第1章2話 侵蝕されし共和国

 西方大陸人間界に存在する23の国。このうちの18の国を支配するのが共和国だ。その共和国の中で最も強大な国力を持ち、18人の王による合議制の共和国議会を事実上支配する大国が『パリミル王国』である。

 そのパリミル王国の王都が『ラミネイ』。街の中心に位置する小高い丘に建てられた、巨大かつ煌びやかなラミネイ城は、共和国議会が置かれる中枢である。同時に、勇者召喚を行うための『召喚の間』が存在するのもこの城だ。


 そんな共和国の中枢で、今日もまた、魔王はダークネスレイによって勇者を消し去る。そして再び、彼は大きなため息をつくのだ。ただし今日の魔王は、少しだけ上機嫌であった。


「おお! 我のダークネスレイを受けて灰を残すとは!」


 これには側で勇者が消え去るのを眺めていたラミーも、驚きの声を上げる。


「本当だ本当だ! 勇者の灰が残ってる! 魔王様、この勇者、今までの勇者の中ではかなり強いほうですよ!」

「そのようだな。共和国もまともな勇者を召喚できるではないか」


 本日魔王に殺された勇者は、95代勇者だ。94代勇者は先日、魔王の攻撃に灰も残さず消え去った。これで魔王が殺害した勇者は30人目。魔王の攻撃を前に灰を残した者は、12人ぶりの3人目である。


 素直に勇者を褒め称える魔王とラミーは、しかし勇者の灰を丁重に扱うなどということはせず、そのまま地面に放置し続けた。2人は久々の強者・・の登場に喜びはしたが、その喜びが虚しいものであることは理解しているのである。

 実際、灰を残すという大成果を挙げた95代勇者も、マインドハックの結果は魔王を失望させるものでしかなかった。


「それにしても、この勇者も今までの勇者と同じく、ハーレム生活とやらを夢見るオタク、ニート、性格破綻者の3拍子であった。なぜ、このような人材ばかりが勇者に選ばれるのだ?」


 魔王は30人もの勇者をマインドハックし、その記憶と心を盗み続けた。ゆえに彼は、日本国の政治体制からニートの生態まで、勇者たちの転移前の世界に関する、あらゆる情報を手に入れている。

 だが不思議なことに、勇者に選ばれるのは性別を問わず同じような者たちばかり。しかも必ずトラックに轢かれ死亡、こちらの世界に転移しているのだ。


 30人もの勇者を殺害しながら、まるで1人か2人しか殺していないかのような感覚に陥るほど、勇者に選ばれた者たちは同じような人間ばかりであった。それを嘆く魔王に対し、ラミーが顎に手を当て、首を傾げながら質問する。


「前に魔王様が言ってましたよね? 勇者たちの妄想には必ず共通項があるって。ええと……ええと……なんでしたっけ?」

「ライトノベル、ラノベだ。こちらの世界におけるおとぎ話の一種ではあるが、その形態は我々が思う物とはかけ離れている。勇者たちはこぞって、そのラノベの主人公と自らを同質のものであると思い込んでいるのだ」

「そうそう、そうでしたね。あれ? でもゲームとかいう玩具も、共通項って言ってませんでしたか?」

「それも間違いではない。ラノベの主人公に自分を重ね合わせる者は、総じてゲームを好む者ばかりだ。そもそも、ラノベの内容自体がゲームに似通っていることも少なくない」

「へぇ~」


 勇者たちから盗み出した記憶、そこから魔王が読み取った、勇者たちの共通項。ラミーは未だに理解しきっていない部分があるが、彼女も彼女なりに理解する努力はしている。

 ここまで話して、魔王はいつもの大きなため息をつき、苦虫を噛み潰したような表情で、不満に覆われた言葉を口からひねり出した。


「問題はラノベではない。オタクやニートも問題ではない。それだけならば、あやつらも少しは立派な勇者になれたであろう。問題は、30人の勇者全て、夢と幻想に溺れ、色欲にまみれた、醜い性格破綻者ばかりということだ」


 今までに殺害してきた勇者を思い出し、魔王の怒りは徐々に増してゆく。


「あやつらは皆、自分を過大評価し、魔王を倒すという最大の目的よりも、自らの色欲を満たすためのハーレム生活とやらを望んでいた。目の前で一国の王が世界を救ってくれと願っても、あやつらは皆、自らの欲求を優先することしか考えてはいなかった」

