第十七章 神坂美馬
第17章
[神坂美馬]
ジェインはねぇねに、まだ反論しようとしている。喋っている間も彼女の『気』は平坦なままで、目だけが怪しく光っている。言葉だけ聴けばまるで用意された台本を読んでいるだけのような感覚。スキンはゴーグルの下で私とペインの静かな攻防をじっと見ている。
私の背後で興奮しているペインが、耐えきれずに下半身を擦りつけてきた。私はスタンナイフを最大出力で展開し、切っ先で近づいてきた彼奴の下半身を焼いた。
「ギャッ」
彼奴が一瞬悶絶し、私の右腕が解放された。躰を反転させてスタンナイフを彼奴の左側頭部に叩きつける。が、彼奴はかわした! 彼奴が私に抱き着いた瞬間、世界が変わった。
視界がブラックアウトし、大量の何かが私の鼻と口から流れ込んできた。いきなり呼吸ができなくなり、全身が一気に冷え、方向感覚も失い、きりもみ状態で躰を翻弄された。これは何かと考える暇もなく、私は一瞬で死を意識した。く、くるしい……。
水の中にいることがようやく理解できた時はもう遅かった。必死でもがこうとしたが、躰を何者かが拘束している。それでも暴れずにはいられない。私を拘束しているものは容赦なく躰を締め付けてくる。窒息という生易しいものじゃない、空気を求めて水を吐き出し吸い込むのもまた水。水、水、水、水、水、水、水、水、水。空気が欲しい、空気を
腹部へのショックに耐え切れず、水を吐きながら意識を取り戻した。何か考える余裕はなかった。ペインに腹を蹴られ、悶絶しながら何度も噎せては吐く。ジェインが屈み込んで横たわる私を覗き込んだ。
「おかえりなさい美馬さん、ラ・プラタ川の水は美味しかったかしら、へたに抵抗するから、こういうことになるのですよ」
ペインはまた私をうつ伏せに押さえつけて、体重をかける。不様に這いつくばる私の、抵抗する意志と気力は、完全に折られ、失われた。
「ふん、そもそもあなたたちエスパーが出現したことが大きな間違いの一つなのですよ。美馬さん、あなたの能力は拘束、例えば腕を掴まれるだけでも発動できないんでしょう? そして視界内にしか瞬間移動できない」
図星だわ。私のテレポーテーション能力は、いわば光線のように進むようなもので、直線的な移動しかできず、障害物は飛び越えられない。例えば敵の背後に移動したければ、いったん別角度に転移してから回り込む必要がある。そして、自分の力以上の力で拘束されると動けないし、連続して使うと精神が持たない。
「このペインは示された座標を直感的に読み取って、約100㎞圏内ならどこにでも瞬間移動でき、触れているものなら一緒に転移させることもできるのです」
そしてテレポーテーションを連発できるのね。
「こいつだってエスパーじゃないの」
「ご存知だと思うけれど、彼は古代人のクローンで、転移能力は古代人の基本スキルです」
「古代人は獣だったのね」
「ペインシリーズは不完全なのですよ。しかし知能に障害がある故に、彼らは最強の殺し屋足り得るのです。標的を殺す他は喰う、犯すしかありません。恐怖は人を無力にしますからね。ペインシリーズは本能のまま単純に任務を遂行する原始的な存在、いわばマシンです。報酬は欲望を満たすことで任務と直結している。理想的な兵士ですよ」
ペインの荒い息遣いが耳元を撫で、涎が首筋に落ちてくる。
「醜い豚だわ」
「私は美しいと思いますがね」
ジェインは顔を歪めて笑う。彼女も狂ってる。
「おい」
スキンがジェインに何か促すような仕草をする。
「分かってるわよ、色男くん」
ジェインは腰の軍用ポーチから手錠を取り出し、私の腕を後ろ手に拘束した。続いてリード付きの首輪を取り出し私を繋ぐ。
「いい子にしてたらご褒美がありますよ、暴れ馬さん」
ペインが私から離れ、捕縛ワイヤーネットの中のねぇねをそのまま担ぎ上げる。
「真理さん、あなたには奴らの本拠地の場所をお伺いします。私たちの死刑囚に対する尋問は、容赦ないから覚悟しなさい」
ねぇねは何も言わず私を見ていた。ねぇねは決して自分の意志で口を割ったりしない。
「ではごゆっくり」
ジェインはペインの肩に手をかけ、三人は一瞬で、私とスキンの前から消え失せた。
