第8話 紫苑

「無造作に置かれている本が、何か関係してるんですか?」


置かれた3冊の本を音が手に取り、ぱらぱらと中を見始める。


「ああ、なぜここにこんな本が置かれているんだろうと思って、

 こっそり本を読ませてもらってたんだが、今昔物語の中にこんな逸話があるんだ。

 亡くなった父親の墓に紫苑を毎日欠かさず備える事で

 能力が授けられたと」


「それじゃあ、樹君があの紫音を毎日入れ換えていたのは、

 徐々に失いつつある魔法の力と」


「立夏ちゃんを元に戻る事を願って、俺は紫苑を捧げていたんだ」


魔法使いが毎日かかさず捧げた紫苑の花。


俺はその効力に期待をしたいが、1つだけ気になるのは……。


「それなら立夏先輩は戻れるんですね!」


「これで夏休み中に7名全員が揃うし、万々歳じゃないですか!」


青葉と音が声をあげて、喜びの声をあげる。


「まあそうだと良かったんだけどな」


しかし樹は反対にささやく様な声でそう言うと俯いてしまう。


「なにか問題があるですか?」


毛利も部の存続を喜んでいたので、複雑な表情でそう問いかける。


「魔法使いには厳しい末路が待ち受けているらしい、ね…」


「ご名答。さすがオカ研最強の部長だな」


俺もそれは引っかかっていた。


俺達は魔法使いの事は噂レベルでしか分からないが、

樹の表情が冴えない所を見ると、簡単に終わる訳ではないのだろう。


「樹、末路について知っている事は?」


「いや、俺も他の魔法使いに会った事がある訳じゃないから、

 同じような情報しか知らないが、今自覚できるのは、

 魔法の力が落ちてきてる事と、視力が極端に落ち、

 左手の痺れがある事だな」


魔法の力だけでなく、体にも支障が出てきているのか。


他の魔法使いと接触が無いならば、正確にはこの後どうなるかは

分からないって事だろうが、俺にはある考えがあった。


「俺の考えが正しければ、立夏が『消えた』のは別空間に閉じ込められただけで、

 魔法使いの制約である『存在自体を消す』とはまた違うと思うんだ」


「そうかもしれないわね。もし存在自体を消されたのなら、

 立夏ちゃんがこの世にいた事自体が消える事になるので、

 私達の記憶からも抹消される可能性が高い」


ただこれもあくまで仮説、あくまで俺達が持つ「願望」だ。


仮説を真実に変えるには、立夏をこの旧校舎から連れ出して、

立夏も樹も無事でいられるかを試してみるしかない。


「今俺達にできる事は正直1つしかない。

 ただそれには危険が付きまとうので、二人にはどうするか決めてもらいたい」


「瑛太の考えに私はいつもついてきてたし、瑛太を信じている。

 だから私は瑛太の考えに乗りたいかな」


「俺も瑛太に従うつもりだ。この1年、ずっと1人で考えてきたが、

 問題を解決する方法が俺には思いつかない。

 だから、瑛太。勝手な願いになるが、よろしく頼む!」 


「勝手なお願いじゃないぞ、樹。

 立夏も俺にとって大切な人だが、樹も俺の大事な友達、だからな?」


「瑛太……おまえかっこよすぎだろ。

 こんなやつに俺が勝てる訳がないじゃないか」


樹は深々と頭を下げて「よろしく頼む」と考えに了承してくれたため、

立夏を旧校舎から連れ出す案を、みんなに話した。


「乃木坂先輩の言う通り、ここから抜け出す事が可能なら、

 何とかなりそうですね!」


「そうだね。まだ影響下にある状態なら、

 ここから立夏先輩は出られないだろうし」


青葉と音がそう言って同意してくれるが、毛利だけは慎重に事を考える。


「でも、乃木坂先輩が言ってたように危険が付きまとうのは確かですね。

 出られないだけなら、また他に方法を考えればいいんですが、

 外に出られた後、時森先輩がまた消えてしまう可能性がありますよね。

 間宮先輩も無条件で安全と判断するのは危険ですね」


「毛利の言う通りなんだ。外に出られた時のリスクが

 どうしても排除できない」


「でも、大丈夫じゃないかな?」


「立夏、何か大丈夫そうな根拠があるのか?」


立夏の発言に迷いがなかったため、理由を聞いてみる。


「ううん、特に無いよ。ただ瑛太を信じてるからきっと大丈夫なはず!」


「ああ、そうやって楽観的に考えるのが立夏だったな……」


「いや、俺もさっき言ったように瑛太の考えで何とかなると思うから、

 今から外に行こうぜ!」


樹の言葉を聞いて光希部長、青葉、音、毛利も大きく頷く。


「全員同じ気持ちみたいだし、外に出られるか試してみよう!

 みんな簡単な身支度をして、廊下に集合だ!」


それぞれ心配な気持ちもあるだろう。


でも、今は決断すべき時だ。


とりあえず廊下に出る前に倒れた椅子を直していると、

立夏に声をかけられる。


「瑛太、ありがとうね」


「いや、この1年ずっと立夏を助けたいと思っていたんだ。

 それが実を結ぶかもしれないのに、こんなところであきらめる訳にはいかないだろう?」


「瑛太……結婚してくださいっ!」


唐突に立夏が凄まじい事を叫んだため、

部員みんなの視線がこちらを向いて、俺の元に駆け寄ってくる。


「乃木坂君、おめでとう!」

「乃木坂先輩、おめでとうございます!」

「瑛太、おめでとう!」


みんな声を揃えて祝福してくれるが、


「いやいや、俺はまだ17歳だから結婚できないっての!

 と言うか付き合ってさえいないのに、結婚ってありえないだろ!」


「瑛太、私とじゃ嫌なの……?」


立夏は瞳をうるうるさせながら、じっとこちらを見つめてくる。


「嫌じゃなくてむしろ嬉しくはあるが……とにかく!

 立夏も俺の事を思ってくれてたのは分かったから、

 まず付き合ってみてだな……」


「私もって事は瑛太も私の事が好きって事かな?」


「ま、まあな。俺も去年合宿が終わったら告白する予定だったからな」


今回の件で1年遅れてしまったが、やはり俺は立夏と一緒にいたいんだ。


「だから、立夏……俺と付き合って欲しい」


「うん……もちろんYESだよっ! 私も瑛太が大好き!」


立夏が思い切り抱きついたため、手を回して強く抱きしめるが、

すぐに部員全員が周りに集結しているのを思い出し、ぱっと離れる。


「やっぱ、この二人に付け入る隙はないみたいだな。な、青葉?」


「いえ、まだ分かりませんよ? 実際に付き合ってみたら

 お互いの気になる部分が見つかって別れるケースもありますからね。

 なので乃木坂先輩が卒業するまでは諦めません!」


青葉はなんて事を言うんだ……光希部長なんて口を開けたまま

呆れかえっているじゃないか。立夏もあんな事言われて……。


「ううん。私と瑛太の結びつきは誰にも引き剥がせないよ!

 例えそれが『魔法』だったとしてもねっ!」


「はは……よく立夏は真顔でそんな恥ずかしい事言えるな……。

 ま、脱線はこれくらいにして、外に行こうぜ。

 みんなの想いと強い結びつきがあれば、

 今回の件も乗り越える事ができるはずだからな」


そう言って部員達と顔を合わせて互いに頷き合うと、

部室を出て旧校舎の入り口へと向かう。

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