第76話 魔術士の夜、異種たちの夜/Wizard's Night,Phantom Night.3

「な、なんだお前はっ!」


 言われて翔馬は、大慌てで相手を確認する。

 まさか、さっきの機関員かッ!?

 しかし翔馬の視界に飛び込んできたのは、紺色の制服ではなく――。


「……あれ」


 なんと、見知らぬ少年だった。

 向けられる鋭い視線。見ればその背後には小さな女の子が隠れている。

 翔馬と少年の間に流れる、なんとも言えない空気。

 しかしやがて少年は「ん?」と首を傾げ始めた。そして。


「……お前、九条じゃないか?」

「え?」


 目の前の少年に覚えがない翔馬は困惑する。すると。


「そうだよ! 九条だよ! あの『機関の猛犬』とケンカして勝った九条だろ!?」


 機関の猛犬……? ああ、あの五十嵐レオンのことか。


「そ、そうだけど」

「オレあの戦い見てたんだよ! めちゃくちゃカッコ良かったぜ!」


 少年は鼻息を荒くしながら、背後に隠れる女の子に語りかける。


「おい、大丈夫だぞ。九条は負け知らずのムカつく機関員をぶっ飛ばしたスッゲーやつで、ワルいやつじゃないからな」


 そう少年が言うと、背中に隠れていた女の子がおずおずと顔を出す。

 そして翔馬の顔を確認すると、「あ」と小さな声を上げた。


「……無様なおにいちゃん?」

「あれ、君は確か横濱スタジアムのところで会った……」


 翔馬は思い出す。それはまだガントレットの使用条件が分からず、風花と魔法都市内を歩き回っていた時に出会った、異種の少女だ。

 あの時はたしか、買い物帰りにカバンを取り上げられて困ってたんだよな。助けようとした俺の魔術はド派手に失敗して、結局風花になんとかしてもらったんだ。


「なんだ、九条を知ってるのか?」


 少年は少女にたずねる。


「うん。怖いまじゅつちゅしの人たちにイジワルされた時に、助けてくれたの」

「そうだったのか。前に言ってた『無様で優しいおにいちゃん』て、九条のことだったんだな。でも、こんなところで何をやってるんだ?」

「実は道に迷ってて。集合場所に時間までに行かなくちゃいけないんだけど、機関に追い回されちゃってさ、困ってたんだよ」


 そう言って翔馬は、風花からもらった地図を異種の少年に見せる。


「……結構マニアックな地図だな。ああ、ここなら知ってる。もともと機関から逃げたり隠れたりするのに使われてた場所だし、集まるには持って来いだろうな」


 そう言うと異種の少年は、「よし」と一度うなずいた。


「いいぜ、オレが案内してやるよ」

「マジで!?」

「本当は外の人間に道を教えちゃいけないんだけどな」


 そう言うと少年は、異種の少女と同じ耳を頭頂部から生やしてみせた。


「妹も助けてもらったみたいだし。な?」


 異種の少女も、こくりとうなずくことで応える。


「いや、助かるよ……っ」


 もう完全に迷子だった翔馬は、安心でヒザから崩れ落ちそうだった。


「ここに住んでるヤツらは『道』を知ってるからな。付いて来いよ」


 そう言って歩き出す異種の少年に、翔馬はついていくことにした。


「まずはここだな」


 迷路のように作られた建物の隙間を右へ左へ。少年たちはたどり着いた古いマンションの中へと入っていく。そのあとに続く翔馬。

 その姿を、出入り口の両端に置かれた狛犬の目が追いかける。

 ここ裏中華街にはこのような『目』が無数に配置してあり、侵入者の動向を離れた様々な場所から把握できるようになっているのだ。


「でも九条を初めて見た時には驚いたなぁ。パッと見は普通の学院生だもんな」

「痛っ」


 玄関ホールへと入っていく兄妹に対して、翔馬だけが思いっきりなにかにぶつかって声をあげた。


「あ、ここから先はトリックアートライトが多いから気をつけろよな」


 どうやってもホールへと続く道にしか見えないが、探ってみると確かにそこは壁だった。

 翔馬は兄妹にならって、実は意外と細い本物の道を通り抜ける。


「それで九条の友達を人質にしてた機関員が売ってきたケンカを買うんだよ。あの無敗記録保持者が相手だってのに」

「痛てっ!」

「だから気をつけろって。それでパワー自慢の機関員を相手に速さで圧倒するんだよ! あの流れるような連続攻撃が熱くてさあ!」

「ぐっふうっ!」

「おい九条、大丈夫か? そんで最後は相手の切り札に耐えてからの逆転勝利! 今思い出しても最高にカッコ良かったぜっ!」

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」

「……それって本当に無様なおにいちゃんと同じ人なの?」

「そのハズなんだけどな……ちょっと自信なくなってきた」

「いや本当に見分けつかないって! これ!」


 翔馬はそう反論しながら、どうにかこうにか二人の後について行く。

 でも、ようやく分かって来たぞ。大事なのは手だ。

 これならもう絶対にぶつからない。しっかり手で確認しながら進めば行けるっ!


