第三部 堕天使の猟兵

第十三章 ファッツ

 第13章

[ファッツ]

「これは派手にバラされてるな、酷い状態だ。原型を留めていないが、組織は辛うじて判別できる」

 ステファン・ヤールは、アイスボックスを開いてSPAWNの遺骸を検分している。バラバラの遺骸をまとめて大きめのボックスに保存したのは俺だ。

 ステファンは獣医だが今は白衣ではなく、工房で着られるような作業服の青いツナギに、筋肉質で大きな躰を窮屈そうに押し込んでいる。彼はロボット工学にも明るい。俺は彼の向かいに立ち、かつてSPAWNを構成していた数々の部品がボックスから一つずつ取り出されるのを見ていた。

「ボディは日本オオカミ、昔日本に棲息していたが絶滅した種だ。外皮は恐らく剥製を部分的に使用。合成繊維の臓器被膜、合成樹脂の高分子筋肉、人工血管に光ファイバー、自己増殖型人工細胞だな。内燃器官、つまり心臓、肺、これが胃、これが腸だ、酸素・食物からエネルギーを取り出すこともできる。構成物は違うが構造は本物の生物と似ている。発声デバイス、気管・声帯は言葉を話せるように造り込まれてる……そしてこれが問題の脳」

「特別な脳なのか」

「廉価生体ロボット。人間の脳を使ってる」

「詳しく教えてくれ」

「人間の脳をフォーマットして、埋め込んだチップを中心に新たな人格を形成し、ロボットの脳として組み込むんだ。微妙な線引きだがサイボーグではない。人間の脳機構を直接利用するロボットだ。正規のロボットと比べ寿命が極端に短い。人間並みの機械の脳を一から造るには莫大なコストがかかるので安価にロボットを造るために人間の脳を使う。脳は主に人身売買で調達する。どこかから売られてきた子供の脳を使ってロボットを造ったんだ。もちろん人身売買も、フォーマットした人間の脳をロボットに組み込むのも違法だが、『アキバ・テックスラム』などではスタンダードな商売だ。新宿あたりでもあるかな。その辺りから来たのならSPAWNは愛玩用ロボットとして何処かの客に売られる予定だったんだろう。それがおそらく脳のフォーマットか人格チップの不備が原因だと思うが、何らかの技術的問題が起こり逃げ出した」

「SPAWNが逃げてきたのは昨年末のクリスマス前だが、丁度秋葉原の違法技術屋の一斉摘発があったんだ。そのときスラムのサイボーグやら生体改造人間やらキメラが大量に逃げて街に拡散したという話だ。」

「じゃあそれかも知れない。とにかく客に合わせた偽の記憶をインプットする前に逃げ出したんだな。記憶が無かったのはそれだ」

「実はSPAWNが逃げてきた技術屋の目処は付いてるんだ。SPAWNは賞金首になってたんだが、ヤツが殺したとされてる技術屋が『アキバ・テックスラム』に店を構えていた。今その店のことを詳しく調べてる」

「ふん、じゃあ俺の検分はそれを裏付けてるな。役に立ててうれしい」

 ステファンは金を受け取って帰って行った。SPAWNの遺骸は……美馬と俺でちゃんと葬ってやるべきだな。



            ◇



 休業中の『ファットマンズ・ダイナー』、二三時三〇分。念入りに消毒された食糧倉庫の壁際に俺と美馬でスキンを追い詰めた。今店にいるのはこの三人だけだ。俺はスキンの左腕を掴んでヤツの背中側に締め上げる。スキンは悪態をつくが、美馬のスタンナイフで鳩尾を焼かれて悶絶する。気を失わない程度に出力調整した美馬の電気の刃が、スキンの躰を貫くのはこの十五分間の攻防でもう七度目だ。美馬の瞳は怒りに燃えている。俺も怒っている。怒らないほうがおかしい。

「あいつは何者だ」

 俺は震える声でヤツを問い詰めながら腕に力を込める。

「あいつって? 」

 美馬のスタンナイフが再び火を噴く。

「ぐおっ」

「とぼけるなよ」

「……この野郎……仲間だろ美馬、手加減しやがれ」

「あんたなんか仲間でも何でもないわ! 」

 美馬はスキンのゴーグルを奪って踏み砕いた。スキンは何しやがると悔しそうに呻く。

「あいつは何者だ」

「……もの凄くヤバいネタだ。言えば幾らくれる? 」

 俺はスキンを思いっきりぶん殴り、ヤツの左腕を掴み直して肘をへし折った。スキンは「うわっ」と声をあげ、信じられないという形相で俺を見た。額に脂汗が滲んでいる。

「金ならがっぽり稼いだろう。SPAWNに関する情報提供だけで一〇〇万クレジット、良民ポイント+150だったからな。右腕も折るぞ」

 スキンがギルドを経由せずに司法監察局から直接賞金を受け取ったことは、調べがついていた。ヤツは姿勢を歪め、真っ青になった顔をぶるぶると震わせたが、攻撃的な視線は相変わらず維持している。

「ほんとになにしやがる、くそっ」

「早く言いなさいよっ! 」

 逃げ場がないと悟ったのか、スキンは重い口をようやく開いた。

「……俺の集めた情報によると、神の遺骸や転移ゲートと一緒に見つかった古代人の神官の、DNAを培養して造ったクローンって話だ。つまり教会の所有物だな。超能力を持ってるらしい」

「ふざけてるのか」

「情報が真実かガセかは判らん、保証なしだ」

「古代人は人間を喰うのか」

「知るか」

 スキンに対する怒りがまた沸々とたぎる。

「……ヤツはルーシーの内臓を喰ってたんだぞ! 自分の安全も確保せずにだ。知性の無い、欲望のままに動くサイコ野郎だ。クローンだと? それが聖約教会の飼い犬だと? あんなのが何体もいるのか? 」

