第4章6話 箱の中身

 爆発音と衝撃波に揺れる大地に作り上げられた、土壁の渡り廊下。その中を走る魔王たちは、ついにヤクモの魔力が封印されているであろう箱のもとに到着した。

 目的地に到着するなり、ダートは箱の周辺を囲む土壁を強化する。不要となった渡り廊下は、文字通り土に返った。魔導師団の攻撃により、クレーター内部は地獄と化しており、生物が生存できるのは、箱の周辺を囲む土壁の中だけだ。


 魔王たちが危険を冒してでも取り返そうとしたものは、今や目の前。本来ならば喜ぶべき場面であるが、魔王は特に反応することなく、ダートは土壁の維持に精一杯、マットは愚痴に忙しく、ヤクモに至っては、失望したような表情を浮かべていた。


「え!? これ!? このちっちゃい、古本ぐらいしか入ってなさそうな箱?」


 魔力障壁に包まれているとはいえ、木製の箱自体はありふれた見た目の、ありふれた大きさ。市場にも容易にとけ込みそうなそれが、そのまま地面に置かれているのである。『勇者の魔力を封印している』にしては簡素だ。ヤクモが失望するのも無理はない。

 しかし、箱が共和国の腫物であるルーアイのクレーター中心部に置かれ、魔法障壁に守られているのは事実。魔王たちがこの箱以外に頼る物がないのもまた事実。箱の見た目に失望するヤクモに対し、魔王は催促した。


「なんであれ、箱を開ける以外に手はない。さあ、箱を開けるのだ」

「分かった分かった、開けるからちょっと待ってて」


 焦りでも、怒りでも、呆れでもなく、ただただ無感情に催促した魔王。箱の中身の正体は、実際に開けてみなければ分からぬのだ。箱の見た目が簡素だからと、失望するような心の動きは魔王にない。

 腕を組み、箱を見つめる魔王。ヤクモはとりあえず、両手に握った剣で魔力障壁に切りかかるが、魔力障壁は青白く輝くだけで、剣は跳ね返されてしまう。魔王からすれば、想定通りの出来事だ。


「魔力障壁って、どうすれば消えるの!?」


 再び機嫌を悪くしたヤクモ。そんな彼女に対し、魔王は何もしない。


「これ使いやがれ!」


 ヤクモに救いの手を差し伸べたのは、マットであった。彼はポケットから、銀色に輝く小さな棒を取り出し、それをヤクモに投げつける。小さな棒を胸の前でキャッチしたヤクモは、首を傾げた。


「何これ?」

「強盗の必需品、魔力障壁干渉魔具だ! 障壁に刺せば障壁を消してくれる、優れもんだぜ! ただし、1回ぽっきりの使いきり!」


 マットの簡単な説明。ヤクモは説明を聞くなり、箱の前で片膝をつき、小さな棒――魔具を大きく振り上げ、箱を包み込む魔力障壁に突き刺した。

 魔力障壁干渉魔具が突き刺さると、魔力障壁の青い輝きは、徐々に魔具へと吸い上げられていく。数秒後には、銀色であった魔具は青く塗り替えられ、ヤクモが少し握っただけで粉々に砕け散ってしまう。


「あれ!?  障壁消えないけど!?」


 砕け散った魔具の破片が地面に落ちても、箱の周囲は青く輝いたまま。驚くヤクモであったが、これもまた魔王の想定通り。


「何層にも障壁を張っているのであろう。さすがに厳重であるな」

「冷静な分析はどうでも良いから!」


 ただ喋るだけの魔王に対し、辺りに轟く爆発音にも負けぬ大声を出したヤクモ。それでも魔王は、ヤクモを手伝わない。


「魔具ならいくらでもある! 全部使っちまえ!」


 ヤクモの叫びに応え、マットがポケットに入っていた全ての魔力障壁干渉魔具を取り出し、地面にばらまく。爆発するたび揺れる、地面に落ちた魔具。ヤクモはそれを拾っては魔力障壁に叩きつけ、拾っては叩きつけを繰り返す。


