【士官】《具体的戦略の詳細確認》〈五ノ弐〉①

〈五ノ弐〉①

 周回軌道ステーションに到着したその足で僕たちは、二階の一画にあるコントロールルームに向かった。周囲に対してむやみに恐怖感を与えないよう、アサルトライフルは分解してスーツケースの中だ。コントロールルームには、膨大な数の機器やモニターが並んでいる。

「ステーションは回転していて、遠心力を利用した疑似重力が造り出されています。回転は他と独立したシステムで制御されています」

「脱出ポッドも独立してるわね」

「はい。脱出ポッドは一階の展望ラウンジに隣接しています。展望ラウンジは三階にもあって、どちらのラウンジからの景色も素晴らしいですよ」

 猫目猫耳の若い女性案内係は説明を続ける。

「宿泊施設は一般用、VIP用、共に一階にあって、各部屋の窓からは長時間、地球が見下ろせるようになっています・・・防犯カメラですか? 会議室のカメラは現在取り外されています。他の公的な施設や通路はすべてモニターされますが、宿泊施設、パウダールームは対象外です」

「会議が始まるのはいつ?」

「まもなく始まる予定です。既に出席者は会議室に集まりつつあります。会議が始まると終了するまで、特別な状況でない限り出入りはできません」

「今から会議室に行くわよ」

「ご案内しましょうか?」

「別にいいわ、地図は頭に入ってるから」

「各施設へお越しの際は、お客様の拡張現実にナビをダウンロードすることをお奨めします」

 会議室に向かう。

「さっきの子、あなたに気があるみたいよ。あなたばっかり見てた」

「可愛い子だったね」

「あんな子が好みなんでしょ」

 会議室に向かう通路にIDチェックの検問が敷かれており、以前の僕たちの後輩、ポール少尉がそこにいた。会議は既に始まっているようだ。簡単に挨拶を交わす。

「士官学校以来ですね、警備は万全です。羽虫の一匹だって通しやしません。お二人はお似合・・・」

 突然照明が落ち、数秒後に回復した。通路に設置された端末から、コントロールルームに問い合わせたが、繋がらなかった。先ほどダウンロードしたナビもフリーズしている。

「コントロールルームに様子を見に行ってくる。ポール、サイバーネット回線を開いておいて、定期的に状況を知らせてくれ」

 僕たちは再びコントロールルームに向かった。


 コントロールルームはちょっとした騒ぎだった。先ほどの女性案内係が息せき切ってやってくる。

「ステーションのシステムがコントロール不能になりました。今、ハッキングの可能性も含めて原因を調査中です」

 モニターもすべて落ちているようだ。

「ちょっと見せてくれ」

「しかし・・・」

「彼は情報戦のプロよ。正確には彼の愛人が、だけれど」

 僕は左腕の端末から無線ジャックを取り出して、ステーションのシステムに接続した。『ゾチカ』の走査はものの数秒で終わった。

『明らかに人為的なサイバー攻撃です。時限式のプログラムによって、システムが何者かに掌握されています。未知のシステム言語に上書きされて、暗号化されてもいます。ファイヤーウォールまで施されて難攻不落です』

「コンピューターウイルスを送り込んで、無線アクセスも見込んだシステム簒奪を試みてくれ」

『了解しました。進化型の指向性ウイルスのコーディネイトを始めます』

『ゾチカ』の言葉が終わるか終わらないかで、レイン大佐から連絡が入った。

「先ほどブラジルの人工衛星『サンクチュアリ』のレーダーが、『バベルⅡ』に向かう、識別番号不明のステルス型SSTO(単段式宇宙輸送機)を捕捉した。三十秒後にステーションに到達するぞ」

「ぶつかるってことかしら、秒読み、おねがい」

 僕たちはアサルトライフルを組み立てながら、ポールに連絡した。

「会議室の扉がすべてロックされて、内部の人間は動きが取れなくなりました」

「今、システム奪還の作業をしているから、宇宙港と脱出ポッドまでの両方の通路の安全を確保しておいてくれ。扉が開いたらVIPを誘導して、臨機応変に宇宙港か脱出ポッドへ移動、待機。SSTOが突っ込んで来たら大惨事だ。あと十五秒」

