第1章5話 ラミネイの戦い II

 無意識に魔法を使うことはあっても、意識的に魔法を使うことはなかった勇者。その状況は一変した。


「なんかよく分かんないけど、魔法ってこうやるのね。じゃあ、魔王! 覚悟!」


 やってみたらできた、という勇者の攻撃魔法は、魔力の調整を行っていないのも相まって、非常に強力な攻撃魔法となっている。それが、いよいよ魔王に向けられた。

 まるで馬鹿の一つ覚え。攻撃魔法が使えると知るや否や、勇者は突き出した両腕からライトスパークを連発する。


「魔力残量を気にしていないのか?」


 ライトスパークの連射を避け、あるいは魔力障壁によって身を守る魔王は、少し呆れた口調でそう呟く。魔法は無限に使えるわけではなく、体力と同じように、魔力がなくなれば使えなくなってしまうのだ。今の勇者は、そのあたりを考えているようには見えない。


 魔王がライトスパークを避けるたびに、建物は吹き飛び、瓦礫と衝撃波があたり一面を覆い、ラミネイ全体を揺らす。市街地広場を囲う建物はそのほとんどが瓦礫と化し、気づけば広場は3倍ほどにまで広がっていた。勇者に戦術と容赦はない。

 どれだけ魔王が細道に逃れようと、広場を離れようと、勇者は彼を追ってライトスパークを放ち、建物を破壊していった。事ここに至り、魔王は戦術を変える。


 白く明るい光線がかすめ、建物の瓦礫が宙を舞い、衝撃波と土埃に包まれる魔王。そんな中で彼は、背中に魔力を集中させ、その背中からドラゴンに似た黒い翼を生やす。

 魔王は翼をはためかせ、雨による水しぶきを飛び散らせながら、ついに空を飛んだ。数秒もすれば、ラミネイの整然とした街並みと、その面影を一切残さぬ破壊された街並みが両立した景色が眼下に広がる。


「燃え尽きろ、勇者」


 空中で静止した魔王は、そんな呟きとともに両腕を空に突き上げた。雨粒に打たれる彼の両の掌には火球が現れ、雨を蒸発させ蒸気を発する。火球は勢いを増し、形を変え、天高く燃え上がり、ラミネイ上空に炎の柱がそびえ立った。

 攻撃の準備は整い、魔王は両腕を勢いよく振り下ろす。炎の柱を発生させる掌は地上に立つ勇者に向けられた。地上に落とされた炎の柱は、ラミネイ市街地の街道を這うように燃え広がり、市街地全体を火の海に沈める。


 魔王による炎魔法『ドレッドフレイム』は、雨に濡れていたはずのラミネイ市街地を、一瞬にして燃え盛る地獄に変えたのだ。これに果たして勇者はどうなったのか。


 ドレッドフルフレイムを中断し、地上を見下ろす魔王。すると、燃え盛るラミネイ市街地の一角に、炎に巻かれていない場所があるのを発見した。そしてその中心から、1人の女性が魔王に剣先を向け飛びかかる。

 市街地全体を燃やすほどの攻撃を受けてなお、勇者は健在であり、魔王を倒そうという意志は砕かれていなかったのだ。


 もはや想像以上とも言える勇者の強さ、丈夫さ、しつこさ。空中で静止する魔王のもとまで飛びかかった勇者に、唖然とした魔王は剣先だけは回避したものの、咄嗟の殴打を避ける事はできず、再び吹き飛ばされてしまった。

 炎に焼かれる市街地は遠のき、魔王が落ちた場所は、ラミネイ城の前。地面に横たわり兵士たちに囲まれる魔王は、視界の先、城で最も高くそびえる塔から外を覗くパリミル国王と目が合う。


 怯える国王と兵士たちを横目に、厳しい表情を浮かべながら立ち上がった魔王。彼にはゆっくりとしている暇などなかった。遠く離れた市街地から、勇者のライトスパークが魔王めがけて放たれたのである。

