第4章5話 箱への道のり
目的地までは数百メートル。どれだけ全力で走ろうと、1分以上はかかる道のり。共和国軍の攻撃よりも早く、ヤクモが魔力を取り返せるとは思えない。
《共和国軍はクレーターの外周をぐるっと包囲してます。服装や攻撃手段から、魔導師団でしょう》
「逃げ場はなし、か。是が非でもヤクモの魔力を取り戻さねば、生きては帰れぬな」
スタリオンからクレーターの様子を伺うラミーは、状況に比して冷静な口調で、魔王に戦況を伝えていた。魔王もまた、余裕の表情。
箱に向け走り出したと同時、ついに共和国軍魔導師団の攻撃がはじまった。彼らは身の丈よりも長い杖を天に掲げ、杖の先には炎の塊が現れる。火の塊はクレーターの外周を飾り付け、なんとも美しい景色を作り出していた。
魔導師たちが作りだした炎の塊は、炎魔法『エクスプロ』である。魔王たちを粉々に吹き飛ばそうと発動された、美しい景色とは対照的な、正真正銘の攻撃魔法。
まるで鍋に具材を放り込むかのように、魔導師たちは一斉に、炎の塊をクレーター内部に向けて放った。放物線を描き、クレーター内部に降り注ぐ無数の炎の塊。無差別な攻撃は、魔王たちに容赦なく襲い掛かる。
無論、魔王たちも無力ではない。炎の塊が地上に触れる前に、魔王は魔具を地面に叩きつけ、魔力障壁で自らを覆った。ヤクモもまた、太ももにくくりつけられたケースから魔具を取り出し、魔王と同じく地面に投げつけ、魔力障壁で身を守る。
ダートは地面に両手をつき、土魔法『ソイルウォール』を発動。硬い土壁を箱状にして、魔導師団からの攻撃に耐えようとする。マットはそんな彼の側にいたため、ダートの作り出した土壁に守られる形となった。
星空を背景に降り注ぐ、無数の炎の雨は、クレーター内部のあらゆる地点に落下。炎の塊は大爆発を起こし、盛大な土煙がクレーター内部を埋め、ただでさえ隕石によってえぐられた地面は、さらにえぐられた。
爆発の衝撃波は魔王とヤクモの魔力障壁を襲撃、青く輝く障壁は点滅する。魔力障壁は、2度や3度のエクスプロには耐えられるものだ。しかし、今回は2度3度どころではない。辺り一面でのエクスプロによる爆発で、魔力障壁は限界を迎えた。
5度、6度、7度、8度――魔力障壁の点滅は強まり、魔王のマントを衝撃波がはためかせる。もはや魔力障壁は、衝撃波を止められるほどの耐久度を残してはいないのだ。それは、ヤクモも同じようである。
魔力障壁は今すぐにでも消えてしまう。魔王は急ぎ魔具を取り出し、新たな魔力障壁を作り出したが、無駄なあがきであった。魔導師団の攻撃は止むことなく続き、魔王の視界は爆発に支配され、魔力障壁は一瞬で破壊されてしまったのだ。
「チッ……どうすりゃいいのよ、これ!」
魔力障壁がほとんど機能しない現状に、ヤクモが怒りの感情をエクスプロ等しく爆発させる。魔具にも数の限界はあり、このままでは、魔王とヤクモは粉々になる未来しかない。
さて、どうするべきか。己の無力を悟った魔王は唇を噛んだ。その時である。魔王周辺を漂う土煙が突如として固まり、土壁となり、箱状になって魔王とヤクモを覆い隠した。
ダートのソイルウォールが間に合ったようだ。彼は自分を守る箱状の土壁と、魔王を守る箱状の土壁をつなげ、壁の一部を破壊し、マットと共に魔王の側にやってくる。
「おお! 魔王様と勇者さん、元気そうで何よりだ!」
「どこが元気そうなの!?」
「そんな声が出るんなら、元気以外のなにものでもねえだろ。にしても、共和国軍も情けがねえぜ、ったくよ」
怒りと愚痴が混ざり合う、ヤクモとマットの会話。ダートのソイルウォールが、安全地帯を作り出したがゆえの会話である。
魔導師の放ったエクスプロは、体の奥底まで震わせるような爆発音と共に、土壁を揺らし続けた。だがダートは土壁を作り続け、破壊と再構築を繰り返し、魔王たちを守る。土とダートの魔力残量がある限り、魔王たちは安全だ。
「ダートよ、よくやった」