「対空用自動機関砲のシステムは?」

 ヴィルヘルが案内係に訊ねる。

「独立していません、現状では恐らく作動しないと思います」

「完全にしてやられたわね。そうとう前から準備されたテロだわ。これがランクE? 『オーバーロード』も使えないわね」

「彼らも全能じゃないってことさ、あと五秒、衝撃にそなえろ!」

 僕たちは身を伏せる。二、一、・・・ゼロ。予想した衝撃はなく、代わりにステーションがヴンと少し震え、上階で小さな爆発音がした。

「どうなったの」

「密閉爆破で突入口を開いたんだ。来るのは戦闘のプロだぞ」

「この上階ね。三階展望ラウンジかしら」

 ヴィルヘルが俯いて目を閉じている。突入口近くにいる一般客の電子脳をハッキングして、視覚情報をモニターしているらしい。

「ソランジュがいるわ」

「・・・ペインブリンガー?」

 ヴィルヘルは自分の電子脳から、映像を『ゾチカ』に転送してくれた。透けた白いレースのキャミソールドレス一枚以外何も身につけていない、十四歳くらいの金髪碧眼の少女が立っている。生まれたての天使のように、無垢で、圧倒的に美しかった。唯一自分の躰とほぼ同等の大きさの、あらゆる装飾を廃した、鉈のようなゴツイ剣を持っている。剣の刃は全体的に蒼い燐光を放っていた。ソランジュ・ペインブリンガー。苦痛を運んでくるもの。『血の十字群衆』最強の戦士だ。エジプトでの十字群衆幹部拘束作戦で、アメリカのグリーンベレー三個師団が、彼女一人に全滅させられた。結局アメリカは、幹部のアジト周辺を大々的に空爆する羽目になった。冗談のような話だが、ネット上のゴシップ系格付け機関、『パブリック・アーク』が選ぶ、最も戦闘能力の高い兵士十傑の一位がソランジュだ(ちなみにヴィルヘルは九位)。また彼女は別の理由で、現代で最も有名な人物だった。ソランジュは世界で初めて人間の精神的プロセスを、自意識までも持ち越す形で、生身時代のものから完全なコンピューティング回路基板に移植することに成功した、第一世代の機械の脳と躰を持つアンドロイド、つまり、一人の人間としての存在の全てを機械化した、実験体の第一号なのだった。生物という枠組みを超越した、まさにポストヒューマンの草分けであり、人々は敬意と恐れを持って彼女の名を呼ぶ。バージョンアップを重ねていることもあり、すべての能力が明らかになっているわけではないが、彼女の基本スペックは、高速思考、加速機関(弾丸もかわす)、剛力というシンプルなもので、近接戦闘を得意とする。性格は残虐で、獲物を痛めつけ、いたぶって殺すことから、ペインブリンガーと呼ばれるようになった。ちなみにソランジュとヴィルヘルは面識がある。

 視界の隅から、歯を剥き出した男が現れ、顔面に噛み付いた。一瞬血に赤く染まった視覚情報がブラックアウトする。モニターしていた人物が別の一般客に襲われたらしい。

「『バーサクウイルス』をばら撒いたのよ、恐らく新型だわ。システムが掌握されているから、隔離防壁も使えない。施設中に広がるわよ」

 レイン大佐から連絡が入る。

「今、対策本部が立ち上げられたところだ。増援がそちらに向かっている」

「ウイルス対策班も寄こしてください。敵は『バーサクウイルス』を散布しました」

「ソランジュがいるわ、現状の戦力では持ちこたえられないかも」

「なんとか被害を最小限に抑えてくれ」

 僕たちはマスクを着用した。コントロールルームの人たちにも、備え付けのマスクをするよう促す。

「僕たちはこれからテロリスト殲滅に向かう。一般客の避難誘導は君たちに任せる。危険だと思ったら、ここに篭城してもいいだろう。君には回線コードを渡しておくから拡張現実から定期的に連絡をくれ」

 猫目猫耳の案内係だ。

「行くわよ! 私の最高のヒップを見ながら付いてきなさい」

 ヴィルヘルに続いて僕はライフルを抱え走り出した。


 三階に向かう階段の踊り場で、二人の男が血まみれの少女をレイプしていた。『バーサクウイルス』に侵された男は、女をレイプしてから殺す。ヴィルヘルがスタンナイフで三人を気絶させるあいだに、僕は彼女を追い越した。

 階段を上がりきり、展望ラウンジの入り口の右側の角に躰を預けて様子を窺う。正面の窓の外に、天の川の中にいるような美しい宇宙港の光群が見え、その隣の壁にSSTOからの突入口らしきハッチが、閉じられた状態で取ってつけたように存在していた。黒光りする巨大なマシンガンを装備した四つ足ロボットが一機、ケルベロスのようにハッチを守っている。ソランジュの気配はない。彼女はこのロボットを引き連れて、一人で突入してきたらしい。ラウンジの死角からは複数の女のわめき声が聞こえた。