 勢いよくジャンプし、かすめながらもライトスパークを避け切った魔王。標的を外したライトスパークは、ラミネイ城の城門を粉砕、石の瓦礫に姿を変えさせた。


「クソッ! クソッ! クソッ! 魔王と勇者、どっちから城を守ればいいんだ!」

「どっちもだ! ともかく陛下方をお守りしろ!」


 混乱する共和国兵士たち。共和国の中枢であるラミネイ城には、パリミル国王だけでなく、他にも数名の国王が滞在している。兵士たちが焦るのも無理はなかった。


「魔王様魔王様! 大丈夫ですか!」


 勇者に殴られ痛む腹を押さえる魔王に対し、戦場に似合わぬおっとりとした声が話しかける。大きな荷物片手に城から抜け出した、全身を雨に濡らすラミーだ。


「今度の勇者、いきなり強敵ですね。私は、どうすれば?」

「お前にはあの勇者をどうすることもできぬ。今は逃げよ。それだけだ」

「……分かりました。魔王様もご無事で」


 魔界の最高権力者であり、この世界で最も強大な魔力を持っている魔王の忠告。瞬時に事の重大さを知ったラミーは、小さく頷くだけ。彼女は、てんやわんやの兵士たちの隙間を縫い、そそくさと街中に消えた。


 戦場ではいささか異質な存在となっていた少女は去った。だが、まるで入れ替わるかのように、今度は戦場を作り出した張本人である女、勇者が魔王の前に現れる。

 約1・8キロの距離を、勇者は数度のジャンプで移動したのだ。これは、彼女が魔力による身体能力の強化を覚えたことを意味する。こちらの世界に召喚されてわずか1時間程度とは思えないほど、勇者は力を使いこなしているのだ。


「見つけた!」


 ジャンプからの着地によってひび割れた石畳の上で、勇者は魔王を睨みつけそう叫ぶ。と同時に、近くにいた兵士から剣を奪い取り、それを魔王に向けて投げつけた。

 雨と風を切りながら、剣先を魔王に向け、矢のようにまっすぐと飛ぶ剣。魔王は左腕を突き出し、ダークネスレイによって勇者の投げた剣を消し去る。


 勇者の攻撃を無力化した。そう思っていた魔王であったが、魔王に向かって飛んでいたのは剣だけではなく、勇者もまたそうであったのだ。地獄の鬼のような形相で殴りかかってくる勇者に対し、魔王は唇を噛みながらダークネスレイを浴びせようとする。

 しかしどうやら、勇者が飛び込み殴りかかってきているのに気づくのが遅かったようだ。ダークネスレイは勇者に当たらなかった。それどころか魔王は、ダークネスレイを放つ左手の手首を勇者に掴まれてしまう。

 ダークネスレイは封じられ、勇者の拳が魔王の鼻を殴打しようと迫り来る。魔王は勇者の拳を受け止めたが、これでお互いに両手が塞がれた状態。


「いい加減、私にやられろ!」


 勇者は掴んだ魔王の左手首を無造作に動かし、ダークネスレイはあらぬ方向に放たれる。黒く不気味な光線は兵士たちを襲い、城壁を切り刻み、ラミネイ城の三角屋根を吹き飛ばし、ついには両手を合わせた2人が回転した勢いで、城の華麗な塔を切り裂いた。

 美しい白壁と、天高く尖っていたラミネイ城の塔。パリミルの象徴であったそれは、ダークネスレイによって切り裂かれ、塔から外を覗いていたパリミル国王もろとも地上へと横倒しになり、無残な姿に変わり果てる。


 瞬く間に廃墟と化していくラミネイ城前で、両手を合わせながらもがく魔王と勇者。両腕を塞がれ、足も迂闊に出せぬとなると、魔王に残された攻撃方法はただひとつ。彼は勇者に頭突きを食らわせた。

 魔王の固い頭に苦悶の表情を浮かべた勇者は、想定外の痛みに、魔王の両手を掴んでいた手を解いてしまう。当然、魔王はこのチャンスを逃さず、勇者の腹に重い拳を叩きつける。


 力のこもった魔王の拳に、勇者は姿勢を崩した。魔王はさらに、勇者の背中の服を掴み、自らの体を回転させ勢いを作って、彼女を思いっきり投げ飛ばした。勇者は空高く舞い、目に見えぬ距離まで飛ばされ、市街地に落ちる。


「さて……これからどうする?」


 勇者を遠くに飛ばした魔王は、考える。このまま勇者と戦い続けるか、それとも魔界に撤退するのかどうかを。

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