第1章8話 追放

 魔力を奪われ、魔方陣に半ば拘束され、ヴァダルらの反逆に何もできぬ魔王。せめて情報だけでも得ようと、彼はヴァダルらに質問を重ねる。


「四天王の残り2人、ブレンネとダートはどうした? 奴らは味方ではないのか?」

「ブレンネならぁ、そこにいますよ」


 質問に答えたヴァダルが指差す先には、粗末な袋を片手に持つ兵士が1人。兵士は袋を魔王の目の前に投げ捨て、袋の中身が姿を現した。

 袋の中から現れたのは、四天王の1人であり、ドラゴン族の長、ブレンネ・ラゴンの人化をしたままの首である。胴体から切り離されてまだあまり時間が経っていないのか、首の切断面からは、滔々と血液が流れ出していた。表情も、驚きに満ち満ちたものだ。


「ブレンネは死んだのか。四天王の中で最も腕自慢のうるさかった男が、あっけないものだ」

「あっけなく魔王の座を奪われたルドラが、人のことを言えるのかねぇ?」


 暑苦しい性格のブレンネのことが、魔王は苦手であった。ゆえに、首だけとなったブレンネにさえ冷たい言葉を放ってしまった魔王。

 ところが、すぐさまヴァダルから浴びせられた嫌味には、反論ができなかった。あっけなく魔王の座を奪われ、それを奪還できないでいる自分の存在があるかぎり、ヴァダルの言うことは事実であるのだ。


「それで、ダートはどうしたのだ?」


 自分を恥じながらも、次の質問を口にした魔王。四天王の1人であり、ゴーレム族の長、ダート・リッジスの行方。それに答えたのは、腰に手をやり他者を見下す態度を隠さぬアイレーである。


「あの鈍くさいボケ男? 土属性なんてダサい魔法しか取り柄のない、能無し? あんなの味方にする価値も殺す価値もないの。テキトーに野にでも放っておけば、勝手に野生化して、本来の蛮族に戻るわ」


 どうやらブレンネとは違い、ダートは殺されていない様子。アイレーの言葉にヴァダルが口を挟まないあたり、ダートはこのままヴァダルらの味方にもされず、追放されることは確定しているようだ。

 四天王全員の行方が知れれば、次に質問すべきは、ヴァダルらの反逆の動機である。今までのヴァダルの言動から、魔王はある程度まで動機を予想できるのだが、本人に語らせることほど確実なものはない。


「ヴァダルよ、なぜ我に反逆する?」


 単刀直入な質問。ヴァダルは小さく笑い、赤い瞳で魔王の顔を睨み付け、今までとは違い怒りのこもった口調で魔王を責め立てた。


「その紫色の瞳、気に入らないですなぁ。魔王一族は代々、我らサーペント族の女を娶り、常に母親はサーペント族。当然、魔王一族にはサーペントの血が流れ、瞳は赤くなるはずなのですがねぇ。ルドラ、あなたは違う。あなたの母親は、ドラゴン族だ」


 サーペント族の瞳は赤色であり、サーペント族の女性が母親となる魔王一族もまた、瞳は赤くなる。だが魔王ルドラの瞳は紫色。紫色の瞳を持つのは、ドラゴン族系の魔族のみ。

 


「あの忌まわしいドラゴン族がぁ! 魔王の母など! 認められぬ! ルドラ! お前の父は魔王であるがぁ、ドラゴン族の女から生まれたお前など、魔王ではなぁい!」


 怒りを爆発させ、感情をむき出しにし、玉座から体を乗り出し、唾を飛ばして叫ぶヴァダル。

 魔王の父親は、サーペント族ではなくドラゴン族の女性を娶り、そして魔王ルドラが生まれた。これは、魔界に長く続く伝統を破る行為であり、魔王ルドラの父親と母親が結婚すると決まった直後から、一部の魔族、特にサーペント族は抗議の声を上げていた。

 サーペント族とドラゴン族は、どちらが種族の始祖であるかの論争を数百年も続け、互いの関係は憎しみ合いの段階にまで達している。その中でも特に伝統にうるさいヴァダルが、魔王の母親がドラゴン族であることを許容できるはずがないのだ。


 一方で、魔王はヴァダルの感情的な叫びを意に介する様子はない。彼は自分の母が久々に話題となったことで、幼少の頃に見た母を思い出していた。


 魔王の母は、魔王の母とはとても思えぬ心優しい女性であった。まだ小さなルドラを見守り、一緒に遊び、勉学を教え、魔王としての心得を常に口にし、ルドラを魔王として育て上げた。魔界の統治に忙殺され家庭を忘れた父親の代わりすらも、彼女は務めた。

 