 入り口の反対側の角にヴィルヘルが到着した。アイコンタクトで四つ足ロボットに攻撃するタイミングを計る。二、一・・・そのとき視界の端、右下の方向に気配を感じた。瞬間『ゾチカ』が警報を鳴らす。

『視界内に爆発物を検・・・』

 拡張現実のカーソルが一匹のカナブンをロックしたのと、カナブンが僕の右足に到達したのが同時だった。『しまった』と思った瞬間、僕の右足は左足も巻き込んで、ひざ下から粉々に吹き飛んだ。両足を同時に失った僕は、もんどりうって倒れこむ。

 四つ足ロボットが僕らに気付き、マシンガンを掃射しながら近づいてくる。ヴィルヘルが飛び出し、囮になってくれる。『ゾチカ』がすかさずデータベースを検索して、僕の両足を吹き飛ばした兵器のスペック予測を表示し、読み上げていく。

『甲虫爆弾、群れの自律ロボット戦術システムです。散らばって索敵し、武装した人間をX線スキャナーを内蔵したセンサーで判別し、ロックすると近くの個体から順に集まりつつ特攻し爆発。敵を戦闘不能にすると残りは散らばり索敵に戻ります』

 PRAWN(拡散型自律兵器)を使用した、スウォーミングという戦術システムの一種だ。遠くから微かな羽音が近づいてくる。僕はロックされたのだ。遅れて激しい痛みが押し寄せてきた。救急キットから、止血シートを取り出し、傷口を塞ぐ。

 ヴィルヘルは宙返りしてマシンガンの掃射をなんとかかわし、空中で四つ足ロボットに向かって右腕を薙いだ。光の弧が一閃する。ヘルウィップだ。高出力のレーザービームを重力、慣性、遠心力を計算する偏光プログラム制御によって、ムチのように扱える武器で、殺傷能力の有効射程は最高出力で百メートル、その距離なら鉄を切断可能だ。欠点はエネルギー消費量の高さで、最高出力で使った場合、使い捨てカートリッジ一本で三分ほどしかもたない。ヴィルヘルの一薙ぎで、四つ足ロボットはマシンガンごと真っ二つになって動きをとめた。ヴィルヘルは僕を展望ラウンジ内まで引きずっていってくれた。甲虫爆弾に見通しの悪いところは不利だ。

 カナブンの大群がやってくる。囲まれた僕とヴィルヘルはライフルで応戦する。ボム、ボムと、次々に甲虫爆弾を撃ち落していった。バーサクウイルスに侵された女が、涎を垂らしながら襲い掛かってきたが、ヴィルヘルがスタンナイフで対応する。

「キリがないわ。甲虫爆弾の統率系統に侵入を試みるわよ。あなたの『ゾチカ』は忙しいから、私がやるわ」

「いや、危険だ。『ゾチカ』の手が空くまで待っ・・・」

「もうやってるわ、あっ、ソランジュに繋がったわ!・・・ぐっ」

 バスンと音がして、ヴィルヘルはそのまま不自然な体勢で倒れこんだ。電子脳をソランジュのアクティブファイヤーウォールに焼かれてしまったらしい。ステーション中に凄まじい爆音が鳴り響いて、甲虫爆弾がいっぺんに爆発する。ヴィルヘルが電子脳を焼かれる寸前に、統率系統に割り込んで自爆コードを作動させたのだ。両足の痛みに耐えながら、ヴィルヘルの隣まで這っていき、様子を見る。心臓はまだ動いているが、絶望的な状況だ。助けるには救急キットに入っているナノマシンを使うしかない。僕は決断した。手早く準備をし、静脈注射でヴィルヘルの躰にナノマシンを投入しながら、ポールと連絡をとる。

「ポール、状況は?」

 長い間があってようやく応答があった。

「・・・こちらは全滅です。全員やられました。俺も・・・ペインブリンガー一人に・・・ヤツは人質を一人連れて消えました・・・そちらに・・・行くかも・・・・・・」

 ヴィルヘルのBBB(血液・脳関門)を突破したナノマシン群は、増殖しながら彼女の電子脳を再構築し、バージョンアップする作業を今やっている。これらのシステムは僕の『ゾチカ』から、無線で自己複製コードを受け取って増殖する、ブロードキャスト型アーキテクチャを採用している。現在コードを内蔵する自己複製型ナノマシンの製造は、リスク回避のため禁止されているからだ。悪用されひとたび暴走すれば、制御不能になる可能性のあるナノマシン技術は、多大な恩恵を社会にもたらすが、多大なリスクも負っている、切れ味の鋭い諸刃の剣なのだ。再構築後のコードは『ゾチカ』からヴィルヘルの新しい電子脳そのものに移行し、ヴィルヘルの意志でコントロールできるようになる。

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