第6章3話 起動

 ドゥーム洞窟を目前に、岩の陰に隠れ、警備兵の様子を伺っていた魔王。彼の隣で、同じく警備兵たちを伺っていたダートは、率直な感想を口にした。


「やっぱり、警備、厳重」

「どうする? 私が全滅させてこようか?」


 ダートの感想に対し、あまりにも単純明快な解決策を提示するヤクモ。洞窟前で暴れてしまえば、何百という警備兵を相手にしなければならない可能性など、ヤクモの頭にはないようである。彼女のいつも通りの馬鹿さ加減に、魔王は呆れる気すら起きない。

 脳を動かさず直感だけで行動しようとするヤクモに対し、黙り切ってしまった魔王。彼の代わりに口を開いたのは、彼らの話をはるか上空のスタリオンで聞いていた、ラミーである。


《いえいえ、洞窟に簡単に侵入する方法はありますよ》

「なんか作戦でもあるの、ラミー?」

《ありますあります! 魔王様のとっておきの作戦なんです! 驚きますよ!》


 魔王の考えた作戦を、自分の手柄にはしたくない。そんなラミーは、敢えて自分から作戦を説明することはなかった。となると、ヤクモは魔王に話しかけるほかない。魔王はヤクモの質問に備える。


「作戦って?」


 すぐさま魔王に投げかけられたヤクモの質問。魔王は警備兵から視線を逸らし、しかしヤクモに視線を向けることもせず、巨大な石像、ドュームを見上げた。そして、彼は自分の頭の中で構築されていた作戦を言葉に変換し、小さくも迫力のある声で答える。


「ドゥームを起動させ、ダートと共にアヴェンの町を襲わせる。突然のネメシスゴーレムの起動、破壊される町を前に、ここの兵士も警備どころではなくなるはずだ」


 簡単な説明であったが、ここにいる者全員には、この程度の説明で十分だと魔王は確信していた。実際、ルファールやダートは作戦内容を理解した様子。

 ところが、ヤクモは作戦を理解しきっていないようだ。彼女は訝しげな表情をしながら、魔王に話しかける。話の内容は、魔王からすると意外なものであった。


「……それって、町の魔族たちのこと考えてる? 勇者も殺すようなヤツが町を襲ったら、町に住んでる魔族が何人も死ぬよ? 魔王なのに、良いの?」

「何が悪いというのだ。我の魔力を取り戻し、我が魔界の玉座に座ることこそ、魔界の幸福。アヴェンの住民たちは、そのために死ぬのだ。必ずや喜んで命を投げ出そう」


 町の魔族のことを考えたからこそ、魔王が魔力を取り戻すため、町の住民に命を捧げさせる。魔王からすれば、それに疑問を持つヤクモこそ理解ができない。

 ヤクモの不思議・・・な疑問は、同じ人間であるルファールも抱いているのだろうか。ふとそう思った魔王は、己が語った作戦に対し、ルファールがどのような意見を持っているのか聞いてみる。


「ルファールよ。我の作戦をどう考える」

「魔王の作戦ならば、私たちの被害が少ない。勝利の見込みも高い。私は作戦に賛同する」


 冷たく尖った口調で繰り出されたルファールの返答に、一切の疑念は存在しない。彼女はただ目の前の戦いで勝つことだけを考えているのだ。これに魔王は安心し、ヤクモに視線を向ける。

 ルファールは作戦に賛同し、ダートは作戦に疑問を持つはずがない。ヤクモの疑問はヤクモだけが抱くもの。だが疑問を抱かれたまま作戦に参加されるのも困ると判断した魔王は、息を吸い込み、念を押した。


「ヤクモ、これは戦いなのであるぞ。血を流すのは兵士だけではない。勝利のためには、犠牲はつきものであること、我と戦いラミネイに膨大な犠牲を強いた貴様ならば、よく知っておろう」

「……分かってる。魔王のあんたが、魔族を殺しても大丈夫なのか、聞いただけだから」

「我が魔族を殺して大丈夫なのか、だと? 貴様も多くの人間を殺しておろう。何を今更になって――」

「もう良い。さっさと作戦、はじめよう」


 何やら面倒くさいという表情で、話を遮ったヤクモ。彼女の言葉が未だに理解できぬ魔王であったが、面倒くさがったヤクモは、疑念を捨て去った風に見える。

 ヤクモの疑念は消えたのだ。魔王はいよいよ作戦を実行に移すため、ダートに対し指示を下した。


「ダート、お前はここに残れ。ドゥームが起動したならば、ドゥームと共にアヴェンの街を襲うのだ。魔界の未来のため、我がお前を迎えるまで、容赦なく、分別なく、何もかもを破壊し、警備兵と魔界軍の関心を奪うのだ」

