第4章7話 反撃

 両手を地面にあて、勘を頼りに土属性魔法を念じるヤクモ。彼女が念じれば念じるほどに、地面は生き物のごとく動いた。しばらくして、ヤクモは感覚を掴んだのだろう。一度地面から手を離し、深呼吸をするとすぐに、世界を動かすかのように地面を押し付ける。

 ヤクモの両手が地面を押し付けると、地面はヤクモを中心とした円状に波打った。地面の波はクレーターの縁を這い上がり、縁の上でエクスプロを放つ魔導師たちに襲いかかる。魔導師たちは地面の波にさらわれ、その場に倒れこんだ。


 たった1度の攻撃で、一瞬にして、魔導師団のエクスプロ攻撃全てを妨害したヤクモ。先ほどまでクレーター内部を飾っていた爆発は鳴りを潜め、土埃には、薄っすらとアルテリングが浮かぶ。


「ほう、やるではないか」

「ヤクモさん、土属性、使うの、うまい」


 勘だけを頼りにしたわりには、凄まじい威力を見せつけたヤクモの攻撃。これには魔王とダートも驚嘆せざるを得ない。そして魔王は思い出す。ラミネイで戦った、勇者ヤクモの姿を。ヤクモは間違いなく、勇者の力を持つ者なのだ。


 とはいえ、未だヤクモは魔導師団を妨害しただけ・・である。再び立ち上がった魔導師たちは、再び杖を掲げ、再びエクスプロを放ち、再びクレーター内部を爆発で埋め尽くした。

 放物線を描き、魔王たちを何としてでも排除しようと殺到する、魔導師団の攻撃魔法。魔王たちはダートの土壁に隠れ、身を守る。ただし、今度は隠れているだけではない。


「まだまだ!」


 土壁を作るのに精一杯のダートの横で、ヤクモは気勢を上げ、魔法を念じ、片膝をついたまま、右手の手のひらを地面に叩きつける。そんな彼女の念に応え、地面は彼女に従い、魔導師団に牙をむいた。

 ヤクモの土魔法『ソイルニードル』は、地面を伝い魔導師に向かう。魔法が標的に到達すると、地面は棘状になって魔導師を串刺しにした。それが同時に10である。


「あ~あ、これが勇者さんの才能の一部ってか。おっかねえ、頼りになる」


 天に供物を捧げたような、魔導師を串刺しにする土の棘を遠くに眺めて、マットが複雑な表情をしてそう言った。マットがヤクモを恐れているのか、頼もしく思っているのか、本人にも分からない。


《ヤクモさんヤクモさん、やりましたね! ついに魔力奪還です! 一部ですけど》


 空飛ぶスタリオンからも、ヤクモの反撃が確認できたのだろう。魔力に乗せられた祝福の言葉が、ラミーから届けられる。


「ねえラミー、これからどうすりゃ良い? このまま敵を殲滅?」


 10人の魔導師をいとも容易く排除し、自信を持ったヤクモ。彼女は魔力を得たのもあって、ラミーに今後どうするのかを聞いた。ラミーは間髪入れずに答える。


《クレーターの縁の敵全てを倒す必要はありません。北西には敵本陣がありますが……兵士は少ないですし、敢えてそっちに向かいましょう。防御重視で駆け抜けて下さい!》

「壁作りながら走れば良いってこと?」

《そうですそうです! 安全が確保できたら、教えてください。スタリオンで皆さんを回収しますから》

「分かった」

《ヤクモさん、魔王様を守って下さいね。お願いします》

「はいはい」


 短時間のうちに敵陣の構成を見抜き、作戦を組み立て、淀みなく伝える。いつも通りのラミーに魔王は安心しながら、ヤクモが彼女の作戦に素直に従ったのに安堵した。やはりヤクモが裏切る可能性は、今は・・ない。

 魔王とヤクモは、魔力の差こそあれど、対等な存在なのだ。お互い、世界から追放された身であるのだ。そうである限り、ヤクモは裏切らない。魔王はそう確信した。


「ヤクモよ、勇者の力の一端を、共和国軍の連中に見せつけてやるのだ。連中に、貴様を追放したこと、後悔させてやるのだ」


 生き延び、野望を成就させるため、少しでもヤクモの憎しみを駆り立ててやろうとする魔王。


「あんたに言われなくても、そうする気だから」


 ヤクモのそんな答えに、魔王の口角が上がる。散々に攻撃を受けてきた魔王たちだが、今まさに、魔導師団の優位は終わりを告げたのだ。ヤクモが魔力を取り返したからではない。魔王とヤクモが対等であるが故にだ。


