第1章3話 対等

 魔王による忠告・・が功を奏した。共和国は1ヶ月もの間、勇者召喚を行わなかったのだ。

 この間に魔王とラミーは、鉱石や魔鉱石を採掘する複数の採掘場の取得、広大な土地の取得、一部都市における関税の撤廃など、多くの権益を魔界の物とした。どれもパリミル国王を脅して得た物であり、そこに大きな苦労はなかった。

 

 一方で、1ヶ月あまりでのこれらの動きは、少し性急すぎる側面も否めない。あまりに魔界に有利な政策を押し通すパリミル国王に対し、その裏に魔王の存在があるなど知る由もない、南部派閥をはじめとするパリミル国王の政敵たちが、動き出したのだ。

 彼らはパリミル国王への非難決議案を共和国議会に提出。パリミル国王の政策に疑念を持つ王は、共和国議会構成員の半数以上である10人を突破し、共和国議会でパリミル国王に対する非難決議が行われるのは確定した。


 こうした共和国の動きに、パリミル国王の失脚で傀儡を失うことを懸念した魔王。彼は苦肉の策として、パリミル国王に勇者召喚の許可を出す。おかげパリミル国王は非難決議を免れたが、魔王は1ヶ月ぶりに勇者と戦うこととなってしまったのである。


「さて、今回の勇者はどのような人間であろうか……」


 大理石の壁に囲われ、白いテーブルクロスを敷かれた大きなテーブルが鎮座し、火が灯る暖炉に温められる、ラミネイ城の食堂。30人の勇者を殺してきたこの場所で、魔王は期待と諦めを胸に、新たな勇者の登場を待ち続ける。

 

 窓の外に視線を向ければ、どこまでも続く大地が広がる。この世界は、勇者たちが転生する前の世界とは違い、彼らの世界でいうところの、惑星平面説、そして天動説の世界である。大地は起伏しながらも平らに、どこまでも続くのだ。

 しかし今日は、生憎の大雨。遠い地を見ることはできない。空はどす黒い雨雲に覆われ、平野を支配するラミネイの整然とした街並みは、冷たい雨に濡らされる。ラミネイに住まう100万の人々も建物の中にこもり、いつもは混雑する街道は閑散としていた。

 

 太陽が隠れてしまうと、世界は暗い。勇者たちの元いた世界は、電気が世界を照らし、夜すらも昼間に変えてしまっている。勇者の記憶からその光景を目にした魔王にとっては、この世界の暗さこそが心地よい。

 この食堂も、僅かな炎と魔鉱石で照らされはしているが、薄暗さは排除できない。魔王にとってはそれで良かった。その暗さこそが、この世界なのだ。


 魔王はふと、自らの手で消し去った勇者の1人を思い出した。その勇者は、転移する前の世界の技術をこちらの世界で広め、絶大な権力を得ようとした男だ。結局のところ、その考えもハーレム生活のための手段でしかなかったのだが。


「フン、そう簡単なことでもなかろうに」


 小さく笑い、吐き捨てるようにそう呟いた魔王。実際この世界には、勇者たちが元いた世界と同じ世界から、魂のみが転移した『転生者』が数多く存在し、違う世界の知識をこの世界に広めたこともある。

 ただそのほとんどは、娯楽や行事など文化的なものばかり。転生者の前世が生きた時代もランダムなようで、科学技術による機械文明を広めた転生者は、いないに等しい。高等な技術を再現し世界に広めることは、そう簡単なことではないのだ。


「そろそろか……」


 城外に騎士たちが出てきたのを確認した魔王は、すでに殺した勇者への不満などは脇に置いて、新たな勇者の到着が近いことを知る。

 

 食堂へと続く廊下には、2人の足音が響き渡っていた。1人は軽快な足音を鳴らすラミー。そしてもう1人は、地面を蹴るような力強い足音を鳴らす、96代勇者。2人の足音は、食堂で勇者を待つ魔王の耳にも届く。


「この部屋で、ぜひ勇者さんに会っていただきたい方がいるんです」


 いつの間に定まってしまった、いつもと同じ文章を口にするラミー。彼女はいつもと同じく、食堂の大きな扉を開ける。そして魔王も、いつもと同じく立ち上がり、いつもと同じ言葉を口にする。


「貴様が96代勇者か」


 魔王の言葉はいつもと同じであった。しかし、魔王の心はいつもと違っていた。

 

 96代勇者の姿は、今までの勇者とは違う。96代勇者は女性であった。ただ、以前に4人の女性勇者を殺してきた魔王にとって、勇者が女性であることに違和感はない。だが今回の勇者の姿は、今までの勇者と決定的に違う部分がある。

