヤクモからすれば、メイもアイレーも等しく危険な存在でしかない。彼女はエルフ族とダークエルフ族の事情など、知らないのだ。

 エルフ族とダークエルフ族は、元は同じ種族。生活様式や住む環境の違い、そしてエルフ族の自尊心と選民思想が、ダークエルフ族を作り出し、今に至る。それをどう捉えるかが、メイとアイレーの大きな違いだ、と魔王は思う。


 グレイプニルの再会の挨拶、ヤクモの愚痴は一通り終わったようだ。今度は魔王から、グレイプニルに話しかける番である。


「メイ・エルフィン。お主の妹、アイレー・エルフィンには世話・・になった」

「申し訳ありませんでした。下品な妹が、何か失礼をいたしませんでしたか?」

「少しな」

「そうですか。ルドラ様、重ねて謝罪しなければなりません。ルドラ様には、これから美しくない声をお聞かせしなければならないのです」


 クーデターの際のアイレーを思い出すと、魔王は今でも、マグマ煮え滾る火山のような怒りと殺意が湧いてくるのだ。メイも魔王の怒りを容易に想像できるようで、彼女の申し訳なさそうな表情は痛ましいほどであった。

 

 メイが申し訳なさそうな表情をする理由は、アイレーだけではない。彼女は懐から水晶を取り出し、それに魔力を込めて起動させた。遠くの光景を映し出す、ヤクモの世界でいうところの、生中継を可能とする水晶だ。この水晶がどうしたのか。

 起動した水晶を魔王が眺めていると、そこにある人物が浮かび上がった。青白い肌に、魔王を嘲笑するかのような表情を浮かべた人物。


《これはこれはぁ、ルドラじゃぁないですかぁ。ドゥームが起動したと聞いて、まさかとは思っていたのですがねぇ。実際にそうだと分かると、怒りが湧いてきますなぁ》


 陰湿さを演出する粘り気のある口調が、魔王にぶつけられた。水晶に映った人物は、ヴァダルである。クーデターで魔王から魔王の座を奪ったヴァダルである。魔王が殺してやろうと渇望し続ける、あのヴァダルである。

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