第82話 決戦.2
翔馬は確信と共に右拳を振り抜いた。しかし。
「うそ、だろ!?」
あろうことかアリーシャは、跳躍中に突然急減速した。
完璧なタイミングで放たれたはずの翔馬の右拳が、空を切る。
するとアリーシャは突き出された翔馬の右腕をつかみ、そのまま後ろへ強引にブン投げた。
「うわああああ――――ッ!!」
宙を舞う翔馬はそれでも空中で姿勢を立て直す。そしてひざまずくような体勢でどうにか着地へとこぎつけた。
対してアリーシャはゆっくりと、優雅な着地を見せる。
「そういうことか」
その接地までの時間のかかり方を見て、翔馬はようやく気がついた。
「不可思議な動きの正体は……飛行」
回し蹴りの後に着地せずに後方へ回ることができたのも、空中にいる状態で軌道を変化させたことも、『飛行』をスラスターのように使って姿勢制御や軌道修正をしていたと考えれば全て説明ができる。
「言っただろう。今夜は満月。異能一つ取っても普段とは別物だ」
アリーシャはそう言って笑うと――。
「跳躍と飛行を組み合わせることくらい、造作もないことだっ!」
ドン! という爆発音と共に再び仕掛けられる急接近。
それは跳躍ではなく低空飛行ゆえに、一切のタメがなかった。
翔馬は予備動作のない動きに虚を突かれるが、すぐに頭を切り替える。
急な正面からの接近に対して、初撃時のアリーシャのように左拳でけん制をかける。
少なくともこれで、相手の勢いを削ぐことはできるっ!
しかしアリーシャは直前で急上昇。
前方回転で翔馬の拳打をかわしつつ頭上を越えると、さらに空中で二回転のひねりを加えながら体勢を整え、後頭部を狙った蹴りを放つ。
「くっ!」
翔馬は全力で前方に飛び込むことで、どうにかこれをかわすことに成功。
受け身を取りつつ振り返る。
「動きが、読めないッ!」
軌道変化や飛行による予想外の動きもそうだ。だが、なにより緩急。
意識が速い動きに向いていれば、遅い動きは極端に遅く感じてしまう。逆もまた然り。
それを突然切り替えられたんじゃ、とてもじゃないけど対応しきれない。
これが最強の一角の中でも、近接戦闘を得意とする吸血鬼の戦い方なのか。
その読めない動きに、翔馬は恐怖を覚える。
……いや、待てよ。
しかしそんなアリーシャの戦い方を見て走る、一つの閃き。
コンビネーションに遅い打撃を挟むことはできない。
でも、さらに速い打撃を放つことなら……っ!
なんと翔馬は、ここで攻勢に出る。
迫り来るアリーシャとの距離を自ら詰め、左の拳打を放つ。
そして次の瞬間にはアリーシャに背を向けていた。
それはバックハンドブローへと至る流れ。
トリッキーな早い動きで相手を翻弄する、翔馬の得意技だ。
だがアリーシャは、それすら看破していた。
次の瞬間にはまさにその予想通りの軌道で、翔馬の裏拳が飛んで来て――。
「ぐ、あっ!?」
まさかの直撃。それは想像通りのバックハンドブローだった。
ただ予想と違っていたのは、それが『分かっていても守れない』攻撃だったこと。
緑光の尾を引く一撃は、ほとんど視認不能な速さでアリーシャの側頭部を捉えた。
弾き飛ばされたアリーシャは、大きく崩れた体勢を、突いた片手を基点に立て直す。
翔馬自身ですらその速さに驚くほどの、まさに閃光のごとき一撃。
その仕掛けを目にしたアリーシャは、目を見開いた。
「魔封宝石を……加速装置にしたのかッ!!」
翔馬の右手には緑色の魔封宝石が握られていた。
極々一瞬だけ魔力開放を行うことによって、自身の攻撃を加速。
それは神経系を異常なまでに研ぎ澄ませる『感覚先鋭』だからこそなせる業だ。
「いける」
反撃のきっかけを得た翔馬は、体勢を立て直したばかりのアリーシャへと追撃をかける。
そして一撃目のジャブが、いきなり頬を捉えた。
「初撃、からだとっ!?」
アリーシャの頭を、衝撃が突き抜けていく。
決め所ではなく、あえて即座に魔封宝石開放打撃を放つことで裏をかいた。
ここでも翔馬は、アリーシャの一枚上を行く。
『高速打撃』はいつ来るか分からない。
だからこそアリーシャは守りに集中せざるを得ず、足も止まりがちになる。
夜のベイブリッジに明滅する、魔封宝石の輝き。
コンビネーションの『どこか』で放たれる最速の一撃は、確かに吸血鬼を捉えていく。
「やっかいな攻撃をッ!」
たまらず下がるアリーシャ。対して翔馬は低く長い跳躍で追いかける。
