第2章3話 談笑
ケーレスの山に張り付くように築かれたダイス城。街はそこから海に向かって扇型に広がり、増築の度に増えていった城壁は5重にも及ぶ。そして壁の内側は城から順番に1~5番街と区分けされているのだ。
魔王とヤクモが向かったレストランは、ダイスで最も活気のある場所であり、最も治安の悪い地区、3番街にあった。街道に面する、店の名が書かれた赤色のオーニング(日よけ)に大きな窓、レンガ造りという外観のレストラン。
それほど目立つ店ではなく、街並みに埋もれてしまっている感も否めない。ところがそのレストランには、特別な雰囲気が漂っていた。客の1人に、ケーレス領主であり、ケーレス・マフィアの中でも屈指の組織力を持つウォレス・ファミリーのボスがいたのだ。
街角のレストランで食事をする、領主としても、マフィアとしても、この街で最も偉いウォレスのボス。当然、屈強な魔族や人間の護衛が店の周りを監視しており、辺りに睨みを利かせている。
「ねえ、あの店入るの? 難易度高くない?」
「どうしたヤクモ、力を失ったとはいえ貴様は勇者であろう。何を恐れる」
「別に恐れてるわけじゃないけど……」
「では問題なかろう。ほれ、入り口にも『開店中』と書かれておるではないか。行くぞ」
怖いもの知らずの魔王と勇者。2人は護衛の男たちに睨まれながら、特にこれといったこともなく、普通に店の中に入っていった。
店の中は、木材を多用した趣のある内装で、4人席の大きなテーブルがいくつも並ぶ広い作り。豊富な魔鉱石を使っているのだろうか、カーテンを閉め切っているというのに、店内は明るい。
外観とは随分と差異のある、落ち着いて食事ができそうな良い店であった。ただし、マフィアのドンさえいなければ。
店の奥に構える大人数用テーブル。そこに、人生そのものが染み付いているであろう深いシワが刻まれた、壮年の人間の男がいた。彼こそが、ウォレス・ファミリーのドン。
マフィアのドンを囲むのは、普通ならば近づく気にすらならぬ強面の男たち。店の奥から放たれる強烈な存在感に、店で食事を楽しもうとしていた他の客たちは圧倒され、身を縮めてしまっている。
ただ、その中でも1人だけ異色の存在がいた。ウォレスのドンに寄り添うように席に座る、ゆったりとした帽子を被った、青色の服とスカートに身を包む少女。彼女だけが、どうにもマフィアに似合わぬ可憐さを放ちながら、しかしマフィア側にいるのである。
そんなマフィアのドンとソルジャーたちは、浮浪者などに目もくれぬのだろう。彼らは店に入ってきた魔王とヤクモに気づいた様子もなく、食事を続けていた。魔王とヤクモの存在に気づいたのは、可憐な少女ただ1人である。
汚い浮浪者として見逃された魔王とヤクモ。彼らはなるべく入り口に近い席に座り、料理を注文すると、マフィアの存在など意に介さず、会話を始めた。
「1年半もの間、共和国軍に追われていたと言ったな。経緯を教えてはくれぬか?」
「なんで?」
「ただ興味があるだけだ。マインドハックが使えぬのでな、聞いてみた」
「……まあ、話しても良いけど、ちょっと長くなるかも」
「構わん」
店の窓際で、食事を待ちながら会話をする魔王とヤクモ。今の2人を見て、この2人がラミネイで激闘を繰り広げた2人であると想像できる者はいないであろう。
ヤクモは背もたれに深く寄りかかりながら、1年半の出来事を話しだす。
「あんたがラミネイから逃げて、私はどうすればいいか分からなかったから、とりあえず城に戻った。そしたら共和国軍が、いきなり私の後頭部殴ってきてさ、それで気絶して、起きたら、国王殺害と街破壊の罪とかで牢屋に閉じ込められてた」
「それは当然であろう」
「でも私、勇者だよ? 魔王討伐が仕事だよ? 魔王と戦ったんだから、仕事しただけ。それに、仕方ないでしょ。召喚されたばっかで、世界のことなんか知らないし。それで魔王のあんたといきなり戦えっていうんだから、街守る余裕なんかないもん」
「貴様の言うこともまた、当然だな」
「……あんた、共和国の味方なの? 私の味方なの?」
「我は当然のことを当然と言ったまで。誰の味方でもない」
