魔王は魔王の座を目指す
ぷっつぷ
第1章 始まり
第1章1話 願望
トラックに轢かれて事故死したことに、今の俺は感謝しかしていない。俺を轢いたトラックの運転手、ありがとう。自動車運転過失致傷罪で逮捕されるだろうけど、あんたは有能な人だ。
俺の名は
言っとくが俺は、決して好きでニートをしているんじゃない。俺を見下すクソ親や腐った大人たち、そんな奴らと同じにならないよう、染められないよう、自室で耐え続けていただけだ。奴らのせいで、俺は5年間も自室にこもることになったんだ。
俺の唯一の居場所はネットやゲームだけ。そこだけが、ラノベの主人公のような、本来の自分を解放できる。そして待ち続けた。いつか俺のターンがやってくると。
そんな不幸な俺に、ようやくチャンスが訪れてた。
今日は数ヶ月ぶりの外出をした。そしたら、家の玄関から200メートルのところでトラックに轢かれた。死の間際、視界がスローモーションになる中で俺は、やっぱり家の外に出るべきじゃなかったと思っていた。神は俺を憎んでいるんだろうなとすら思った。
でも、トラックに轢かれ意識が飛んだ次の瞬間には、俺はローブを着た男たちに囲まれ、謎の地下室にいた。まるでラノベの異世界転移のような状況。混乱する俺に、ローブを着た男の1人がこう言った。
「93代勇者よ。汝は神に選ばれ、強大な力と魔力を宿し、この世界に転移した。勇者よ! 93代勇者よ! 我ら人間界を魔王から救いたもう!」
そう、俺は勇者に選ばれたんだ。神は俺を祝福してくれたんだ。19年の人生が辛く暗いことばかりだったのは、この時が訪れるための、いわば幸福度のバランス調整だったんだろう。俺はようやく、
93代勇者になった俺は、ローブを着た西洋風の男たちに案内され、立派な玉座の間に案内された。今まで漫画やアニメでしか見たことがなかった、中世ヨーロッパの絢爛豪華な城を、俺は勇者として歩き、玉座の間に立ったんだ。
今までは俺を見下すことしかできなかった無能な大人たちが、本当の俺を知り、俺を仰いでいる。クソ政治家どもでさえ、俺よりも下の立場にいる。最高だ。
玉座の間は、広さ的には学校の体育館、豪華さ的にはファンタジーの城そのもの。俺は通路の真ん中に立たされ、偉そうな老人や、白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが俺の周りに立っている。そして目の前にある玉座には、この国の王がいた。
しかし王の顔は見えない。俺と王の間は薄いカーテンに遮られ、王はその姿を隠しているのだ。まるで住む世界が違うと言わんばかり。やっぱり権力者はみんな腐っている。どうせこの王も無能なんだ。いつか俺が王を殺して、この国を救ってやろう。
「予はこのパリミル王国の王である。そなたが93代勇者か。突如としてこのような世界に召喚され、戸惑っていることだろう」
しゃがれた老人のような声。こんな普通の奴が王だなんて、この国は大丈夫か? 無能に支配される奴らが可哀想だな。
とはいえ、王の言葉に何て答えるべきか。人生はリセットされ、俺は本来の姿と立場を手に入れたんだ。これからの俺は、正真正銘の勇者。無能どもとは違うことを教えてやるか。
「戸惑ってる? 俺はお前たちのような無能じゃない。馬鹿にするな!」
数年ぶりの大声。果たして周りの反応はどうかと思えば、みんな呆気にとられた様子。きっと俺の大胆さに驚嘆してるんだろう。
「これは……頼もしい勇者殿だ。では内務大臣、勇者殿に我々の世界の現状を教えてやりたまえ」
「はっ。それではまず最初に、我が人間界と魔界の位置関係を説明いたしましょう。この世界には2つの大陸が存在し、西方大陸が我ら人間界、東方大陸が魔界となっております。両大陸は大洋によって別け隔てられておりますが、南部では両大陸が細く繋がり……」
いわゆる世界観の説明ってやつか。正直、ラノベだとこういうのって退屈なんだよな。しかも読んだところで、だいたいどれも同じっていうね。
内務大臣とかいう無能の言いたいことは、聞かなくても分かる。結局、昔から人間と魔界は戦争してて、人間は魔王に苦しめられてるから、勇者様お願い助けて、ってことだろう。
魔王討伐となると、大事なのは仲間であり、俺を取り囲むヒロインの存在。メインヒロインは誰だろうか? ハーフエルフの美少女? ツンデレな女騎士? 寡黙で心優しい魔法使い? どれでも俺は大歓迎だ。
ハーフエルフの美少女をメインヒロインとして、俺が彼女を支え彼女は俺に恋をする。女騎士は俺の前だけでは女として振る舞い、俺に甘えてくるツンデレ。そして魔法使いは、黙って俺を見守り、時には俺の支えとなってくれる。で、いつしかみんなと……。
よし! これで行こう! これに馬鹿な女どもや奴隷を加えて、俺はハーレム生活を楽しむ! 毎日毎日がハピネスパラダイスだ! さらに幼女を追加して、ハーフエルフの美少女と擬似夫婦生活ができれば、なお良し!
