第6章4話 洞窟潜入

 ドゥームが一歩を踏むたび、大地は揺れ、魔物が逃げ出し、魔界軍兵士たちの表情は青ざめる。圧倒的な存在感を誇る巨大な石像が、アヴェンの街を飲み込もうとしているのだ。この状況で、洞窟に入った魔王たちの存在に気づき、彼らを止められる者はいない。


 体の大きなドレイクでも入り込めそうな、ドゥーム洞窟の大きな入り口を、魔王たちは堂々とくぐった。洞窟に入って最初に彼らの目の前に広がったのは、魔鉱石のわずかな光だけに照らされる大広間。

 武器を持ち、洞窟の外へ飛び出す兵士たちは、大広間の奥にある、約10個の狭い穴から飛び出してくる。おそらく、あの10個の穴のうちのどれかが、魔王の魔力の在り処につながっているのだろう。だが、どの穴が正解であるかは分からない。


「どうやら、地図が必要であるな」


 いくらドゥームとダートが外で暴れているからとはいえ、洞窟内で長居をすることはできない。可能な限り早く魔力を取り戻すためにも、魔王は地図を欲し、ヤクモとルファールに言いつける。


「兵士を2人捕らえ、我の目の前まで連れてくるのだ」

「別に良いけど、何のために?」

「地図を得るためだ。さあ、早くしろ」

「はいはい分かったから。そんな急かさないでよね」


 魔王の指示を受けて、ヤクモとルファールは、大広間を見渡す。ほとんどの兵士は集団で行動しているため、兵士2人だけを、騒ぎを起こさずに捕らえるのは難しい。

 だが、大広間を見渡すうちに、ヤクモとルファールは都合の良い2人組――獣人化したコボルドの男とサラマンダーの男――を見つけ出した。大広場の端、明かりも少ない貨物スペースで、大きな箱を運ぶ2人の兵士。これ以上に都合の良い2人組は他にいない。


 標的が見つかれば、勇者と女騎士の行動は早かった。ヤクモとルファールは起伏の激しい洞窟の岩壁を利用し、警備兵に見つからぬよう、標的である2人組の背後に近づく。すぐ背後に人間の女性が近づいても、2人組の意識は、彼らが運ぶ箱から離れなかった。

 ヤクモとルファールは、2人組の首元に剣を当て、口を押さえ、2人組を魔王のもとまで引きずり込む。彼らの運んでいた箱は、虚しく置き去りにされた。


 先ほどまで、緊急事態に焦りながらも仕事をこなしていた2人組。今は訳も分からず、黒いマントをひるがえした男の前に座らされている2人組。そんな哀れな2人組に、魔王は冷徹な口調を浴びせかけた。


「死にたくなければ、大声を出すでないぞ」


 小さく静かな声であったが、それが魔王の言葉に迫力を持たせ、2人組は体を震わせる。同時に、ヤクモとルファールは、2人組の口を押さえる手をどけた。

 声を出すことを許された2人組。だが、ヤクモとルファールが少しでも腕を動かせば、2人組の首は掻き斬られてしまうのだから、2人組は大声を出すことはできない。


「な……なんだお前らは!?」

「俺たちを……どうする気だ!?」


 焦りを恐怖で抑制し、大声を出そうとする喉を潰し、それでも焦りは隠しきれず、小声とは言えぬ語調で、2人組は現在の状況を知ろうと努力する。対して、2人組の命を握った魔王は、マントをひるがえし言った。


「我こそが魔王、魔王ルドラである」

「ま、魔王だと!?」


 訳の分からぬ状況で、訳の分からぬことを言われた2人組は、ぽかんとした表情。魔王は気にせず話を続けた。


「我は己が魔力を取り戻すため、ここに来た。だが、道に迷いたくはないのでな。地図の在り処を教えてはくれぬだろうか?」


 顔を近づけ、2人組をオーラに包み込み、腹の底から淀みなく言葉を繰り出す魔王。再び魔界の玉座に座るためには、魔力を取り戻さなければならない。魔力を取り戻すには、洞窟の地図を得なければならない。目の前の2人組は、魔王にとっては大事な2人組だ。

 しかし、2人組は薄ら笑いを浮かべていた。彼らのような魔族の端くれが、魔王の顔を知るはずがない。彼らは目の前の男が魔王であると、信じることはできなかったのだ。2人組にとって目の前の男は、魔王を騙る狂人でしかない。