「あっそ」
こうして会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。魔王の前にはシームルグ肉の煮込み料理、ヤクモの前にはクリームを和えた麺料理が置かれる。長らくまともな食事をしていない2人は、美味そうな匂いと見た目に一時心を奪われてしまった。
料理を見ていると、それだけでも食欲がかき立てられる。2人は勢い良く食事にがっつき、美味しい食事が食べられる幸福感に満たされながら、口の中に料理を詰め込んだままのヤクモは会話は続行した。
「で、魔力全部吸い取られて、街に追放されたの。でもパリミル国内じゃどこ行っても嫌われてさ、破壊者だの悪魔だの呼ばれて、石投げつけられて……ともかく居場所なんてなかった」
「フン、それほど嫌われた勇者も珍しい」
「ホント、勇者ってもっとチヤホヤされるんじゃないの? しょうがないから私、魔力は取られても、勇者の運動神経と剣術の才能が残ってたから、どっかの富豪を脅して大金手に入れて、ともかくパリミルを出ることにしたの」
「勇者に脅され金を取られた富豪もまた珍しい」
「さっきから、笑い事じゃないんだけど」
魔王のいちいち茶化したような言葉に、ヤクモは口を尖らせる。
その時であった。レストランの入り口が勢いよく開けられ、多くの強面な魔族の男たちを従えた女が姿を現わす。女は上半身こそ犬耳を除いて人間と変わらぬが、下半身から足の代わりとして6匹の犬を生やす、獣人化していないスキュラ族の女だ。
店に緊張が走った。というのも、女の正体がメイテュン・ファミリーのボスであったからだ。歯ぎしりするメイテュンのボスに、ウォレスのドンは面倒そうな表情をし、両ファミリーのソルジャー(護衛)たちが睨み合う。先に口を開いたのはメイテュンのボスだ。
「私たちが提示した協定、なぜ無視をしたのかしら!?」
「密輸で得た金の3割を無条件で寄越すのは、いくらなんでも甘やかしすぎだと思っただけだ」
「どうしてかしら!? あなたはケーレス領主、金はいくらでも入ってくる。ちょっとぐらいあたしたちに分けたって良いじゃない!? この守銭奴!」
「守銭奴だと? 俺たちが、お前らにどれだけ譲歩し、金を渡してきたと思ってんだ! 俺たちのファミリーのすねをかじることしかできない、プライドのないファミリーめ!」
テーブルを強く叩き、はっきりとした怒りをぶつけるウォレスのドン。メイテュンのボスは引くに引けず、性格的な問題も合わさり、本来は敵対すべきでない相手にさらに噛み付いてしまった。
「新興勢力が頭角を表すのがそんなに怖いのかしら!」
「てめえらは、てめえの組織の資金すらも他人に頼るような弱小勢力だろ!」
「な、なんて傲慢なことを! ケーレス領主ともあろう人が、弱者切り捨て!?」
「これはケーレス領主としての話ではなく、ファミリー同士の話だ! そんなことも分からんのか!」
ドンとボスの2人は、今にも相手に掴みかかりそうな勢い。ソルジャーたちも不測の事態を予期し、すぐにでも戦えるよう戦闘態勢を取っていた。もはや店は食事どころではない。
「まったく話が通じん! さっさと消えろ、この犬畜生!」
「……犬畜生? ……その言葉! 許しませんわ!」
ウォレスのドンが吐き捨てた暴言に、メイテュンのボスは毛を逆立たせ、感情のままに、右手から氷魔法による氷柱を放った。氷柱はそのままウォレスのドンの眉間に突き刺さり、彼の頭は力なく後ろに垂れる。
間違いなく、ウォレスのドンはメイテュンのボスに殺された。怒り狂ったウォレス・ファミリーのソルジャーたちは、なんとしてもメイテュンのボスを殺してやろうと暴れだし、それを止めようとするメイテュンのソルジャーと衝突した。
シックな店内には怒号と激しい物音が響き渡り、椅子やテーブル、フォークやナイフを使っての大喧嘩が幕を開ける。両ファミリーのソルジャーたちは、相手を殺すことしか考えてはいない。
そんな中、魔王とヤクモは食事と会話を続行した。
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