第3話


少子化だとか晩婚化というのは本当なのだろうか?勤務しているクリーニング店では6人しかいない社員のうち4人が既婚者である。

独身は私の他に24歳の女の子が1人いるが、彼女はしっかり大学で捕まえた彼氏と婚約中の身である。



プライベートがいまひとつ冴えないのは私だけ。ならば仕事くらいは鮮やかに花を咲かせてみせましょうと、花咲か爺さんよろしく足繁くセミナーに通い、自分なりにスキルアップしているつもりである。けれど店長に言わせると、「クリーニング店のイチ店員が接遇のセミナーに行く意味がわからない。」のだそうだ。「松井、闇雲に勉強するほどパワーが余っているなら、それを職場で使え。地に足つけろ。」と嫌味なのか助言なのか業界に対する卑下なのかわからないことをいつも言うのだが、反発心を悟られると後が面倒なので、ひとまず生返事に聞こえないように、その一点にだけ細心の注意を払っている。



行き当たりバッタリに学んでいるつもりはない。13年間ここで働き、学べたら自分の血となり肉となり、さらにはきっとお客様をしあわせにできるはず、と考えたものに厳選している。しかし私はもう知っている。「勉強してますアピールなど、何の得にもならない」ことを。やる気がある部下が好まれると思い込んで、「自分はこんなセミナー行ってきました。」とまわりに話していたこともあった。自分が知った情報を他の職員にも伝えられれば、と。しかし、店長が望むのは、「やる気はあるけれど、自分より知識の少ない頼ってくれる部下」であり、私がまわりに「このひとの話を聞きたい」と思ってもらえる人間に育っていないうちは、だれも私の話に耳を貸してくれないことにも気づいた。



私の対極の存在として、大楠さんがいた。彼は年は自分より3つ上の38歳で、華やかではないが、人を不快にさせる要素を完全排除したような人だ。イメージとしては、彼が事務所に一歩踏み入れると、部屋全体の空気がレモングラスやペパーミントの類の香りに変化するような、中年男性らしからぬ爽やかさ。いつもネイビーの身体によくフィットしたスーツを着ている。オーダースーツ以外を着用しているのを、見たことがない。頭の回転も速く、機転が利いて、皆が何をどうして欲しいか理解しているような仕事をする。でも自分の能力を主張することが全くなくて、むしろ有能であることを知られたくないようにさえみえる。私には理解しがたい人物だった。本に例えるならば、ファッション誌のデート特集に出てくる素敵すぎる年上彼氏想像するが、とにかく私とは必要最小限の業務連絡しかし合わない、人生が交わらないひとだ。きっとお互いのストーリー内では互いに背景に近い脇役同士なのだろう。



「店長〜、松井さんみたいにやる気のある若者をつぶす気ですか?パワハラで訴えますよ〜。」

と、私が言われっぱなしの時には、なかなかの破壊力の内容を柔らかい口調で言い、店長独壇場状態を壊してくれるのは高宮さんだ。彼女は先の6人の既婚者のうちの1人。ワーキングマザーでもの腰柔らか。後輩を可愛がってくれるし仕事も要領がよいし、なんといっても40代になってもモデル体型の美人。モデルなんて実際に肉眼で見たことはないが、こっそり目測ではかってみたら8等身だったので、モデル体型と言っても大げさではないだろうと思う。旦那様は隣の市にある大手飲料メーカーの企画部にお勤めで、子どもさんは有名私立中学に通っているらしいと、大学生バイトが給湯室で噂していた。社内でもお客様にも取引先にも、とにかく人気者なのだが、私にはなかなか辛い存在だ。



一度「高宮さんは子育てもされて家事もして仕事もこなして凄いですね。」と言ってみた。

すると不純物を含まない笑顔で

「松井さん、私ね、子どもが生まれてからの方が仕事が楽しい。子育てって、仕事に役立つのよ。子育てってほら、自分のペースで動けないじゃない。それに慣れると仕事の段取りを組むのが前よりしやすくなった気がする(以下略)」と即答され、気が遠のいてしまった。結婚は墓場、子育ては辛い、独身時代が懐かしい、ワーキングマザーがこぞっていうセリフを言って欲しい。私の前では、人生に不満がある、フリでもいいからして欲しい。高宮さんの本は、キラキラ女子に始まり艶やか美魔女に終わるのだろう。普段自分の人生に満足度高めでいられるのは、他と比べていないからだ。リア充すぎる誰かの話を聞くと、つい「これでいいのか」と揺らいでしまう。揺らいでも何かが劇的に改善されるわけではないのだから、「これで〜いいのだ〜。」と受け流せるようになれたらいいのに。



同居人がいるではないか、お前もリア充ではないか、というとそれは全く違う。同居人は戸籍上と血縁上「父」である。

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