「魔王はとっくに死んだ。魔王を騙る狂人! 仲間を解放しろ! そのためなら、俺は命を捨てても良い!」


 魔王を狂人と思い込み、強気の態度に出たコボルドの男。彼の『勇敢』さと『自己犠牲の精神』に満ちた言葉を聞いて、魔王は小さく笑い、ルファールに言う。


「まさに、良い奴から死んでいく、であるな。ルファールよ、其奴を殺れ」


 1人の命を奪うには簡単すぎる指示。だがルファールは、躊躇なく右腕を動かし、コボルドの男の喉を掻き斬った。地図を得るには、2人組のどちらか1人で十分。魔王が2人組を連れてこさせたのは、片方を殺し、片方を恐怖のどん底に突き落とすためだけだ。

 コボルドの男は、勇敢さも自己犠牲の精神も実行できずに死を迎え、彼の体は地面に放置される。それを見て、サラマンダーの男は顔を引きつらせ、不幸な未来を想像し、今にも泣き出してしまいそうな表情をした。


「お主、もう少しだけ長生きはしたくないか?」


 死への恐怖に取り憑かれたサラマンダーの男に、魔王はそう囁いた。するとサラマンダーの男は、不幸な未来を何としても避けるため、ゆっくりと、喉の奥から言葉を引き出すように喋り出す。


「……地図はあそこの、管理棟の中にある。お願いだ! 助けてくれ!」


 隣で虚しく血を流す同僚のようにはなりたくない。サラマンダーの男のその思いが、魔王に地図の在り処を教えた。

 狙い通りの展開に、魔王はニタリと笑って、サラマンダーの男の顔をじっと見る。男は生き残る道を選んだが、未だ彼が魔王を魔王だと認識した様子はない。

 

「では、しばしの長生きを楽しめ」


 魔王がそう言って、ヤクモは男を解放した。命が救われたことに男は安堵し、しかし冷静さを取り戻したためか、彼は魔王に、一瞬ではあるが敵意の込められた目を向ける。彼の横を通り過ぎようとしていた魔王は、その目を逃さなかった。


「ヤクモ、剣を寄越せ」


 自然な魔王の口調。ヤクモは何も考えることなく、言われた通り、魔王に剣を渡す。


――地図の在り処を教えるような良い奴も、死ぬ。


 剣を渡された魔王は、剣をサラマンダーの男の背中に刺し込み、彼の心臓を突き刺した。サラマンダーの男は訳も分からず、自分の胸から飛び出す血塗られた剣先を見つめ、驚愕したようにこの世を去る。


「え!? 殺しちゃうの!?」


 魔王の行動に驚愕したのは、殺されたサラマンダーの男だけではない。剣を魔王に渡したヤクモもまた、意外な出来事を前にして、声を裏返していたのだ。

 驚くヤクモに対し、ルファールは冷たい表情を維持して、ヤクモの反応を不思議がった。


「魔王は私たちの存在を知った脅威を排除しただけだ。そんなに驚くことか?」

「ルファさんはもう少し驚いた方が良いと思うよ」


 ヤクモとルファールは、お互いがお互いを理解できていなかったが、少なくともルファールの言葉は、魔王の行動の理由を語っていた。

 サラマンダーの男は、魔王を魔王と認識しておらず、魔王に敵意を持ったままであった。そのような男を解放すれば、男が警備兵を呼び、魔王たちが不利な状況に立たされるのは明白。そうなる前に、脅威は排除すべし。それが魔王の行動の答えだ。


 地図の在り処を知った魔王は、剣をヤクモに返し、2人の男の死体を背に、管理棟を探すため洞窟内を見渡した。しばらく見渡して、無作為な岩壁と、全体的に薄暗い洞窟の中で、ある程度の明かりに照らされた、整った岩壁に囲まれる部屋を魔王は見つけ出す。


「あれが管理棟か……」


 確信を持った魔王は、ヤクモとルファールを連れ、すぐさま管理棟へと向かった。ほとんどの警備兵は、ドゥームとダートを止めるために出払い、洞窟内は手薄。管理棟までの道のりは、子供の隠れん坊と大して変わりはしない。

 管理棟には3人の魔族がいたが、2人はヤクモとルファールに斬り殺された。残りの1人は、地図の在り処を指差してからルファールに斬り殺され、管理棟は魔王たちに制圧される。


「地図って、これ?」

「そのようだな。さて、我の魔力の在り処はどこであろうか?」


 机の上に置かれていた1枚の紙を手に取るヤクモ。それを受け取り、目的地までの道順を確認する魔王。

 地図を見る限り、洞窟内は複雑な作りで、あらゆる道が重なり合っている。だが、魔王の魔力の在り処への道は一本道。1度でも正しい道に足を踏み入れれば、迷うことはないであろう。


「こっちだ」


 地図をヤクモに渡した魔王は、マントをひるがえし、己の魔力に在り処へと歩を進める。ヤクモとルファールに守られた魔王が、魔力の一部を取り戻すまで、あと少し。

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