第6話 掴んだ尻尾

「……」


樹は何の言葉も発せられないようで、無言のまま下を向いている。


「立夏はまだ見つかっていないと聞いてるけど、

 去年の事件に樹君が何か関係あるの?」


「前々から樹が事件の話題を避ける事を不審に思い、

 時々樹の後をつけさせてもらってたんだが、

 なかなかぼろを出さないし、立夏に繋がる情報も得られなかった」


そう、樹に気づかれずに後を追っても何の手がかりも得られなかったんだ。


「乃木坂先輩が時々忙しそうにしてるなーと思ってたら、

 そう言う事だったんですね」


「ああ。でも昨日になってやっと樹がボロを出した。

 きっかけは心を乱した状態で落下した鉄筋を停止させたからだ」


「停止させたって……え、まさか樹君が魔法使いって事!?」


光希部長の言葉で室内がシーンと静まり返った。


まさか世界に魔法使いが複数いるとはいえ、

こんな身近にいるとは誰も思わないだろう。


「そう。前々から旧校舎が壊される事などで心を乱していた所で、

 鉄筋が落下すると言う予想外の出来事が起きた。

 そのせ、慌ててたんだろうな。さすがに魔法使いだけあって

 樹の停止行動を目視できた訳ではないが、ある重要な手がかりを

 店に残していったんだ」


「ある重要な手がかり、ですか?」


いつも落ち着いている音も動揺を隠せないのか、身を乗り出して聞いてくる。


「さっき見た20秒の動画に俺が映っていたが、あれは樹の後を追って、

 伏谷市街区の花屋に近づいた時の映像だったんだ」


「いや、あれは墓参りに行くために花を買っただけだぞ?」


樹は苦し紛れにそう言うが、その回答は誤りだ。


「でもな、樹。墓参りのための花なら、菊とかりんどうの花を買うはずだ。

 でも樹が買ったのは、そう……あそこの花瓶に刺されている『紫苑』の花だったんだ」


「先ほど話してくださった乃木坂先輩が花屋まで追いかけてた人物、

 樹先輩が紫苑を入れ替えていたと言う事ですね」


青葉も話が飲み込めたようで、落ち着いた口調でそう言って、

紫苑の花に視線を送る。


「あの紫苑が花瓶に刺されるようになったのは、去年立夏が消えた後。

 俺はそれが無関係だとは思えなかったので、朝早く学校に来たりも

 してたんだが、さすが魔法使いと言う事もあって、その姿を見る事はできなかった」


「なら、乃木坂が見たって言う証言だけで、

 実際は何の証拠もないって事じゃないか?」


樹は強気でそう言いながらも、顔には冷や汗が浮かんでいる。


「確かに秋の花である紫苑の花を入手できるのが、

 ここらでは伏谷区の花屋だけと言うのは状況証拠にはなるが、

 それだけでは弱すぎる。だが、偶然起きた落下事故の恐らく

 前兆を察知した樹が紫苑の花を手にしたまま慌てて店を出た時に、

 キンエボシを持った店員とぶつかって地面に倒れこんだんだ」


「キンエボシって何? それにぶつかったとしてそれが証拠になるの?」


光希部長が疑問に思うように、キンエボシと聞いても、

ピンと来る人間は少ない。


たぶん知っているとしたら、音くらいだろう。


「キンエボシと言うのはサボテンの1種で、

 針が刺さるとかぶれを起こす人がいるんです」


「かぶれを起こす……って学校に来てから樹先輩が手を掻いていたのは、

 そのためですか!?」


「そうだ。ちなみに店員にぶつかった人の名前や紫苑の購入について聞ければ、

 一番良かったんだが、やはり顧客情報なので教えられないとの事だったな」


今の時代、お客の情報は教えると何かと問題になるからな。


「乃木坂君の言うとおり、名前は教えてくれないでしょうね。

 紫苑に関しても時期がずれているにも関わらず

 用意してくれていた事を考えると、樹君に事情がある事は分かるだろうし」


「……確かに手のかゆみはキンエボシによるものだ。

 紫苑の花を買って花瓶に入れ替えていたのも俺だ。

 ただそれで俺が魔法使いと断言する理由としては少々温いんじゃないか?」


「……オレンジジュースが減っていた事に関係するのでしょうか?」


毛利が恐る恐る目撃したオレンジジュースの事を口にする。


「そうだ。あの時はまだ確証がなかったので、毛利に気づかれた時は慌てたが、

 今は自信を持って言える。旧校舎に入った時に樹が血相を変えてトイレに逃げ込んだ事。 オレンジジュースがなぜか減っていた事。青葉と見詰め合っていた時に何かに

 突き飛ばされた事。それらを含めると答えは1つしかない」


「この建物に立夏がいて、樹君にはそれが見えている、って事かな?」


光希部長がそこまで言うと、樹は突然走りだし、

ドアノブに手をかけるが、開けられずガチャガチャと大きな音を立てる。


「樹、みんなが部室に入った時に俺が鍵をかけたから外には出られない。

 魔法を使わない限りな」


「樹君がトイレから戻る前に、乃木坂君が部室の鍵を貸してって

 いきなり言ってきたから何をするかと思ったけど、

 これを想定しての事だったんだ……」

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