第1章4話 ラミネイの戦い I

 魔王121年の人生で、自らと対等と思える者の存在は、ありはしなかった。だからこそ、魔王は自らと対等であると思える勇者の登場に喜んだ。しかしそれは同時に、対等な者との戦いははじめてだ、ということでもある。


 今までに戦ってきたのが、あまりに不甲斐ない勇者ばかりだったことも影響したのだろう。自らの顎めがけて振り上げられた勇者の拳を確認した魔王であったが、それを避けることはできなかった。

 勇者の右アッパーは見事に魔王の顎に直撃。魔王は衝撃によって顎の付け根から脳みそまでが震えるのを感じながら、歯を食いしばった。


 どうやら勇者は、全くの容赦もなく、召喚時に宿った力をすでに使いこなし、全力を出しているようだ。魔王は勇者の右アッパーにより、空高くに吹き飛ばされていた。

 魔王が見る景色は、混乱するラミネイ城の玄関、白壁を灰色に濡らすラミネイ城全体、雨により人気の少ないラミネイの街並み、と一瞬のうちに移り変わる。数秒後には、ラミネイ城が拳と同じ大きさになってしまうほど、魔王は遠くに吹き飛ばされていた。


 雨を切り、再び地上へと落ちいく魔王。彼は教会の巨大な塔をかすめ、ラミネイの市街地広場に叩きつけられた。


 魔王落下の衝撃で粉々になった広場の石畳と、出店の残骸の中、魔王はなおも歓喜しながら立ち上がる。

 ラミネイ城から市街地広場までの距離は、勇者たちのいた世界での単位で1・8キロ。勇者のたった一度の殴打で、魔王は1・8キロ先にまで吹き飛ばされたのである。これは96代勇者が、強大な力を持ち、それを使いこなせる証。魔王が歓喜せぬはずがない。


 空から落ちてきた男に街の人々が騒然とする中、魔王は気にせず、城の方角に目を向けた。すると、遠く離れた城から広場に向かって、雨を切り抜け多くの建物の屋根を破壊しながら、こちらに向かってくる人影が見える。間違いなく、その人影の正体は勇者だ。


「これは油断できぬな」


 強き勇者の登場に喜びを隠せず、頬が緩んでいるのを自覚しながら、魔王はそう呟く。今度の相手は、ダークネスレイ1発で消し去ってしまえるような、柔な相手ではない。武器を持たぬ魔王は、両腕を魔力障壁で覆い、右腕を突き出し、勇者の到着に備える。


 つい先ほどまで、遠くの豆粒でしかなかった勇者は、数多の屋根をジャンプで破壊しながら伝い、すでに魔王の目前にまで迫っていた。勇者は教会の屋根に着地すると、いつの間に右手に持っていた剣を振り上げ、雄叫びと共に再びジャンプし魔王に飛びかかる。

 教会の屋根であった石の破片を纏い、宙を飛ぶ勇者。そんな彼女に対し、魔王は突き出した右腕からダークネスレイを放った。


 宙を飛ぶ勇者に迫る光線。普通ならば、この時点で勝負は決する。だが、類稀なる瞬発力を持つ勇者が相手では、そうはいかない。勇者は風魔法を使い、自らの体をダークネスレイの軌道から逸らしたのだ。

 ダークネスレイによって破壊された教会の塔を背に、勇者は明確な殺意を持って魔王に剣を振り下ろす。しかし魔王もまた、驚異的な瞬発力を持つ者だ。勇者の振り下ろす剣が切った、霧のような雨粒を身に受けながら、魔王は勇者の攻撃をかわした。

 

 双方の攻撃は当たらなかったが、勇者は広場の地面を切っただけの剣を即座に振り上げ、魔王に斬りかかる。魔王は自らに振り上げられた剣を左腕の魔力障壁で受け止め、お互いがお互いの顔を睨みつけた。


 魔王のダークネスレイによって破壊された教会の塔が広場に倒れ、街を揺らし、破片を散らばせながら、辺り一面に土煙を巻き上げる。雨と教会の破片、そして土煙に囲われながら、勇者の剣を受け止めたままの魔王は口を開いた。


「やはり素晴らしい。我は貴様のような勇者を待ち望んでいた」

「ねえ、それって褒めてんの?」

「褒めている以外にどう聞こえるというのだ」

「あっそ。全く嬉しくない」


 勇者の表情は、笑みを浮かべる魔王とは対照的だった。勇者は自分の癖っ毛気味な髪から滴る雨粒にすら、悪態をつきかねないほどに、機嫌の悪そうな表情をしているのである。

 