「いきなりこの世界に飛ばされて、混乱していたんじゃないですか?」

「我も最初はそう思っていたが、あれは違う。あやつらは自らに与えられた力に喜び、欲望のままに動き、他人を見下すだけで、強大な力に伴う使命を自覚した者は、1人としていなかった」

「なるほどなるほど、自分本位な人たちばかりと」

「そうだ。ついでに、30人全員が、お前に色目を向けていたぞ。女も含めて」

「あ……やっぱり……。なんか勇者のみなさん、私を見てニヤニヤしてましたからね」


 こうなると、もはや2人とも苦笑することしかできなかった。いつになったら、魔王と互角に争える勇者が現れるのか。魔王はまとも・・・な勇者を求めている。

 どのような勇者であれ、魔王は勇者と戦わねばならないのだ。それは魔王一族に伝わる『魔王学』という教えによって、魔王に刻まれた信念のひとつだ。魔王学曰く『人間は魔族の脅威であり続け、勇者は魔界の最大の敵』なのである。


「なんということだ……今回の勇者もまた、魔王に殺されてしまうとは……」


 魔王とラミーが苦笑する間、多くの護衛を引き連れ食堂に訪れた1人の老人が、床に放置される無残な勇者の灰を見て、そう絶望する。彼こそが共和国の事実上の支配者、パリミル国王である。

 肩を落とし、背中を曲げ、赤いマントを引きずりながら、皺だらけの顔を曇らせる国王。そんな彼に魔王は、背の高さも相まって、テーブルを挟んだ先に立つ国王を見下ろし言った。


「パリミル国王、ひとつ忠告だ。勇者を召喚することは、我に対する立派な敵対行動であるぞ。今のお主は、全ての勇者が我の足元にも及ばぬ脆弱者であったからこそ、その首が繋がっているのだ。そのことを、忘れるな」


 食堂に響き渡る魔王の低い声、明確な殺意に光る切れ長の瞳、微動だにせぬ表情。国王を護衛する騎士たちですら、足を震わせ、魔王を恐れる。

 だが国王は、これでも国王だ。彼は魔王に対し、はっきりと反論した。その内容は、国王にしては小物であったが。


「仕方がなかろう! 南部派閥の王の連中が勇者を召喚しろとうるさいのだ! 奴らを黙らせ、予に従わせるには、勇者を召喚するしかない!」


 要は事なかれ主義で政敵に対し泣き寝入りをしている。パリミル国王の反論の趣旨はそれだけだ。共和国の事実上の支配者にしては、哀れな内容。そんな彼に、ラミーはさらに追い討ちをかける。


「魔王様に逆らったって、王様に将来はないですよ。私たちはいつだって、あなたが2万人の共和国兵士を一瞬にして失ったこと、暴露できますからね」


 半年前、魔界と人間界は停戦中ながら、パリミル国王は魔界牽制のため、2万人の兵士を独断で派兵した。ところが彼らは、魔王の攻撃により、一瞬で、跡形もなく消え去った。

 共和国軍は多国籍軍だ。それを独断で動かし、全ての命を守れなかったパリミル国王の責任は大きい。政治生命すら断ちかねない大事件。国王はこの事件を、今に至るまで隠蔽している。

 しかし、当然ながら2万人の兵士を消し去った張本人である魔王には、真相を隠すことはできない。魔王はこの事件の真相を国王の弱みとし、パリミル王国中枢に潜り込み、国王を傀儡としているのだ。


「そういうことだ。南部派閥に泣き寝入りするか、我に泣き寝入りするか、選ぶのだな」

「私からも忠告。魔王様は怖いですよ~」

「クッ……小僧と小娘が……!」

「勘違いするでない。我もラミーも、お主よりも長く生きている。さあ、我に従うか従わぬか、選ぶのだな、小僧」

「……分かった。魔王よ、予はお主に従う」


 人間界で最も大きな権力を持つ老人が、魔界で最も大きな権力を持つ男に、頭を垂れる。国王の周りに立つ政治家や高官、騎士たちは唇を噛み、それを見ていることしかできない。


 パリミル国王の弱みを握り、彼を傀儡とした魔王は、共和国高官の格好をしながら人間界の中枢に紛れ込む。そして彼の側近中の側近であるラミーは、メイド姿でその正体を誤魔化し、情報によって共和国の高官たちを締め上げる。

 現在の魔界と人間界は、魔王の父である先代魔王の遺産『南部地峡条約』により、無期限停戦中だ。しかし魔界と人間界どちらが勝者なのかは、もはやはっきりとしていた。

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