「おいら、もっと早く、魔王様、守れた」
「気にするな」
魔王は自らの無力に、魔導師団からの攻撃以上の衝撃を受けていた。以前の魔王ならば、魔導師団の総攻撃など、意に介すものではない。自ら魔力障壁を発動し、優雅に箱を回収し、再び隕石によって魔導師団を壊滅させることもできた。
ところが今の魔王はどうだ? 魔王は魔導師の攻撃にどうすることもできず、ダートのソイルウォールでなんとか命を繋げている。土埃に顔を汚した魔王に、魔王の面影など、どこにもない。
無力なのは、魔王と対等な存在であるヤクモも同じ。ヤクモに自覚があるかどうかは分からぬが、彼女もまた、勇者の魔力を失っていなければ、共和国軍の罠など恐れるものではなかったのだ。
「あ~あ、こんなんになるってんなら、魔王様と勇者さんなんかに手貸すんじゃなかったなあ。いつもみてえに、スタリオンでフラフラ飛んでりゃ良かったぜ。ベンが羨ましい」
アルコールによって他人に気を使う能力を失ったマットは、愚痴をこぼし、惜しげもなく本音をぶちまける。そんな彼に、魔王とヤクモが反応することはなかったのだが。
共和国軍魔導師団の無差別なエクスプロに襲われているというこの状況。ダートの作った土壁の向こうでは、爆発のお祭り状態に、身動きがとれぬ魔王たち。魔力が取り返さないことに痺れを切らしたヤクモは、さらに機嫌を悪くし、魔王に対し言い放った。
「で? どうすんの!? どうやって魔力取り返すの!?」
「貴様は何かあれば、すぐに、どうするのかと聞くが、たまには自分で答えを出せ」
魔王の返答には、怒気が含まれている。己の無力と現状を前にして、魔王の機嫌も悪い。感情的かつ主体性のないヤクモの言葉は、今の魔王にとって、石壁の外で轟く爆発音以上の雑音でしかないのだ。端的に言ってしまえば、魔王はヤクモに立腹したのである。
ところがヤクモは、魔王の怒りを、怒りではなくアドバイスと受け取った。彼女は正直に魔王の言葉に従い、やや考える。
「う~ん……じゃあ、魔導師を全員倒せば良いんじゃない?」
「外食するために食事をする馬鹿がどこにいる。貴様に答えを求めさせた我が間違っていたようだ」
考えた挙句にたどり着いたヤクモの答えは、本末転倒の極みだ。さすがの魔王も怒りを通り越し、呆れることすらせず、ヤクモを無視することにした。
ヤクモは役に立たない。ダートは土壁を作るのに必死。マットは愚痴を言うだけ。魔王も人生はじめての苦戦に困惑。まともに作戦を考え出せる者は、この場にいない。ただし、この場でなければ、作戦を考え出せる者は存在する。
《こちらラミー、状況はなんとなく掴んでますよ。魔王様のいる地点から箱の位置までは、約300メートル。だからだから、ダートさんがソイルウォールで道を作れば、なんとかなると思います》
爆発と石壁に遮られノイズを交えながら、魔王たちに届けられたラミーの言葉。天からの
「ダートよ、ラミーの言葉は聞いたな?」
「聞いた」
「ならば、任せたぞ」
「おいら、頑張る」
地上に突き立てた両腕に力を込めたダート。すると、地面の土はつままれたように浮き上がり、また土埃は固められ、それらが融合し、新たな土壁が姿を現わす。
絶え間ない爆発に支配されるクレーター内部の安全地帯は、渡り廊下のように細長く拡張された。魔王たちの目線の先には、魔力障壁に包まれる小さな箱が佇んでいる。
「おお、すごい! やっぱり魔族四天王って強いんだ」
「ヘッヘッヘ、ダート様様だなぁおい」
もしこの場にダートがいなければ、ヤクモの魔力が封印されているであろう箱にたどり着くことはおろか、魔王たちは命を落としていたやもしれぬ。ヤクモとマットがダートを手放しで称賛するのも、当然だ。
とはいえ、ダートも長く土壁を維持することは難しい。魔王たちは早速、箱のもとに駆けて行った。
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