「あ、それとそこは壁じゃなくて警報のスイッチになってるから気をつけ……」

「……え?」


 二人の視線が合ったその瞬間。翔馬の手は見事に警報のスイッチに触れていた。

 即座に、鳴り始めるアラーム。


「九条ぉぉぉぉっ!」

「ど、どうなってんだよこれッ!! 止まれ! 止まれーっ!」

「まったく仕方ねーなぁ。ちょっと待ってろよな」


 大慌ての翔馬に対して、異種の少年は得意げに首を振って見せた。


「ほら九条、俺がなんとかしてやるから」

「あ、おにいちゃん」


 そして翔馬がさわってしまった壁に、少年は自信満々に手を突いた。


「そこはアラームの音が大きくなる……」

「……え?」


 爆発的に上がる、アラームの音量。


「お、おいっ、五割増しでうるさくなったぞ!!」

「あ、あれっ!?」


 少年は大慌てで壁を叩き始めるが、なかなか鳴り止んでくれない。


「あっ、ここだここだ。これで止まるはずだ!」


 今度こそと、少年がバン! と強く壁を叩く。

 するとようやく、鳴り響いていたアラームが止まった。


「と、止まった」


 翔馬の言葉に兄妹も並んで大きくを息をつく。するとそこに――。


「お前は、さっきの怪しいヤツ!」


 ベルの音に引かれてやってきた紺色の制服が、目の前に立ちふさがった。


「げっ! 俺を追いかけてきた機関員じゃねーか!!」

「逃げるぞ九条!」


 少年はすぐさま踵を返して逃走を開始する。


「あっ」


 しかし突然の事態に、異種の少女が足をひっかけて転んでしまった。

 絶望的な状況に、一瞬で空気が張り詰める。

 そして機関員はすぐにそのターゲットを、少女へと変えた。


「マズいっ!」


 翔馬はガントレットを起動。

『真夜中の瞬光(ナイトアンドストライク)』を発動し、一気に距離を詰める。

 そして少女の腕をつかもうとした機関員の手を払いのけた。

 すると機関員は魔術を放とうと杖を取り、よりによって少女へと向けた。


「ッ!?」


 少女は恐怖に強く目を閉じる。

 しかしその時、すでに翔馬は機関員の懐に入り込んでいた。

 わずか一撃。みぞおちに軽く拳を叩き込むと、機関員はその場に崩れ落ちる。


「大丈夫だった?」


 振り返った翔馬は片ヒザを突き、そっと手を伸ばす。

 その以前とのあまりの違いに、少女は驚きながらその手を取った。


「……無様なおにいちゃんは、本当はカッコいいお兄ちゃんだったの?」


 ガントレットが起動する前の翔馬しか知らないのだから、それも無理はない。

 すると翔馬は――。


「最悪の場合、人としての原形を失ったお兄ちゃんになる可能性もあるんだよ」


 そう言って白目のまま、恐怖に少女の手をギュッと握るのだった。


「な、九条スゲーだろ?」

「……おにいちゃん」

「「すいませんでした」」


 自慢するように言う少年に、少女はただ一言。

 これにはアラーム事件の張本人でもある翔馬も、思わず一緒に頭を下げたのだった。

 それから三人は気絶した機関員を雑に隠し、エレベーターを待つことにする。


「やっぱり、裏中華街は怖えよ……」

「ここは『分かってる』住人じゃないと、待ち合わせ一つでも大変だからな」


 ビビる翔馬に、少年は笑いながら言う。


「でも心配しなくていいぜ。ここまで来ちゃえばもう安全だ」


 その言葉に、ようやくちょっとだけ安心する翔馬。

 するとちょうどそこへエレベーターがやってきて、ドアが開く。

 その中は一面の――――闇だった。


「絶対安全じゃねえ!」


 やはり裏中華街に常識は通用しない。そこにはどういうわけか、目を凝らしても本当に何一つ見えない完全な闇が広がっている。


「まずは電気を消して……」