「さあ、思う存分やれ!」


 魔王の掛け声と同時に、ヤクモは地面を叩きつけ、地面の波がクレーターを登る。先ほどよりも高い数メートルの地面の波は、魔導師たちを容赦なくさらい、彼らの行動を一時的にでも抑えた。

 魔導師の攻撃が止むと、魔王たちは北西へと向かって駆け出す。ダートは走る魔王たちの周りにだけ、壁を作った。まるで移動する箱のような土壁に守られ、魔王たちは包囲を突破しようと、無駄なことはせずに走り続ける。


 数メートルの波にさらわれ、負傷する者もいながら、魔導師団はなおも諦めない。彼らはエクスプロだけでなく、水属性魔法『アクア』をも放った。クレーターの縁の頂上から、魔王たちを呑み込もうと襲いかかる、茶色く濁った濁流。

 しかしそんな濁流も、ヤクモとダートが作った壁の前には敵わない。2人が作った土壁は堤防となり、ダムとなり、濁流は勢いを削がれ、小川へと姿を変えてしまったのだ。魔王は濡れた地面をブーツで踏みながら、悠々とクレーターの縁を登りはじめる。


「もう少しだな。ヘッヘ、勇者さんが魔力取り戻した瞬間に形勢逆転かよ」


 そう言って苦笑を浮かべたマット。魔導師団のエクスプロも、アクアも、ヤクモとダートの壁の前では無力だったのだ。数分前までの追い詰められた状況を思い出すと、魔王もマットと同じ感想が頭に浮かぶ。


 比較的平坦なクレーター中心部は、全速力で駆け、抜け出した。しかしクレーターの急な斜面に到着すると、魔王たちは四つん這いにならなければ先に進めない。当然、移動速度も大幅に落ちる。魔導師団からすれば、魔王たちを排除する最大のチャンスだった。

 魔導師団の容赦ない魔法攻撃は、魔王たちを逃がすまいと必死だ。エクスプロで飛び散った泥が顔に跳ね、嗅覚はアクアで濡れた土の匂いに支配された魔王。縁を登るため、ブーツや革手袋は泥まみれである。


 どうにも敵の攻撃がしつこい。なぜだ、と魔王は周りを見渡す。すると魔王の目の前で、ダートがエクスプロを防ぐため土壁を作り、同じ場所にヤクモがアクアを防ぐため、土壁を作っていたのだ。それを見て、魔王は敵の攻撃がしつこい理由に気づいた。

 敵の攻撃を防ぐために、勇者と魔族四天王2人の力はいらない。どちらか片方で十分だ。土壁作りは片方に任せ、もう片方には別のことをしてもらわねば、敵の攻撃はしつこいままである。


「ヤクモ! 壁はダートに任せろ! 貴様は敵に攻撃させぬよう、牽制するのだ!」

「え!? ラミーちゃんは防御重視でって――」

「攻撃は最大の防御という言葉があるであろう!」

「あ、なるほど。分かった!」

 

 物分りが早いのか、単純なだけなのか。ヤクモは魔王の指示に納得すると、すかさず地面を叩きつけ、地面の波で魔導師団の動きを止める。さらに、ソイルニードルを放ち、魔導師団10名の生命活動さえも止めようとした。

 ところが、ソイルニードルの棘は、地面の波にさらわれ倒れていた1人の魔導師団を突き刺しただけ。残りの9つは魔導師団に回避され、または魔力障壁に阻まれ、棘だけが虚しく天を見上げている。

 

「あれ? 避けられた?」

「ソイルニードルの対処法はすでに確立されているか。油断できぬ相手だ」

「棘はダメでも、こっちは大丈夫、なん、でしょ!」


 敵の素早い対処に感心する魔王だが、ヤクモはそんなこと知ったことではないようだ。今度は癇癪でも起こしたかのように、彼女は何度も地面を叩きつける。

 連続する地面の波は、魔導師団の動きを大いに制限した。ヤクモの――なんとも野蛮な――攻撃は、魔王の狙い通り、敵の攻撃の牽制に成功したのである。おかげで、魔王の顔に跳ねる泥の量は減り、魔王たちは順調に斜面を登っていった。


 しかし、クレータの縁の頂上では、白いローブに身を包む、背丈よりも大きな杖を持つ1人の少女が、魔王たちを待ち構えているのである。

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