「おいら、魔王様の、言う通りに、する」


 従順な僕は、魔王の望み通りに行動することを約束した。となれば、次は道具の起動である。


「ヤクモ、ルファール、ドゥームの足元まで行くぞ。敵に見つからぬよう、注意するのだ」

「はいはい」


 魔王の指示に、ヤクモとルファールは呼応し、剣を抜いた。ついに、魔王の魔力を取り戻すための戦いが幕を開ける。

 

 岩の陰からドゥームまでの距離は約200メートル。警備兵の数は約20。駆け抜けるには厳しい人数だ。ここは警備兵の注意を逸らす必要がある。そこでルファールが、魔王に提案した。


「私の風魔法で、広場に積まれたあの木箱を崩そう。警備兵がそちらに注目する間、再び風を吹かせ、その隙にドゥームの足元まで駆ける。どうだろうか?」

「あの木箱か。場所も悪くない。良かろう」


 ルファールの提案を受け入れた魔王。すると、ルファールは即座に左腕を突き出し、洞窟前の広場一体に突風を吹かせた。

 突風に木々がざわつき、大地からは埃が巻き上げられ、警備兵たちの鎧が擦れる音が辺りにこだまする。そして狙い通り、広場の端に積み上げられていた木箱は豪快に崩れ落ち、警備兵たちの視線を一挙に集めた。


 洞窟前の警備は、わずかな時間、崩れた木箱によって手薄になっている。この隙に、ダートを除く魔王たち3人は、岩の陰から飛び出し、ドゥームに向かって駆け出した。

 駆けながらも、ルファールは風魔法を使って突風を生み出す。先ほどよりも強い突風は、洞窟前広場を土埃で覆い尽くし、警備兵たちが風上に目を向けることも、それ以前に目を開けさせることも許さない。


 途中、耳の良い魔族が魔王たちに気がつき、すぐ近くにまでやってきた。だが、その魔族はヤクモに斬り殺され、死体は炎魔法によって灰にされてしまう。


 ルファールの作り出した突風が吹き荒れること数十秒。多くの警備兵は魔王たちに気づかず、気づいた者はすでにこの世にない。魔王たちはいとも容易く、ドゥームの足元にまでやってきた。

 魔王たちはドゥームの巨大な脚の裏側に隠れる。ここまでやってくれば、次はドゥームの起動だ。ドゥームを起動させるための魔法陣には2人の警備兵が張り付いているが、彼らの背後には、ヤクモと、風魔法を止めたルファールが近づく。


「すげえ風だったな。あれじゃドレイクも飛べないんじゃないのか?」

「ドレイクをなめるなよ。あいつらは――」

 

 2人の警備兵は、まさか雑談の最中に命を落とすなど、予想だにしていなかったであろう。ヤクモとルファールの剣によって、2人の警備兵の首は落とされた。


 ネメシスゴーレムの起動は、それほど難しいものではない。一度でも魔界の玉座に座り、魔王の啓示を受けたものならば、その血と声だけで、ネメシスゴーレムを思うままに使える。現在、魔王とヴァダルのみが起動者に該当する者だ。

 魔王の啓示を受けた者、ということは、過去に魔界の玉座に座り、現在はそうでない者でも起動が可能ということ。まるで魔王が魔界を追放されるのを予見したような仕組みだ。ネメシスゴーレムを作り出した曽祖父に、魔王は感謝せずにはいられない。


 警備兵は排除され、魔王はマントをはためかせ、魔方陣の上に立つ。彼はその場で魔具を握りつぶし、魔法陣に魔力を与え、警備兵から奪った剣で己の手の甲を切り、魔法陣に血を垂らす。これで、ドゥーム起動の準備は整った。あとは命令(詠唱)を行うだけだ。

 

「ネメシスゴーレム、審判の石像よ。魔界の玉座に座りし者が下知する。アヴェンの街を、草の根も残さず破壊し尽くせ。魔界軍の注目を一身に浴びよ。天の光をその巨体で覆い隠し、闇の先を見せつけよ!」


 魔王の血と声は、ドゥームに届けられた。果たしてドゥームの目は赤黒く輝き、石窟に収められていた石像の体は動き出し、付近はネメシスゴーレムに恐怖したかのように震えだす。

 にわかに動き出した、破壊のための石像。これに加え、ダートが暴れ出すのだから、ドゥーム洞窟の兵士たちは大慌て。彼らは何が起きたのか分からず、ただアヴェンの街に向かうドゥームを止めようと、今いる兵士をかき集め、勝ち目のない戦いに挑むことしかできない。


「今のうちだ。洞窟内に潜り込むぞ」


 ヤクモの土属性魔法によって隠れていた魔王は、洞窟内から続々と飛び出す兵士たちを見て、そう言った。これにヤクモとルファールも頷き、彼らはついに、ドゥーム洞窟へと飛び込んでいく。

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