「ああ……ああ! 障壁何重に張ってんの!? 面倒くさい!」


 すでに8つの障壁を消しながら、未だ青く輝く魔力障壁に、ヤクモの機嫌は悪くなる一方。どこか涙ぐましくもあるヤクモの単純作業を、魔王は腕を組んだまま、見つめるだけ。


「やっと障壁消えた!」


 久々の笑みを浮かべたヤクモは、早速箱に手をかけ、箱を開こうと蓋を持ち上げる。だが、蓋は開くことなく、箱そのものを持ち上げてしまった。


「うわ、箱の鍵が残ってた……」

「鍵開けも使うか?」

「いや、大丈夫」


 乱暴に箱を地面に落とし、立ち上がって、剣を振り上げたヤクモ。彼女は女性の声とは思えぬ豪快な雄叫びと共に剣を振り下ろし、箱の蓋を切り落としてしまった。魔王は黙ってその光景を見つめながらも、密かに剣を抜く準備をする。


 箱の蓋が切り落とされ、箱の中身がその正体を現す。箱の中に納められていたのは、茶色と赤の光がそれぞれ揺れ動く、2つの玉。


「当たりか」


 2つの玉を見て、それがヤクモの封印された魔力であるのを、魔王は瞬時に感じ取った。感じ取ったからこそ、魔王の手はついに剣の柄を握る。彼は『勇者を信用し切るようなお人好し――良い奴は死ぬ』との思いに駆られているのだ。


 そんな魔王の思いなど露ほども知らないヤクモ。美しく、力強く、魅力的な2つの玉を前に、彼女が躊躇することはない。ヤクモはやや雑に、その2つを手に取った。

 ヤクモが玉を手にした途端である。玉は持ち主・・・に反応したのか、氷が溶けるように形が崩れ、浮遊する煙と化した。茶色と赤の煙はヤクモを包み込み、ものの数秒で彼女の体に入り込み――吸収されてしまう。


「……うん? これだけ?」


 これといって派手なことは起きていない。茶色と赤の煙を吸収したところで、ヤクモの体調に変化が起きるわけでもない。魔力を取り返したという実感はなく、土壁の向こうで爆発が連続する中、ヤクモは半信半疑の様子。

 これも魔王からすれば、ヤクモが己と対等以上の存在になった瞬間だ。魔王を殺す気はないと明言したヤクモだが、いざ魔力を取り返せば、心変わりをする可能性は十分にある。万が一に備え、魔王は構えた。


「ま、いいや。取り返したのは一部の属性だけだから……何取り返したか試してみる」


 そう言ってヤクモは腕を伸ばし、何やら力を込める。すると彼女の腕から、青い炎が噴き出し、狭い土壁の空間があわや炎で埋め尽くされかけた。すわ裏切りかと思う魔王であったが、ヤクモは珍しく狼狽し、炎魔法を止める。


「あっつ!! バーロー! 危ねえだろうが!」

「ごめん……魔法使うの久々で、要領がつかめなくて……」


 共和国軍魔導師団の攻撃で追い詰められているというのに、味方であるはずのヤクモに殺されかけ、マットが怒鳴った。ヤクモも悪いと思っているのか、苦笑いを浮かべながらも、素直にマットに謝る。

 最悪の想定通り、ヤクモに殺されかけた魔王。だがその顛末は、魔王の想定していた最悪の事態ではなかった。マットに謝り、魔王にも申し訳なさそうな表情を見せたヤクモは、どうやら本当に魔王を殺す気はないようだ。魔王はようやく警戒を解く。


 炎属性魔法の試し打ちの失敗から、慎重になったヤクモの魔法試し打ち。試し打ちの結果、水属性と風属性は使えず、その時点で光属性も使えないことが確定。炎属性以外に使えたのは、土の棘を作り出しマットを刺し殺しかけたことから、土属性のみである。


「取り返したのは、炎属性と土属性だけね。じゃあ、反撃開始」


 炎属性と土属性だけとはいえ、勇者の魔力。並の魔導師などはるかに凌駕する、強大な力だ。ヤクモに裏切る素振りがないのを確認した魔王は、魔導師の包囲を突破するため、全てをヤクモに任せる。


「で、土魔法ってどうやって使うの?」


 反撃開始と勢い込んだまま、さらっと質問したヤクモ。強大な力も、使い方を知らなければどうしようもない。これには、土属性使いのダートが答えた。


「まず、土と心、ひとつに――」

「そういう精神論は良いから、方法論を教えて!」

「作りたいもの、念じる。それで、魔力、土に、込める」

「なんかよく分かんないけど……こう!?」


 分かりにくいダートの説明を聞くのは諦め、ヤクモは勘に頼ることにする。そもそも彼女は、勘だけで魔王と戦った人物だ。ヤクモはダートを真似して、片膝をつき、地面に両手を当て、土属性魔法を念じた。共和国軍魔導師団の優位は、ここで終わるのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る