第15話 色にまつわる虚と実のお話
◇
「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」
川端康成さんの『伊豆の踊子』、冒頭の名文です。
先日、カメラを手にこの
上を見上げると、葉っぱが透過光に輝き、緑のトンネルには天然の日傘のように優しい光が立ちこめている。
思わずシャッターを切り、美しくも、どこか優しさを感じる光景を写真に収めることができました。
私たちが色を認識するシステムは、モノに光が当たり、その反射した光が私たちの目を通して脳に投影されて認識をします。
この色を認識するシステムについて、ミシェル・パストゥローの『ヨーロッパの色彩』(石井直志・野崎三郎訳、1995年、パピルス)には、次のように書かれていました。
「この私たちの目に代わって記録装置(カメラやビデオ)が用いられると、多くの物理学者や化学者はその記録された色彩も色と考えるが、哲学者や人類学者は光だと考える」(要約・p35)
はたして写真に記録された色彩は、色なのか、光なのか?
そして、現像された色は、はたして本当の色なのか、虚色なのか?
写真を撮る人にとっては、興味深い問題ですね。
◇
続いて『ヨーロッパの色彩』から、
パリの大きな画材店。油絵の具売り場の責任者は、お客さんに色名の書かれていない色見本を見せて絵の具を選ばせているそうです。
お客さんはそれを見て色を選ぶ。ところがその後でその名前を教えると、とたんにその絵の具はいらないということがあるそうです。(要約・p38)
自分で欲しい絵の具を選んでおいて、名前を聞くやいらないという。なぜそのようなことがおきるのでしょうか?
ミシェルがいうには、絵の具の名前を聞いた途端に、記憶にあるその色が呼び出され、色見本を上書きしてしまうからだそうです。
少しややこしいですが、カメラ趣味の方は記憶色に調整することといえばわかるかもしれませんね。
撮影した写真の色と、記憶にある色との異なり。
現像の際に、彩度やホワイトバランスなどを調整して、記憶にあるその色に近づけたりします。
同じことが絵の具売り場で起きていたというわけです。
これもまた、色をめぐる虚と実のエピソードといえましょうか。
◇
そもそも色という言葉は、古フランス語・中世フランス語では、
「色という語はうわべ、
であるそうです。
またフランス語は、動詞コロレ(colorer)とコロリエ(colorier)を注意深く区別しているそうで、こういう区別は英語にはありません。
コロリエは、単純に表面に色を塗ること。
コロレは、ある色をあたえることであり、同時に特に色合いを加えること。
そのためコロレには数多くの
「輝き、生彩、活気をあたえる、あるいは化粧する、美しくする、独創的にする、魅力的にする」(同)
なるほど、単に塗ることと与えることの違い。芸術を大切にする国の方は、本質的な意味の異なりをきちんと言葉に表しているわけですね。
お化粧がコロリエであれば、そのお化粧は単なる虚になってしまうでしょう。
ですが、コロレであれば、そのお化粧はその人の決意や願いが込められているといえるのではないでしょうか。
◇
さて色にまつわるお話を最後にもう一つ。
結婚式の時に白いウェディングドレスを着ることは、結婚前の行いが純潔で清らかだったこと、差し出された白百合であることを宣言するものでした。
ミシェルは言います。
「ドレスの白さは、花嫁が〈白いガチョウ〉であるというのではなく、つまりその純真さ加減が愚かな世間知らずの馬鹿と同じだというのではなく、純潔で清らかな、差し出された白百合であることを意味していた」(p41)
ところが白いドレスになる前、ずっと長い間、花嫁のドレスは赤色だったそうです。白は純潔と処女性のシンボル。聖書の文化伝統です。それなのになぜ赤色のドレスだったのか。
その理由は、花嫁の義務としてもっているもののなかで一番きれいなドレスを着たことにあるそうで、当時の染料と染色技術の関係で、ほとんど決まって赤いドレスだったのです。(要約・p42)
赤いドレスは、結婚の喜びを純粋に表すドレスだったのでしょう。自分の持っている最高のもので、愛する人と結ばれる結婚式に臨む。
その花嫁の思いは、白のドレスであろうと赤いドレスであろうと変わりはありません。
この白いドレスについての虚と実は……。書けないですね。自分も自信ないので。
◇
さて、色をめぐる
たまには
自分を勇気づけるためにする化粧だってあります。
コロレ=単に色を塗るのではなく、色を与えるのなら、きっとその
だから虚も実も大切なんじゃないかな。……もちろん、不誠実な虚は除いてだけど。
※川端康成『伊豆の踊子』は名作です。ぜひお薦めします。角川文庫でありますよ。
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