「不満そうな顔つきだな」

「そりゃそうでしょ。バイト先で怒られて、帰りにトラックに轢かれて、いきなりこんな世界に飛ばされて、いきなりお前は勇者だとか言われて、いきなり魔王と戦わされて、もうこっちは訳分かんないの! だからともかく、あんたを倒せば――」


 矢継ぎ早に繰り出される言葉の途中、勇者は剣を滑らせ、体を回転させた。そして感情のこもった


「良いんでしょ!」


 というセリフと同時に、勇者は魔王の腹に後ろ回し蹴りを食らわせた。


 もはや人間と呼べるのかどうか疑問すら抱かせる勇者の力と、勇者の強い怒りの感情が、彼女の後ろ回し蹴りを強烈なものにさせている。

 突然の攻撃ではあったが、勇者が体を回転させている時点で魔王は防御姿勢をとっており、打撃は最小限に抑えられた。それでも魔王は、勢いよく後方へと吹き飛ばされ、石壁でできた6軒の建物を突き抜け、防御姿勢をとったまま街道に到達する。


 突如として街道に現れた魔王に対し、街道を走っていた馬車が突っ込んだ。魔王は気にせず、炎魔法『ファイア』の真っ赤な炎で馬車を灰に変え、勇者の攻撃に備える。


 直後、魔王に剣を突き刺そうと、6軒の建物に空いた穴を勇者が駆け抜けた。だが今度の魔王は、勇者の到着に備えているのだ。勇者の持つ剣が己の胸に刺さる直前、魔王は体をひねり剣を避け、お返しとばかりに勇者の腹を左手で殴りつける。

 魔王に殴られた勇者は、後方に吹き飛ばされ、今駆け抜けたばかりの建物の穴を逆戻りした。そして広場に倒れた教会の塔をも突き抜け、建物の壁に叩きつけられる。


 ようやく反撃を開始した魔王。彼は勇者にさらなる打撃を与えようと、勇者のもとまで一気に飛びかかった。これは、すんでのところで勇者に回避され、勇者を吹き飛ばそうと放った炎魔法『エクスプロ』は、建物を粉々に破壊するだけとなってしまう。

 なんとか魔王の攻撃を避け切った勇者は剣を振り上げ、一方で魔王は、即座に勇者に殴りかかる。剣と拳のスピード勝負は、拳が勝利した。勇者は再び、今度は脇腹を殴られ、対角線上の建物の壁に叩きつけられた。


 勝負を決しようとした魔王は、勇者に対しダークネスレイを放つ。闇の光線は広場の露店を含め、勇者が叩きつけられた建物を、その周辺ごと消し去った。

 しかし勇者は咄嗟にジャンプ、ダークネスレイを回避し、広場の中心に着地。そして手当たり次第に、露店や出店を魔王に投げつける。宙を舞い、凶器となって襲いかかってくる露店や出店を、魔王は炎魔法で排除、または回避するしかない。

 

 投げつける露店や出店、ついには教会の塔の破片すらもなくなると、勇者は建物を破壊しその破片を投げるようにまでなった。その建物に人がいようと、お構いなしだ。

 勇者の投げつけた露店や出店、破片、それを排除するための魔王の炎魔法。双方ともに相手への打撃を与えられず、広場に面した建物を破壊するだけ。戦いは膠着気味であった。


 幾分か広くなった市街地広場で、魔王は飛んでくる破片を排除しながら、大声で勇者に話しかける。


「勇者よ! 貴様は力技ばかりだな! 魔法を使わねば、我を倒すことは出来ぬぞ!」


 さらなる闘争を楽しみたいがための魔王の言葉。それを聞いた勇者は、魔王への攻撃を中断し返答した。


「魔法の使い方なんか知らないの!」

「フハハハハ! 勇者が魔法の使い方を知らぬとは、滑稽であるな!」

「……うるさい! こう!? こうすりゃ良いの!?」


 煽る魔王に怒りを増大させた勇者は、剣を捨て、両腕を突き出し、ともかく何やら力を込める。すると、彼女の両腕は眩く光り輝き、魔王のダークネスレイとは違った、白く明るい光線が放たれ、建物を区画ごと粉砕した。


「ライトスパーク!? なんだ、貴様も強力な魔法が使えるではないか!」


 光属性魔法『ライトスパーク』の衝撃波に髪をなびかせながら、魔王はさらなる歓喜に浸る。と同時に、あまりの勇者の飲み込みの早さに、危機感すらも感じ始めていた。

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