「あの現場には興奮したよな」

「バカヤロウ! 」

 俺はスキンを再び殴った。

「教会は何をしようとしてる? 奴らは神の遺骸を持ってるんだぞ、神官のクローンを造ることができるなら、神にも同じことができるんじゃないか? 神の再臨とはそういうことか? 神の軍団を編成して第二の黙示録でも始めるつもりか? 」

「そうかもな、くっそ痛てぇ、もう離してくれないか」

 俺はスキンを解放してやった。

「お前とは縁を切る。とっとと失せろ。二度と俺の前に姿を見せるな」

 美馬が最後にスタンナイフをもう一度スキンのこめかみにバキバキと見舞った。

「ぎぃゃっ」

「殺されなかったのを感謝することね」

 スキンは半分失神しながら、折れた左腕をかばい、よろよろと店を出ていったが、最後に捨て台詞を吐いた。

「ファッツ、美馬、覚えてろよ、必ず復讐してやるからな! 」

 ふん、と美馬は鼻を鳴らし呟く。

「やるならやってみなさいよ。返り討ちにしてやるわ」

 俺たちは顔を見合わせた。二人ともまだ怒りに震えている。葬式であんなに泣いたはずなのに、ルーシーへの思いがまた胸にズキズキと痛んで涙が出た。

「拳から血が出てるわよ。絆創膏を貼ってあげる」

 美馬が優しく俺の手を取る。

 俺は美馬の胸に顔を埋めて泣いた。



            ◇



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 ☆ハーディ・クーンツ☆0033/02/09 23:50:08

《会う時間が取れないのでメールですまん。例の件の報告だ。クリスマス前の秋葉原でのガサ入れの際に、倫理執行課が押収した違法店のデータから、日本オオカミの剥製を過去に購入した店を特定できた。お前が言っていた店と一致するし、店主も例の殺人事件の被害者で間違いがない。日本オオカミが指名手配されてる件だ。もちろん剥製は盗品で、そこの店主はガサ入れ、つまり昨年一二月二三日の夜に逮捕されてる。大晦日に保釈されて、死体で発見されたのが一月二日だ。死後一時間しか経ってなかった。死体はバラバラで、獣の爪で引き裂かれたような痕だったということだ。俺の友達が現場に行ったんだが、悲惨な状況で臭いが凄かったらしい。日本オオカミについて何か知っているのなら教えてくれ。返信待つ》☆既読☆


 ☆ファットマンズ・ダイナー☆0033/02/10 01:23:24

《ありがとう、ハーディ。実は店でオオカミをかくまっていたんだ。そっちに情報が行ってないということは、司法監察局はこの件を秘密にしたいようだな。俺の身内が情報を漏らして聖約教会の殺し屋がやって来た。オオカミは殺され、俺の妹も巻き込まれて死んだ。それでこの件は終わりだ。殺し屋は勝手に溶けて消えてしまった。教会との繋がりが証明できないので、訴訟を起こすこともできない。そもそも司法府も教会が支配してるんだ。俺は今のところ沈黙が賢明だと思っている。オオカミは俺たちが丁重に葬ったよ。殺された店主はオオカミが殺したんじゃない。一月二日も含めてオオカミはずっと俺の店にいた。俺はオオカミを殺しにきた殺し屋が店主も殺ったんじゃないかと思う》☆既読☆


 ☆ハーディ・クーンツ☆0033/02/10 18:47:50

《妹さんのことは聞いていたがまさかそんなことになっていたとは。お悔やみ申し上げる。オオカミの件は俺たちの認識ではまだ終わっていない。捜査本部はまだ解散していないし、オオカミは容疑者のままだ。それに司法監察局は少なくとも表面上はこの件に関与していないな。教会の殺し屋の話も初耳だ。にわかには信じがたい話だ。オオカミの件は俺も管轄外だが情報は現場の友達から入ってくる。また何か聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてくれ》☆既読☆


 ☆ファットマンズ・ダイナー☆

《気遣い感謝する。捜査が続いてるのなら、いずれ殺し屋の情報も出てくるかもしれないな。オオカミが廉価生体ロボットだったことは知ってるのかな。人間の脳を使うタイプだ。オオカミの脳の、元の持ち主だった子供の素性も知りたい。ただ充分注意してくれ。殺し屋はとにかくヤバイ奴だったし兄弟がいるようなんだ。司法監察局に睨まれるのも避けたほうg

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 そこでメールを打つ手が止まった。俺はいったい何をしているんだ? SPAWNの出自を解明し、教会と殺し屋の繋がりを証明してそのあと、どうするつもりなんだ? 聖約教会を糾弾すればルーシーが帰ってくるのか。

『ファットマンズ・ダイナー』は俺とルーシーがゼロから作り上げた店だった。俺一人でこの店をやっていけるのだろうか。暗澹たる気持ちで、カウンターから店内を見回した。だだっ広いだけの、ただの空間に過ぎなかった。箱庭の神だなんてよく言えたもんだ。ルーシーは当たり前の存在だった。彼女の存在に疑問を持ったことはこれまで一度もなかった。迂闊だった。『ファットマンズ・ダイナー』にはルーシーが必要だってことが、今やっと解った。

 俺はハーディへのメールを、短い文面に書き直して送信した。


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 ☆ファットマンズ・ダイナー☆0033/02/10 19:11:01

《気遣い感謝する。俺は疲れた。情報はもういい。今までありがとう。また店に寄ってくれたら嬉しい》★未読★

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 これは、強大な権力に対する俺の、事実上の敗北宣言と言ってもよかった。

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