寝室にはシングルベッドの他に、サンパウロの隠れ家にあったのとほぼ同じゲートが設置されていて、テオとヨシムネは例のリストバンドで、此処から何処かに跳んで逃げたらしい。
ゴーグルを外したスキンは怖ろしい表情をしていた。先程のジェインのように、爛々と瞳を燃え立たせている。私の首輪のリードの端はベッドの足に繋がれてて、私はワイシャツとミニスカートの濡れ鼠のままベッドの上に仰向けに押し倒された。拘束されて身動きが取れない私の頬を、スキンは二回平手打ちする。くそっ、痛い……。
「俺の言ったことは何でもすると誓うなら美馬、命だけは助けてやるぞ」
「…………」
スキンは懐から黒光りするスタンガンを取り出した。その大きさに私は恐怖を感じたが、恐れていることを悟られないように、スキンを睨み返す。
「復讐するって俺はお前に言ったよな。お前が俺にやったことはそっくりお返ししてやるぜ。で、もう一度言うが、何でもすると誓うなら命は助けてやるぞ。どうだ、誓うか? 」
「だれが……ぎゃっ!」
バキバキとスタンガンが私の横腹に押し付けられ、悶絶した。全身の力が一気に抜け、私は無力化された。スキンは荒々しく私をうつ伏せにひっくり返して、ベッドに投げ出す。
「態度をわきまえろ! お前の命は既に俺のもんなんだよ、お前らを見つけた報酬が、お前の生殺与奪権ってわけだ」
「くそ野郎……ぎっ!」
「ここで死ぬまで拷問を続けるってのはどうだ? 」
スキンは私の首輪を思いっきり上に引っ張り、ギリギリと首を絞めつけながら、私の背中に三度目のスタンガンを押し付ける。
「ひぎゃっ! 」
四度、五度、六、七、八……。ぐるりと白目を剥きそうになりながら、私は歯を喰いしばり、耐えた。正気を保つために電撃の数を、すなわちスキンへの貸しを、頭の中でカウントしようとする。口からは泡が噴き出す。躰に全く力が入らない。九、十、十一、十二、十三……。
「もう……やめて……ひっ……ぐぎゃん! 」
スキンはいつの間にかスタンガンをナイフに持ち替え、私の髪の毛を掴んで再び仰向けに押し倒し、躰にのしかかってきた。
「さあ誓え! 早くしないと乳房が切り落とされるぞ! 」
濡れた衣服、下着の上から左乳房にナイフを突き立てられる。白いワイシャツがみるみる赤く染まる。その痛みは想像を絶した。
「痛い、痛い、あわわわ……やめ……だめ……」
私の制止を無視し、スキンはナイフを深めていく。
「あぎぎぎぎぎ!……お、お願いだから止めて! 」
「口のきき方に気をつけろ、死ぬぞ」
「やめて、やめ……」
「さあ誓え! 」
「この……くそ……」
今度は右乳房にナイフを突き立てられた。同時に何かがパンティの中に突っ込まれ、膣内に挿入される感触があった。それがスタンガンだと気付き、絶望した瞬間、ヂキヂキとくぐもった音とともに、脳天を破壊するような痛みが、子宮を貫いた。
「ぎやぁああああああああああああ!……や、やめ……」
二度、三度。
「誓え!」
「ひっ、ぎぃやあああああ! ああぁあああわわ! 」
四、五、六、七……。
「あそこが使い物にならなくなるぞ! 」
八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一……も、う……や、めて……。
「あわ、わわわわかりました、何でも! なんでもします……か……っぐっぎ……から……命……のち、らけは助けてくらさい!……お願いしま……んっ…… 」
私は血まみれで、泣きながら、泡を吹きながら懇願した。躰が動かせたら、スキンに縋りついてさえいたかもしれない。この瞬間、私は最も大事なもの、矜持の様なものを失ったのだ。肉体的な、そして精神的な完全敗北。
瞬間、スキンは下卑た笑みを浮かべ、歪んだ暴力的な『気』をギラギラと漲らせた。圧倒的な負の欲情。私の内股から生温かい液体が溢れ、ベッドを濡らし滲みこんでゆく。
「また漏らしたか、躰ってのは素直なもんだな……ではこれから一晩中、お前が満足するまで、いたぶって、犯し尽してやるぜ」
スキンはズボンを素早く脱ぎ捨てると、既に屹立し、猛り狂った醜い自尊心の塊を、泡が溢れてだらしなく開いていた私の口内にねじ込んだ。それはペインと同じ、金木犀の腐った臭いがした。
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