「以上が、人間界の現状であります」
あ、内務大臣の話、何も聞いてないうちに終わっちゃった。まあいいや。どうせ無能たちが「勇者様助けて」っつうだけだ。世界はハーレム生活ついでに救ってやる。
「次に、勇者様の強大な力について説明いたします。勇者様は光属性と呼ばれる魔力を宿しており、これは常人をはるかに超えた魔力を保持し、すべての属性魔法が使えるというものです。さらに筋力も常人のそれを凌ぎ……」
キタキタキタ! 俺Tueeee状態! レベル1なんて俺には似合わないからな。最初からレベル99のチートこそ、本当の俺の姿だ。
ちょっとした魔物なんて相手にならない。将来的にこの無能な王をぶち殺す時も、チートは助かる。ヒロインたちを守るのも簡単だし、罪を犯したり奴隷を飼ったりしても、誰にも文句を言わせずに済む。もう良いことばっかりだな。
ホント、トラックの運転手に感謝だ。毎日本当の俺を隠し続け、クソ親の大きなため息を聞き、無能な大人たちに白い目を向けられ、弾圧される日々はもう終わりだ。俺は勇者になったんだ。これからは好き放題にさせてもらう。
「説明は以上となります」
「うむ。勇者殿、内務大臣の説明に、不満はないか?」
不満? 不満なんかあるはずがない。俺は勇者だぞ。
「不満なんかないね」
「そうか。それでは……」
「国王陛下国王陛下、よろしいですか?」
王が次の言葉を口にしようとするが、彼の話は、メイド姿の少女による、おっとりとした声に遮られてしまった。政治家たちや騎士たちの中で、1人だけ異質な可憐な少女が、前に出る。
「そろそろ勇者さんを連れて行っても良いですよね?」
「う……ううむ……」
「良いですよね?」
「……仕方あるまい。連れて行け」
「ありがとうございます」
王からの許可を得たメイドさんは、俺のすぐ側まで近づいてくる。彼女が一歩一歩近づくたびに、甘く良い匂いが俺の鼻をくすぐった。
「じゃあ勇者さん、一緒に来てください」
真っ白な肌に赤みがかった長い髪、紫色の瞳。西洋の妖精と言われても驚かないような可愛らしい見た目。しかしどことなく漂う怪しい雰囲気。そんな美少女が「一緒に来てください」と。俺の胸は、心臓発作を起こすんじゃないかというぐらいに高鳴っている。
「もちろん」
「ではこっちですよ。離れないでくださいね」
俺の言葉に笑顔を浮かべ、俺を城のとある部屋に案内するメイドさん。いやぁ、こんな可愛いメイドさんに言われたら、どんな状況でも付いていっちゃうな。
そうか! この娘こそが俺のハーレム生活のメインヒロインなんだ! ハーフエルフや女騎士かと思ったが、メイドかぁ。そうだな、後々『あんなこと』や『こんなこと』もやってもらおう。
これからこのメイドさんと旅をして、俺のチートなパワーで魔物を捻り潰し、各地で美少女を救い、夢のハーレム生活。ついでに魔王を倒して世界を救い、俺は英雄になる。これは、俺の決められた未来だ。
「この部屋で、ぜひ勇者さんに会っていただきたい方がいるんです」
ふかふかの絨毯が敷かれた、大理石を多用する城の廊下を歩き、辿り着いた白く大きなドアの前で、メイドさんはそう言った。そして彼女は、そのまま扉を開く。
ゆっくりと開かれる扉。徐々に見えてくる部屋は食堂なのか、白いテーブルクロスの敷かれた大きな縦長のテーブルが、部屋のど真ん中に置かれている。