 ところが魔王がまだ幼少の頃、心労がたたったのだろう。もともと魔王の妻としての立場も微妙であった魔王の母は、ある時に体を壊し、そのままこの世を去った。

 母親の死を魔王が知った時、彼は子供ながらにこう思う。『どうして悪い人はみんな生きているのに、良い人のお母さんは早く死んでしまうの?』と。


 魔王が過去を振り返る間に、ヴァダルの感情は少し落ち着いたようだ。彼の話はまだ続いている。


「魔王とすら認められぬお前が、先代魔王様の急死で、若輩者のまま魔王に就任してしまったぁ。我輩は、いよいよ魔界は終わりだと嘆き悲しんだぁ」


 母親の話に続き、今度は父親の話。これでは嫌でも、魔王は父を思い出してしまう。

 魔王の父である先代魔王ミトラは、魔王の勤めを果たすためだけに生きているような者であった。彼は何よりも魔王としての仕事を優先し、息子である幼いルドラに構うことなど1度もなかったのである。そのため、幼少期の魔王ルドラに父の思い出はない。


 父の姿が魔王ルドラの脳裏に現るのは、彼がすでに大人になる寸前の頃だ。先代魔王は、65代勇者や人間界との終わりの見えぬ争いに疲れ『南部地峡条約』によって停戦協定を結び、戦争を終わらせた。と同時に、先代魔王は自らの家庭に目を向けるようになった。

 もともと先代魔王は、恋に落ちたドラゴン族の女性と伝統を破ってまで結婚するような男だ。その性格も実は優しく情に厚い一面があり、魔王としての仕事に区切りをつけると、彼は積極的にルドラの父として振る舞った。ルドラにとっては意外な、『優しい父』の姿だ。

 

 ところが数年後、約40年前、父は死んだ。65代勇者による決死の攻撃によって、2人は相打ちとなり、息を引き取ったのである。母親以来の肉親の死に、魔王は確信した。『良い奴はすぐに死んでいく』と。


「少し考え、我輩は思ったのですよ。有能かつ賢人であるこの我輩が、魔界を統治すれば良いではないかと! ルドラに変わり、我輩が魔界の未来を背負うのだと!」

「ヴァダル陛下! 素晴らしいお考えです! 魔界の未来は陛下に託されました!」


 みっともないまでに自惚れるヴァダル。やりすぎにも思える太鼓持ちを演じるアイレー。もはや彼らの話など、魔王の耳には届かない。


 魔王は母と父の死から『良い奴はすぐに死んでいく』と学んだ。今の魔王はどうだ? ヴァダルとアイレーという悪人の前で、彼らに慈悲を与え続けたことが要因で魔王は命の危機に立たされている。このまま魔王は『良い奴』として命を散らせかねない。

 加えて『魔王の堕落は魔界の堕落であり、それは魔族の破滅と同義である』という魔王学の言葉を思い起こす魔王。自らの堕落がヴァダルの反逆を許し、これにより魔界は堕落し、破滅への道を進んで行く。それだけはなんとしても避けなければならない。

 魔王は、ヴァダルの嫌う紫の瞳を彼に向けた。そして、はっきりとした力強い語調で、宣言する。


「ヴァダルよ。反逆者たちよ。お主らは必ず後悔する。我が必ず後悔させてやる。死と生の狭間を歩かせ、地獄の淵を見せつけ、殺してくれと呻いたところで殺さず、生かしてくれと泣き喚いたところで生かさず、ただ苦しみだけに悶えさせてやる」


 腹の底から、心の底から、魔王はそう宣言した。必ず宣言通りにしてやると、強く決意した。


「な……何を言い出すの!? 没落者が、醜い! 醜い醜い醜い!」

「ああ、負け惜しみとは情けないですなぁ」


 全ての魔力を吸い取られてしまった現状、ただの魔族でしかない魔王の言葉を、多少は恐れながらも、本気にする者はいなかった。それどころか、ヴァダルは手を叩いてこんなことを言い出す。


「ルドラは生かしておき、どこか辺境の地に追放してしまいましょう。魔王一族の血が途絶えるのは魔族として痛ましいことですからねぇ。それに、ルドラの言葉が負け惜しみで終わるのを見てみたい!」


 まるで魔王を道化のように扱うヴァダル。しかし魔王に不満はなかった。命は救われ、ヴァダルの息の根を止めるチャンスが与えられたのだから、不満などなくて当然だ。


「やはり、お主は後悔することになる」

 

 暗く鋭い魔王の眼光は、ヴァダルの首根っこをねじ切ろうと狙っている。殺意に溢れた魔王の表情は、ヴァダルの座る玉座に再び自分が座ることを確信している。

 それらは、衛兵に連行される今、できることではない。こうして生かされたからこそ、いつか必ず成し遂げることである。

 

 こうして魔界は、ヴァダルらの支配下となり魔王はその座を失った。魔王は魔界すらも追放され、ある島・・・へと島流しにされてしまう。それが、この後の世界を揺るがす大きなうねりのはじまりであったことなど、まだ誰も知らない。

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