第5話 動揺

「どうしたの? 急に立ち上がって?」


「凄い冷や汗です。

 今日はいつもより口数も少ないですし、寝不足で体調が悪いですか?」


動揺を隠せず立ち尽くしているその人物に、

光希部長も青葉も心配して声をかける。


「合宿も大事かもしれませんが、体を壊すのは一番よくありません。

 無理せず帰った方がいいですよ」


「もし歩くのが困難なら途中までついて行きますよ、先輩」


みんなに優しい言葉をかけられても、その人物は逆に苦しそうな表情を浮かべて、

虚ろな表情でこちらを眺めている。


「ただ体勢を崩して、大きな音を立ててしまっただけだから、気にしないでくれ」


樹はそう言い放つが、やはり顔色が優れない。


「まあ確かにそうなんだけど、顔色も悪いし、何かおかしいわよ?」


「そうだな……すまん、寝不足でやはり調子がいまいちなようだ。

 念のため保健室に行ってくるよ」


樹はそう言いながら、ふらふらとした足取りで部室の入り口に向かって歩いていく。


「樹、ちょっと待った。

 さっき動画検証を開始する前に俺の左の机を見ていたけど、何かあったのか?」


「いや、最後の合宿だし、みんな揃って参加したかったなと思って見ただけだよ」


樹の奴、そう来たか。


でも、それでも俺は手を緩める気はない。


「それじゃあ、俺と青葉が見つめ合っていた後で、『なっ!?』って言ったのは?」


「あれは乃木坂と青葉が、俺の知らぬ間に

 親密な関係になっていたのかと驚いただけだよ」


いや、違う。


樹は青葉について、かわいい後輩としか見ていないし、

俺が立夏を好きなのも分かっている。


「そうか。でもな、去年から探していてやっと見つけた尻尾。

 だから決して離しはしない。いくら樹でもな」


「瑛太、さっきから何を言ってるのか俺には分からんのだが…」


気丈にそう振舞うが、樹は視線を外したままこちらを見ようとしない。


「校庭では聞く事ができなかったですが、去年ここで何があったのですか?」


「さっきは樹君に止められたから話せなかったけど、

 去年部室である部員が何の痕跡もなく行方不明になる事件があったの」


そう、事件について校庭で話が出た時は、下手に騒ぐと周りに迷惑をかけるし、

樹に逃げられる可能性もあったので、一旦打ち切ったが、光希部長の言う通りだ。


「去年の合宿の時は、部員が順番に部屋を出て、

 その人だけで残ってたはずなんだけど、戻ってきたら姿が見えなくなっていた。

 みんなで学校中を探し回っても見つからず、家の人に電話しても行方知らず。

 警察に通報して調べてもらったけど、誘拐された形跡もないし、

 失踪する理由も思い当たらない。だから事件としても成立せず、

 今は行方不明者の扱いとなっているな」


「そんな事があったんですか。その方の名前はなんて言うんですか?」


「名前は時森 立夏。俺の左の机に座っていた部員だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る