しかし俺は、テーブルの先で立ち上がった、シルバー色の短髪の若い男から目が離せなかった。彼は政治家たちと同じく黒いスーツのような格好をしているのだが、比較対象がいなくても分かるほどの背の高さと、全てを押しつぶすような異様なオーラを感じる。
「貴様が93代勇者か」
男の低い声が、ただでさえ男のオーラの前に怯える俺の心を握り潰そうとしてくる。なんなんだコイツは? 一体何者なんだ? 少なくとも、危険な香りがするのは確か。
「あの方が、勇者さんが倒すべき存在の魔王様です」
メイドさんが男の正体を口にしたが、俺は信じない。だって、ここは始まりの城だぞ! ここからいろいろと準備して、メインヒロインと出会って、それで、それで……。
焦りと恐怖で俺の頭は真っ白だ。でも、なんだろう、真っ白なはずの頭に、真っ黒な影が入り込んでくるような感覚がする。これは……。
*
ここまでが、闇属性魔法『マインドハック』によって魔王ルドラが得た、93代勇者の心と記憶だ。魔王は93代勇者の、生まれてから今までのすべての記憶を盗み出し、彼の心をも読み取っていたのである。
93代勇者のすべてを知った魔王は、目の前で立ちすくむ彼の姿と合わせて、大きなため息をついた。そもそも、光属性を宿しながら、闇属性のマインドハックによって容易に心と記憶を盗まれている時点で、この男の力量は見抜けてしまう。
しかし、相手は勇者だ。彼は魔王の宿敵となる存在なのだ。魔王は左手を突き出し、勇者に宣言する。
「我こそが魔王、魔王ルドラである。さあ勇者よ、貴様の力を我に見せてみよ」
百聞は一見に如かず。勇者の力量を正しく認知するには、実際に戦ってしまうのが最も早い。魔王は宣言と同時に、突き出した左手の掌から、紫の光を纏う、闇夜よりも暗く黒い光線を、勇者に向けて放った。
魔王の闇属性魔法『ダークネスレイ』は、今の状況を理解できず、ただ突っ立っていることしかできない勇者に、一方的に襲いかかった。勇者は光線の闇に包まれ、その肉体は細かく分解され、焼き尽くされ、彼の儚い〝ハーレム生活〟の夢も、この世から消えさる。
数秒程度のダークネスレイを終えた魔王は、つい先ほどまで、にやけた顔に小さな声、猫背のみすぼらしい勇者が立っていた場所に視線を向け、再び大きなため息をつく。そこには、何も残されていなかったからだ。
「魔王様魔王様、今日も勇者の撃退、お疲れ様です」
ダークネスレイが勇者の肉体を消し去る間、廊下の陰に隠れていたメイドの格好をした少女が、魔王の前に姿を現し、そう言ってぺこりと頭をさげる。彼女の名はラミー・ストラーテ。ヴァンパイア族であり、魔王の侍女であるのだが、魔王の側近中の側近でもある。
「疲れるほどのことはやっていない」
勇者のあまりの呆気なさに、魔王はそう言いながら3度目の大きなため息をついた。これにラミーは苦笑し、すぐに魔王に質問する。
「これで、殺した勇者は何人目ですか?」
「28人目だ。いつになったら、我と互角に戦える勇者が現れるのやら」
魔王は窓の外に広がる人間界の大都市を見下ろし、本日4度目の大きなため息をつくのであった。
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