 しかし少年がエレベーターの操作パネルからスイッチを切ると、なぜか逆にぼんやりと明るくなった。


「あっ、これ闇ランプか!」


 驚く翔馬をしり目に、今度は少女がパネル下部に手を触れる。

 魔力を発動すると、そこに文字が浮かび上がってきた。


「今度は『魔法のインク』だ」


 気づいた翔馬がそう口にすると、少女は微笑んだ。

 出会った時に少女が持っていたのが、この魔法のインクだったのだ。

 文字や絵を浮き出させるには、ただ魔力を通すだけでいいが、逆に言えば通さなければ絶対に読めない。

 そんなシンプルなアイテム効果が上手に使われていた。


「上から二番目だって」

「よし、じゃあ行くぞ」


 そう言うと少年は、階数ボタンの上から二番目を押した。

 エレベーターが動き出す。


「ここはね、エレベーター自体が『位置入れ替えボックス』になってるの」


 少女の説明を聞いた翔馬はもう、苦笑いを浮かべるしかない。


「もう自分がどこにいるのかも分からないし、設置型アイテム多すぎだし……難攻不落って言われるわけだよ。とても目的地にたどり着ける気がしない……」


 果たして、あとどれだけのアイテムや機関員を潜り抜けなくてはならないのか。

 そもそも本当に、風花のところにたどり着けるのか。

 考えたくもない。翔馬は深くため息をつく。


「オレも小さい頃はけっこう迷ったりしたからな。でも、安心していいぜ」


 その言葉と共にエレベーターが止まり、ドアがゆっくりと開いていく。

 そしてエレベーターから先んじて降りた異種の少年は、笑って見せた。


「到着だ」


 そこは、不思議な場所だった。

 建物と建物の間に、まるでそこだけ意図して残したかのように存在していて、目視で確認できる場所なのにそこへ至るはずの道が見当たらない。

 夜空や横濱の夜景の一部が見えるくらいには開けているのに、付近からは完全に孤立した、空白のような場所。

 青々とした下草が寒々しいライトに照らされている様子は、古い団地の合間にぽつんとある小さな公園のような雰囲気だ。

 翔馬は風花からもらった地図と、現在位置の関係を確認する。


「ここだ。ここで間違いない!」


 どうにか目的地についた翔馬は、窮地からの生還に思わず手を叩いた。


「じゃあ、オレたちはもう行くぜ」

「あれ、もう行っちゃうのか」


 翔馬がたずねると、すでに立ち去ろうとしていた異種の少年が振り返った。


「妹を連れて帰ったら、オレにはやることがあるんだ」


 そう言って、なにやら意味深な笑みを浮かべる。


「とんでもないことになるみたいだぜ」

「……とんでもないこと?」

「まあそういうわけだから、オレたちは帰るよ」

「分かった、ありがとう。助かったよ。間違いなく自力じゃたどり着けなかった」


 少年にお礼を言ってから、翔馬は少女の頭に手を乗せる。

 そして「ありがとうね」と続けると、くすぐったそうに目を細めた後、少女は恥ずかしそうに微笑んだ。


「気をつけてね、カッコよくなったお兄ちゃん」


 異種の兄妹は手を振りながら去っていく。

 やがて二人が見えなくなると、途端に辺りから音がなくなった。


「静か……だな」


 今夜の裏中華街はなぜか、不気味なほどに静まり返っている。

 ……そう言えば、そもそもまださっきの兄妹以外の住人を見かけてない。


「でも、少なくともこの感じだと吸血鬼はまだ出てきていないはずだ。見つかっていれば騒ぎになって、その余波が必ず耳に届くはず」


 翔馬は時計を確認する。集合予定時刻にはまだ余裕があった。

 これで最初のミッションはなんとかクリア。


「あとは、風花が来るのを待つだけだ」

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