 30人の勇者は皆揃って、暗い表情に太った体型、あるいはやせ細った体型の猫背、そして腑抜けた表情であった。ところが魔王の前に立つ96代勇者は、女性ながら背の高い、しっかりとした体つきで、背筋を伸ばし、凛とした視線をこちらに向けている。

 格好こそ短パンにスウェットという粗雑なもので、栗毛色の癖っ毛が特徴的な髪は乱雑にはねているが、整った顔つきはそれらを凌ぎ、力強い眼差しは魔王の期待を膨らませた。


「あの方が、勇者さんが倒すべき存在の魔王様です」

「あいつが魔王……ふぅ~ん」


 ラミーのいつもと同じ言葉に、いつもとは違う勇者の答え。彼女は特に混乱した様子もなく、魔王を睨みつけた。

 強気かつ不遜な態度に、ラミーは口を尖らせる。しかし魔王は、期待を胸に思わず口角を吊り上げ、早速マインドハックを仕掛けた。


 魔王が放ったマインドハックは、暗く不気味な影となって、勇者の頭の中へと侵入する。そして勇者の記憶と心を盗み出し、魔王のもとへと戻っていく……ことはなかった。勇者はマインドハックを無意識に妨害し、魔王から記憶と心を守り通したのである。


「ほお、我のマインドハックを阻害するか。素晴らしい」

「何言ってんの? ともかくあんたを倒せば、私の仕事はそれで終わりでしょ」


 一切の恐れもなく、平然と魔王に対し敵対宣言をした勇者。パリミル国王ですらできなかったことを、何の躊躇もなくやってのける勇者に、いよいよ魔王は大笑いする。


「そうだ! それこそが我と戦う者の心意義というものだ! さあ勇者よ、96代勇者よ! 我にその力を見せつけよ!」


 121年の人生ではじめて、自らと対等であると思える者の登場。魔王の喜びは頂点に達し、名乗ることも忘れ、彼は嬉々として左手を突き出し、ダークネスレイを撃ち放った。

 紫の稲妻を纏った黒い光線が勇者に襲いかかる。ラミーはすでにテーブルの下に隠れ、魔王は笑みを浮かべながら、ダークネスレイを放ち続けた。その時間は十数秒にも及び、テーブルクロスは舞い、暖炉の炎が揺れる。


 喜びのあまり、普段よりも強力かつ長時間のダークネスレイを終えた魔王。果たして勇者はどうなったのかと期待する魔王だが、彼の表情は一瞬で曇ってしまった。彼の目の前には、大きく破損した食堂の扉と、黒く傷ついた食堂へと続く廊下しかなかったのである。


「あれ? もう終わりですか?」

「残念ながらな」


 テーブルの下から、テーブルクロスを被るように頭を出したラミーと、あからさまに肩を落とす魔王。今までになく大きなため息をついた魔王は、失望にまみれた感情を吐露する。


「あれほどの気迫を見せながら、結局は灰も残さず消え去るか……」


 期待を裏切られ、意気消沈した魔王は、力なく天井を見上げた。するとどうだろう。天井には大きな穴が開いており、そこから人影が現れ、そして人影は、魔王の目の前に仁王立ちする。


「勝手に死んだ扱いしないでよね」


 人影の不機嫌そうな言葉。魔王は唖然とした。目の前に仁王立ちし、不遜な態度を魔王に向ける人影の正体は、勇者であったのだ。彼女はダークネスレイによって消え去ったのではない。彼女は驚異的な速さで、ダークネスレイを回避していたのだ。


 一瞬の驚嘆する気持ちが、魔王に隙を作った。勇者はそれを見逃すことなく、右手で魔王の左頬を殴りつけ、魔王はそのまま床に叩きつけられてしまう。

 床に叩きつけられたとはいえ、魔王が食堂の床に倒れたわけではない。勇者の殴打は、その程度のものではない。魔王は食堂の大理石の床を突き抜け、さらに階下の床をも突き抜け、4階の食堂にいたはずの魔王は、気づけば城のグランドフロア、玄関に倒れていた。


 蜘蛛の巣のようにひび割れた玄関の床に転がる魔王は、大理石の破片と土埃に覆われ、逃げ惑う城の使用人と、何事かと駆けつける騎士たちに囲われる。

 背中の痛みに耐え、再び立ち上がる魔王。突然のことに混乱する城の人間を横目に、彼は上に視線を向けた。4階の食堂までが一望できる大きな穴が頭上に広がる。


 魔王が穴を見上げてすぐに、穴から勇者が飛び降り、凄まじい衝撃と轟音と共に、彼女は魔王の前に立ちはだかった。


「素晴らしい。我は貴様のような勇者を待っていたのだ」


 対等な存在がいることへの歓喜が、魔王にそのような言葉を口にさせる。しかし勇者の返答は単純なものであった。彼女は魔王の顎に向かって、強烈な右アッパーをお見舞いしたのである。

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