その左肩は大きく上がっていた。翔馬がこの流れを使う時は、決まっている。
「跳躍からの回転蹴り以外にないッ!」
アリーシャがそう確信し、引き付けてからの回避を選択した次の瞬間。
輝く、緑光。
「ぐっ、ああああああああ――――――――ッ!!」
すでに翔馬の『拳』が突き刺さっていた。アリーシャは防御ごと吹き飛ばされる。
それはジェットエンジンでも付けているのかのような、目を疑うほどの加速を伴った一撃。
左腕を上げたのは、右拳を放つための予備動作だった。
跳躍中の急加速。それはまさにアリーシャが用いた緩急による攻撃と同じものだ。
「くっ、さすがにやるッ!」
空中で姿勢を直しながらアリーシャはこぼす。
「まったく、化け物のようなセンスの持ち主だ」
前回の大さん橋の時もそうだった。翔馬は戦いの中でその強さを増していく。
「まさかこの短期間で、ここまで手強くなっているとは」
悪の吸血鬼は驚愕すると同時に感心してしまう。
だが、しかし。今宵のアリーシャはさらに――――その上を行く。
「そろそろ、頃合いか」
ランドマーク塔の時計に視線を向けると、一人そうつぶやく。
畳みかけに来る翔馬に対して、アリーシャはただ真っすぐにその手を向けた。
キラリと、その手のひらに一筋の光芒が閃く。
「魔……術ッ!?」
そう思った時にはすでに遅かった。
橋上に巻き起こる盛大な爆発。その衝撃に翔馬は吹き飛ばされる。
そして慌てて起き上がった時には、巻き上がった煙によって視界はふさがれていた。
まさか魔術を直接撃って来るなんて……次は、次はどう来る!?
翔馬は『感覚先鋭』に頼り、視線を走らせる。
音はない。しかしかすかな空気の揺らめきを感じた次の瞬間、煙の中からアリーシャが飛び出してきた。
切り裂くような一撃を翔馬はどうにか回避する。
続くカカトで刺突するような蹴りも、どうにか防御することに成功するが、腕を弾かれ防御が崩された。
跳び下がって逃げる翔馬。
対してアリーシャは追い打ちをかけるように、その手を振り払った。
爆裂する魔力が、付近一帯を薙ぎ払う。
「なっ、ぐァァァァッ!」
一気に飛び散る魔力の衝撃波によって、翔馬は再び吹き飛ばされた。
アリーシャは拳を引き、低空飛行で一気に追撃をかける。
拳撃だ! 翔馬はそう判断して身構えた。
しかし急接近を仕掛けるアリーシャの次の一撃は、『拳』ではなく『掌』
絶望的な感覚が全身を駆けめぐる。
目の前に、再び閃光が走った。
マズいッ!! 翔馬は死ぬ気で身体を傾ける。
次の瞬間に、光弾が頬をかすめるようにして通り過ぎて行った。
わずかに遅れて後方で大きな爆発が起こり、舞い上がったアスファルトの破片が、パラパラと舞い落ちてくる。
魔術による圧倒的な攻勢は、ベイブリッジを揺らすほどの威力。
だがすでに、翔馬は駆け出していた。
吸血鬼が魔術を使い始めた以上、離されてはダメだ! 戦うなら近接格闘以外にないッ!!
その切り替えの速さに、アリーシャはわずかに出遅れる。
それはようやく手にした攻守交替のチャンス。翔馬は吸血鬼に向けて爆進する。
しかしアリーシャが、その腕を真横に振り払うと――。
次の瞬間には半円のラインを描くような爆炎が、道路上に吹き上がっていた。
「くっ!」
これでは翔馬も、その足を止めざるをえない。
「……隙が、無い」
突然目の前に現れた炎の壁を見て、息をのむ。
まともに接近できないのであれば、魔封宝石の瞬間開放による高速打撃は使えない。
仮に運よく攻めに切り替えられたとしても、ここぞという時に魔術でけん制されてしまう。
守りもそうだ。今までは攻勢をかけられても、下がることで仕切り直しができた。
でも今は、強烈な魔術で追い打ちをかけられてしまう。
飛行を織り交ぜた圧倒的な近接格闘能力と、魔術の融合。
これが本来の、吸血鬼の戦い方なのか……。
このままじゃ押される一方……いや、押し切られてしまう。
「やはり今夜は出てくるべきではなかったな、九条」
息を荒げる翔馬に対し、アリーシャは炎を払いつつ告げる。
「様々なアイテムを持った多数の機関員と戦うのであればまだしも、格闘型の九条一人にどうにかできる相手ではないのだ。本来吸血鬼とは」
「……そう、みたいだな」
翔馬は『真夜中の瞬光』を解除すると、魔封宝石を腰のベルトに戻した。
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